第18話
「本当に王妃に許可をもらうのにどれだけかかったことか。確かに私の名前を使っていいとは言いましたがすべての責任を擦り付けられるなど………と、どういたしました?」
少しの間ウルベール様はいつもでは例にみないくらい饒舌に語っていましたが、ようやく私とロミルの様子に気づいて言葉を止めました。
私は一瞬躊躇して、それからウルベール様へと口を開きました。
「その、マートラスの王妃はあまり評判がよくないように聞いていたのですが………」
しかし次の瞬間、私は自身の言葉にウルベール様が見せた反応を目にし早くも後悔することになりました。
そのウルベール様の反応、それはけして怒りの表情などのあからさまな感情表現ではありませんでした。
国王について語るときに見せたあの時の反応よりももっと小さい、その程度の反応。
けれどもそのときウルベール様が見せたまるで後悔しているかのようなその反応は、ウルベール様にはもっとも似合わないような気がしました。
何故そのような表情を浮かべるのか、私には理由はわかりません。
ですが、感情をあらわに国王への怒りを示していたそのときの姿よりも私の心に深く刻まれることになりました。
「それではまだ認識不足でしょう」
「えっ?」
しかしその私の思いは、次にウルベール様の口から放たれた言葉に頭から消え去ることになりました………
「そ、その、つまり王妃様が自身の父親を追放したというその話は本当なのですか?」
そして恐る恐る私が口にした言葉は………
「それは真実です。けれどいったでしょう。その程度では認識不足だと」
「はっ?」
想定できる限り、いえ想定外に最悪な言葉で肯定されることになりました。
まさかの切り返しに思わず言葉を失う私、しかしその私にいっさい注意を払うことなくウルベール様の言葉は続けられました。
「厳密に言えば、王妃様の手腕で彼女の親族である高位貴族はすべて不正を暴かれ追放されております」
………いや何者なんですか、その王妃。
マートラスでは女性差別が残っていて、いくら王妃であれ女性は政治的関与が出来ないと聞いていたんですが………
そんな立場から高位貴族を何人も追放って、どれだけの能力があれば成し得るのでしょうか………
しかしいくらそれだけの才覚があったとしても、王妃がそんなことをしていればほかの高位貴族から反発が、と思いかけた私ですが………
「そしてさらに反発する高位貴族も、不正が明らかになり同様の状態に。一度反乱を起こしたものもいましたが王妃様は国王様にはかなわずながらも優秀な将兵としての才覚をお持ちであったようで、これも難なく撃退されていました」
………しかしその疑問は続くウルベール様の言葉に明らかになりました。
ナルホド、ソレナラモンクイウヒトイマセンネ。
いや、王妃様有能過ぎはしませんか?
私の頭にかつてマートラスにリオールが戦争で負けた後お父様は当初、ウルベール様の実力を認め自軍に引き抜こうとしながらも、それでもマートラスを敵対視していたという話が蘇りました。
そしてその話を聞いた私はその後に続いた、お父様が姿勢をいきなり変えた原因は王妃だったという話を信じていませんでしたが、ですが今ならわかります。
あの話は紛れもない真実であったことを。
ウルベール様がやけに王妃様に親しそうなのも、恐らく優秀なもの同士で通じるものがあったのだからと納得できます。
そしてこれまでの話で私は王妃様がウルベール様に劣らぬ能力を有していることを悟りました。
しかしその事実はけして安心が出来るようになったという証明ではありませんでした。
何せいくら有能だとしても、いえ、有能だからこそ私が国に戻ることを望んだ時にどんな対応を取られるのか、それがわからないのです。
ある程度面識のあるウルベール様でさえ、言い淀んでしまうようなことをその人に打ち明けていいのでしょうか?
また、打ち明ける前にリオールに帰た時の危険性に気づかれ敵対されるかもしれません。
その疑問は私の中で不安に変わって膨らんでいき……
「……その人は本当に信用できるのでしょうか?」
……そしてその不安はそんな言葉となってぽつりと私の口から漏れることになりました。
その漏れた言葉、それは酷く曖昧な言葉でした。
何を指しているのか、私とロミル以外誰も詳細が分からないような、そんな言葉。
「確かに王妃様は敵と認めた人間には苛烈な人間ですが、貴女は敵にならないと断言しましょう」
「えっ?」
しかし、その私の言葉はいつもと変わる様子のないウルベール様の声に肯定されました。
聞き返されるだろうと、そう思っていた私はその言葉に思わず言葉を失いました。
こんな僅かな言葉で私の心情まで、いくらウルベール様でもわかるとは思いません。
なのにウルベール様が肯定したと言うことは、ウルベール様が勘違いをしているということで……
「貴女のリオールに戻りたいと言うその願い、それも恐らく王妃様ならばご協力してくれるでしょう。貴女に婚約を迫る王子は王妃様の実子ではなく、国王の妾の子供ですし。まぁ、もちろん条件付きではありますが」
「っ!なんで!」
そして私はそう思い込んでいたからこそ、ウルベール様の次の言葉に動揺を隠しきれませんでした。
「あれだけの目にあっても、マートラスに残っていたいなど思える人間がいるとは誰だって思いません。人間もどきを付け足すならば例外の豚と馬鹿はいますが」
ですが、その私の反応に対して、ウルベール様は非常に不本意そうにそう付け加えました。
そしてそのウルベール様の言葉に私は思わず呆気に取られました。
しかし次の瞬間突然真剣なものになったウルベール様の雰囲気に私は気を引き締めることになりました。
「そしてもう一つ、これは個人的な頼みになるのですが……」
ウルベール様から感じる空気、それはかつてなく張り詰めたもので、私の身体にも緊張が走ります。
ウルベール様が今から何を言うのか私には一切想像が付かなくて……
「王妃様の行動、それを逐一私に報告して頂けないでしょうか?」
「なっ!」
……そして私はウルベール様のあまりにも予想外すぎる言葉に、絶句することになりました。