第7話
「はぁ……どっと疲れました……」
事件の後、私はそう自室でぺたりと机にもたれかかりました。
王子が気絶して、エリーナが連れ去られて行き、ようやく広場の事件は終結しました。
ですがそんな騒ぎがあった後に本来の目的である私の婚約者を明かすことなど出来るはずもなく、後は自然と解散になりました。
そしてそのお陰で私はその後すぐに自室に戻ることができましたが、身体にはぬぐい難い疲労が溜まっていたのです。
「災難でしたね……」
そしてそんなだらっとした私の様子を見て、すぐ側にいたロミルはそう私へと毛布を掛けてくれました。
「ええ、本当に。あの王子にはもう会いたくないです……」
その毛布の暖かさに眠気を感じながら、私はそロミルへと返答しました。
その声には疲れているせいで隠しきれない刺々しさが見え隠れしていましたが………
「ええ、本当に!」
そんな私よりもロミルが次に出した声の方が刺々しさを持っていました。
「あの馬鹿、なんで婚約の可能性がかけらでもあると思ったのか。救いようがありませんね」
そう侮蔑まじりに告げられたロミルの言葉は王子への言葉としてはあまりにも辛烈なものでしたが、それは正論でした。
まずそもそもいきなり肉体関係を求めてくるのが明らかにおかしい、というか生理的に受け付けません。
その上、そんなことをした後で避けられているのにに、私に好かれていると無条件に信じているその思考。
正直、それらはあり得ない気持ちが悪いとしか言いようがありません。
だから私はロミルの言葉に思わず頷きましたが、ロミルの言いたいことはそれでおしまいではありませんでした。
「それに何であの王子への罰が謹慎だけなんて、信じられません!」
そう告げたロミルの言葉には隠しきれない怒りが込められていて、私はどれだけロミルがそのことに対して怒りを感じているのかを悟ります。
そして謹慎だけという罰は、実際にあれだけのことをしたに対してはあまりにも軽いものでした。
男爵令嬢とはいえ、エリーナでさえ身分剥奪という罰を受けているのに、主犯である王子が謹慎などは軽すぎる罰だと言えるでしょう。
そして何時もであれば私もロミルと共に憤慨していたに違いない、のですが……
「………まぁ、今回は十分に罰を受けたみたいですし、仕方ないでしょう」
今回に関しては私はそのロミルの言葉に同調する気はありませんでした……
頭に浮かぶのはエリーナが広場から出て行った後、ウルベール様に連れていかれた王子の姿。
「疲れましたので、少し街を歩いてくることにします」
ウルベール様は全く表情を変えないまま、そう告げて王子を足だけ掴み引きずって歩き出したのです……
「ぅう、ぐげっ!?」
「おっと、失敬」
しかも王子が痛みに目覚めようとするたびに足で意識を刈りながら……
そして私はその時、王子に対する過剰な暴力、それが決してウルベール様のストレス解消目的ではないというその考えを改めることになりました……
ウルベール様、明らか王子に対して尋常じゃない鬱憤感じてますよね……
おそらく王子は明日正体不明の背中の激痛で起き上がることも出来ないだろうと思います。
「……ですので謹慎程度でよろしいかと」
王子を引き摺り、街へと消えて行ったウルベール様の背中、それを覚えている私にはそう告げることしか出来ませんでした。
あれって、拷問の一種ですよね?
普通に背中を下に引きずられるだけでも充分辛いのに、民衆の目にその姿を晒すって……
「……シリア様がそう仰るのなら」
そしてその私の言葉にロミルはそう言って渋々と言った様子で引き下がりましたが、貴方はどれだけ王子が嫌いなんですか……
流石に被害者である私でも、王子のことを憐れに思っているほどなんですけど……
そして流石にこの話題を続けているのはロミルの暗黒面を刺激することに気づいた私は話題を変えることにしました。
「そ、それでも、今日私の婚約者の発表が無くなって良かったですわね!」
「えっ?如何してですか?」
「っ!」
しかし、次の瞬間自分が焦りすぎて要らぬことを口走ってしまったことに気づきました。
一瞬、幾ら疲れていたとしても迂闊過ぎると私は唇を噛み締めました。
ですが次の瞬間には何事もなかったように補足しました。
「いえ、あの事件の後は直ぐに休みたかったので、延長してくれて助かったという意味ですわ」
「あぁ、成る程」
その言葉をロミルはあっさりと信じて頷きましたが、私の心臓は自身の失言に高鳴っていました。
本当に迂闊でした。
咄嗟に誤魔化せたから良かったものの、それでも今まで必死に隠してきた内心を露わにしてしまいかけたというのは見過ごすにはあまりにも大き過ぎる失態です。
………やはり、私は自身で感じている以上に内心かなり打ちのめさせられているのでしょうか?
等々婚約を発表しなければならない状況にまで来から、なのからでしょうか。
もう、婚約者と指名しようとする人物まで決め、そしていきなりの事件で有耶無耶にはなりましたが、それでもその婚約者を発表する日まで来たというのに、未だ私は覚悟を決めきれていない、ということなのでしょう。
「はぁ……」
そしてそこまで考えて私はロミルに気づかれないように小さくため息をもらしました。
幾ら今から嫌だと感じてもう、ここまで来たら隠し通すしかないのです。
特に目の前のロミルには絶対に。
ーーー そう、私は実は自身の護衛騎士で幼馴染であるロミルに恋をしているというその秘密を。