第27話
婚約者の披露宴の当日、私は準備をしなければならないギリギリまで部屋の中にこもっていました。
その胸には固く、何時も抱きしめて眠っている人形が抱えられてしいました。
その人形を抱けば、普段ならどれだけ心細い夜でも暖かい気持ちになれたのに、今日だけはその人形を未だ離せない自分に対する嫌悪感しか湧いて来ませんでした。
けれども何故かその人形を手放す気に私はなれなせませんでした。
気づけば私はその自分の浅ましさに対して思わず笑い声を立てていました。
「……本当に私はなんの覚悟もできていなかったんですわね」
そして酷く虚しい笑声、私の胸に湧いて来たのはどうしようもない喪失感でした。
ロミルと別れなければならない、そのこと対する喪失感、それに今更ながらに私は自分がどれ程愚かな選択をしたのかを悟りました。
たしかにリオールにいてもロミルと私が結ばれる未来はなかったでしょう。
それでもこんな風に別れてる必要など本来なら無かったはずでした。
諦めきれず、だから諦めるためマートラスに政略結婚として嫁ぎに行く。
今考えればどれ程愚かな選択だったのか、身にしみて分かります。
この選択をしなければもっと私はロミルと共にいることができたでしょう。
そう、それが例えほんの僅かな時間だったとしても。
「……ロミル」
そして気づけば私はそう呟いていました。
それはどうしても諦めきれない未練が思わず口から漏れた言葉で、その言葉を大声で呟けばロミルがわたしのすぐそばにやって来てくれるのではないかという錯覚に私は陥ります。
「私は何を考えているのでしょう……」
しかしその考えを私は頭を振って振り払いました。
大声でロミルのことを叫ぶ、そんなことをしたら恐らく私はもう今の状況に耐えることができなくなるでしょう。
何せもう既に私は限界を感じ始めているのですから。
それに私は例え大声で呼んだとしてもロミルがここに来れないことを知っていました。
なぜなら、今頃ロミルはリオールに帰国しているはずなのですから。
私は自分がこの状況でロミルの存在を見れば耐えきれなくなることを知っていました。
だからこそ、政略結婚が間近なものとなった時ロミルを私のそばから離すためにちょうどリオールに戻る予定だったリオールの商人に無理を言って帰国させることにしたのです。
もちろん、ロミルにこのことを伝えられてなどおらず、今頃ロミルは突然のことに驚いているでしょう。
けれどもそのことを知りながらも私はロミルを自分から離すことに決めました。
自分が耐えるためにロミルの気持ちを私は無視したのです。
ロミルが私に怒るだろうことを知りながら。
けれども今、私は自分でロミルを強制的にマートラスからリオールに帰国させながら、彼の存在を求めていました。
たしかに王子や国王という存在に対して私が恐怖を覚えています。
そしてその恐怖に信頼するものにそばにいて欲しいと望むのは自然なことかもしれません。
けれど私は相手も自分のそばにいるということを望んでいてくれていることに気付きながらロミルの気持ちを無視しました。
それはただの自業自得でした。
そもそもこの政略結婚さえ、決して私はお父様に強制されたわけではないのですから。
確かにリオールはマートラスのウルベール様を含める有能な人材との親交を深めたいとは考えていましたが、それは決して政略結婚が必要不可欠であるというわけではないのです。
そして私は政略結婚をすることになれば先に後悔する、そのことを冷静であったならば気づけたでしょう。
けれどもリオールではロミルと結ばれることはあり得ないという事実に打ちのめされていた私は捨身になっていて……
「……私は本当に何をしているのでしょうか」
そしてその結果が現状でした。
本当に自業自得としか言いようがない、いえ、ただの喜劇と言われても納得してしまいそうな状況です。
けれども、自分のせいだとそう幾ら言い聞かせても、いつのまにか私は自然と隣にロミルの温もりを求めていました。
それはどうしようもなく愚かな未練でした。
自身の愚かさで大切なものを手放しながら、それを諦められない、それが私でした。
そしてそのことがわかりながら私は人形を、ロミルから貰った人形を手放すことができませんでした。
ただどうしようもない現実から逃げるかのようにぎゅっと人形を抱きしめて。
「シリア様、そろそろ披露宴の準備が……」
けれどもその状態の私を扉の外からした声が現実に戻しました。
そこまで時間が経ったような気はしていなかったのですが、どうやらもうそろそろ披露宴の時間が迫ってきたようです。
「……はい。分かりました」
そして私はいつもと比べれば明らかにおかしい自分の様子に思わず苦笑を漏らしながら立ち上がりました。
それから手に持っていたその人形を……
ーーー 窓から森へと投げ捨てました。
森の緑に吸い込まれ、直ぐに見えなくなった人形に、そうしていないと泣き出してしまいそうになり、私は思わず唇を噛み締めました。
どれだけ辛くても今の私にロミルのことを悔やむ資格はなく、そしてそのことに気を取られているわけもいきません。
私はリオールの王女で、政略結婚という使命を果たさなければならないのですから。
だから私は何事もなかったかのように顔に笑顔を浮かべると扉を開け、外にいた女性に連れられるままその場を後にしました。
……しかし、それはただ目を逸らそうとしているだけに過ぎないことに私は分かっていました。
私のやっていることはやるべきことに縋り付き、考えたくないことから必死に目を逸らそうとしている、ただの逃避でしかないことを……