第6話
躊躇無く、幾ら馬鹿だとはいえ王子を蹴り飛ばしたウルベール様にいったん広場は静まりかえりました。
今まで王子に激怒していた高位貴族もウルベール様に驚いている、そう言えば幾ら殺されそうになったとしても王族に臣下が手を上げると言うことがあり得ないことか伝わるでしょうか………
しかしそれだけのことをしてもウルベール様は止まりませんでした。
「貴様ぁ!」
「鬱陶しい」
無様に蹴り飛ばされ額でも蹴り飛ばされたのか顔を血に染めながら突っ込んできた王子に対して表情は変えずけれども心の底から邪魔そうな雰囲気を醸し出しながら………
「ぶべっ!?」
ーーー 足払いを王子に向かって掛けたのです。
そして次の瞬間王子は受け身もとれずごつんという鈍い音を響かせながら全身で地面と全力でキスをして動かなくなりました………
………死んでいたりしません?
そう思わず私は心配になりましたがそれでもウルベール様は全く王子を気にかける素振りさえ見せませんでした。
………というか、足をつかんで放り投げてました。
いや、あのロミルでさえ言葉を失っているんですが………
いや確かにここで寝ていたら邪魔なことは分かりますがそれにしたって扱いが………
「シリア様」
「ひゃい!?」
そしてそんなことを考えていた時に私はウルベール様に声をかけられ、驚いて裏がえったこえをあげてしまいました。
ま、まさか、私の考えていることを悟って、と私は近づいてくるウルベール様の姿に動揺していましたが………
「申し訳ございませんでした」
「えっ?」
次の瞬間私の足下で頭を下げたウルベール様の行動に私は言葉を失いました。
「主君の非礼、心からお詫びさせていただきます。私はどうなってもかまいませんどうかお許しを」
「そんな!ウルベールさんは悪く………っ!」
確かにウルベール様は王子の臣下ではあるかもしれないけども、決して貴方が罰を受ける必要はない、といいかけて私はウルベール様の狙いを悟りました。
つまり彼は敢えて王子をわかりやすく痛めつけることでリオールとマートラスの戦争を回避し、そして王子の命を救ったことを。
ウルベール様が自分を痛めつけてもいいから怒りを抑えてくれと言ったこの状況では、ウルベール様には罰を与えないがマートラスには責任にはとってもらうなどの選択はとれません。
それは伝統的に家臣に認められている権利で、それを無視すればウルベール様にたいする最大の侮辱になります。
ーーー つまりウルベール様を慕うお父様がいる私に残されたのはすべてを許す選択肢だけに限定されるのです。
「っ!」
そしてそのことに気づいた私は想像以上のウルベール様の手際に絶句しました。
あれだけ父がほめたたえていたそれだけの有能さをウルベール様の先程の行動だけで私は理解しました。
「あの王子本当に馬鹿だなぁ……」
「あぁ、ウルベール様に突っかかろうとするなんて……」
そしてウルベール様の狙いがそれだけではないことを、王子に対する侮蔑の言葉を吐きながらも、明らかに態度が軟化している貴族たちの姿に私は悟りました。
王子に対する過剰とも言える暴力、それを最初私はウルベール様もストレスが溜まっているのかとしか見ていませんでしたが、貴族たちの姿を見てそれは浅慮だったことを悟ります。
つまりウルベール様は王子に対して怒りをためていた貴族たちを抑えるために敢えて王子に対して過剰な暴力を振るったのでしょう。
そしてそのことに気づいた私は思わず言葉を失いました。
一体ウルベール様はどれだけの計算をしてこの場に来ているのでしょうか……
さらにはそれだけのことをしても一切衰えない貴族からのウルベール様に対する評価。
どれだけこの方は有能なのでしょうか……
「……顔をあげてください。私は全てを許します」
そしてそのことを悟った私にはそういう以外にありませんでした……
◇◆◇
「寛大なお言葉に心から感謝します」
そう一切表情を変えないまま告げたウルベール様に思わず私は、どの口がそんなことをと恨めしげな視線をウルベール様に向けてしまいます。
「では、あの者はどうしましょう?」
「え?」
ですが、ウルベール様がそうエリーナを指してそう告げた瞬間私は未だ全てが終わった訳ではないことを思い出しました。
「うぅ、エグっ、」
服を握りしめたエリーナは、涙と鼻水を流しながら地面にへたり込んでいました。
………その地面が湿っていて、私はそのぼろぼろな姿に今までの苛立ちを忘れエリーナに対して憐れみを覚えました。
しょうがないですよね……王子を表情を変えずに殴っていたウルベール様は普通に怖かったですから。
あのロミルまでも少し顔を引き攣らせていましたから……
それを目の前で見せられていたらこうもなりますよね……
「身分の剥奪し、王宮のメイドの身分に落としてください……」
そして少し悩んだすえ、私はそうウルベール様に告げました。
「ほう、それで良いのですか?」
その私の言葉にウルベール様が微かに目を見開き、驚くのが分かります。
そして実際にウルベール様が驚くほど、私の告げた罰は軽いものでした。
今この場所で騒ぎを起こした、それは前にも告げた通り、エリーナの身分では普通死刑にされてもおかしくない罪です。
ですが、それに対して私は身分を剥奪したものの、王宮のメイドという普通貴族にしか許せない職を与えたのです。
それは普通あり得ないことでしたが、私にはそれが妥当な罰に感じていました。
確かにエリーナは馬鹿でしょう。
というか馬鹿過ぎですが、それでも今回の事件の主犯は王子でしょう。
王太子である自分についてくれば全てを許すというようなことを告げ、エリーナを騙したというのが今回の騒動の始まりでしょう
確かにエリーナに対して罰は必要かもしれません。
けれども、死刑なんてそんな重い罰が必要ではありません。
それに私は一瞬、高位貴族に娘を虐めたのはお前かと叫ばれた時に王子と違ってその目に罪悪感を浮かべたことに気づいていました。
だから私はエリーナに向かって気にしないでと笑いかけようとして……
「はぁ!なんで、そんな罰を!」
………エリーナの叫びに思わず頬を引攣らせました。
いや、私貴女を助けたんですが……
「恥をかかされたことも忘れないから!覚えていなさいよ!」
そして顔を真っ赤にしながら叫ぶエリーナが引きずられて行くのを見ながら内心で私は思いました。
あれ、私早まりました?と……
こうして最後は締まらないながらも、王子と男爵令嬢が暴走した今回の事件は終結することとなりました……
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