第10話
え、婚約?あのバカ王子と?
ウルベール様に告げられた最悪の展開に一瞬私の思考は停止しました。
「っ!話が違うぞウルベール殿!」
そしてロミルもやはり混乱していたのか、よく分からないことを叫んでいます。
ロミル、貴方とウルベール様は昨日初対面、でしかも話なんてしていないですよね……
「……どういうことか詳しく説明して頂けますよね?」
ですが私はロミルの叫びで正気に戻り、改めてそうウルベール様に尋ねました。
いくらなんでも昨日の今日にそんな話を持ってくるのはどういうことなんでしょうか。
「………いえ、詳しくも何も恐らくそう国王様が考えているだろうことしか私は」
「違います!私が聞きたいのは、何で昨日あれだけの騒ぎを起こしながら未だに私と王子の婚約を結ぼうとするのかということです!」
その私の叫び声は部屋に響きわたり、私の言葉に賛同するようにロミルが頷くのが分かります。
ですが、真正面から私の怒りを受けながら一切ウルベール様が表情を変えることはありませんでした。
「何を勘違いしているのか分かりませんが……」
そして次に口を開けた時、ウルベール様の顔には隠しきれない哀れみがこもっていました。
「強引に婚約を結ぼうとするということは貴女の心情など関係ありませんよ」
「っ!」
強引、その言葉にようやく私は今自分が置かれている状況が想像よりも酷いことに気づきました。
つまり今の私は強引に王子との婚約を迫られかねない状況で……
「そんなことをしたら、リオールを敵……」
「ええ、躊躇なく回すでしょうね」
「はっ?」
そして私はそう言い切ったウルベール様の言葉に思わず動揺を漏らしました。
「それも何故リオールが自分達の敵に回ったなんか分からず、リオールが裏切ったと周囲に喚きながらね」
「なっ!」
さらに続けられたウルベール様の言葉に私は言葉を失いました。
これは本当に一切頭になかった事態でした。
マートラスが大国でいられるのはリオールのお陰、そう言われるほど両国は密接に繋がっています。
だからこそ、私はロミルとあと数人だけの護衛でこの国に嫁ぎに来たのです。
つまりこんなことが起こるなど私は一切想像していなくて、そして恐らくそれはお父様も同じでしょう。
「恐らくそうこまめに連絡を取ることはできないだろうが、婚約者が決まれば連絡してきていいんだぞ!」
私の頭に出国前にそうやたらいい笑顔で告げてきたお父様の顔が浮かびます。
あの顔から考える限り、お父様は何か事件が起こることなどまるで考えていないでしょう。
つまりリオールの人間がマートラスの異常に気づいていくれる可能性は殆ど皆無です。
「貴様ぁ!」
私と同じ考えに至ったのか、そう怒声をロミルが上げるのが分かります。
そして気持ちは私も同じでした。
しかし自分達、少なくともロミルは王子の婚約を受けないと生き残れないということで……
そう覚悟を私が決めかけたその時でした。
「いや、勘違いしないでください。私は貴女達の味方です」
「えっ?」
ウルベール様が当たり前のように告げたその言葉に私は思わず言葉を失いました……
◇◆◇
「ど、どいうことですか!」
一瞬ウルベール様の言葉に言葉を失った私ですが、次の瞬間私はそう言い返していました。
先程の言葉、それが本当でウルベール様ほどの人間が味方になってくれるのであればそれ程心強いことはないでしょう。
けれども、それはあまりにも望みの低い希望でした。
「何故国の取り決めを裏切ってまで、私達に味方しようとするのですか!」
そう、先程ウルベール様本人がそういったはずなのです。
マートラスの方針は私と王子を婚約させることに決定したと。
だからこそ、ウルベール様の言葉を信じることができるはずが……
「いえ、国の決定ではありませんよ」
「えっ?」
「………国王の独断です」
「はぁっ!?」
そして次の瞬間私はウルベール様の言葉に絶句することとなりました。
えっ、どういうことですか?
マートラスはリオールを敵に回すそのために私と王子の婚約を強引に進めようとしていたんじゃ……
と、思わず言葉を失う私にウルベール様は頭痛を堪えるように眉間に皺を寄せながら口を開きました。
「リオールを敵に回すだけにこんな回りくどいことをするはずがないでしょう……恐らく国王は本気でリオールとマートラスの政略結婚を成功させようとしてこんなことをしていますよ……」
「えぇ!?」
ウルベール様の口から語られたその事実、それはあまりにも信じられないことでした。
普通、政治に関わるものであればこんな強引な婚約が相手の心象をよくするはずがないことはわかります。
というか、お父様は子煩悩で周辺国にも知られていますので、どう考えてもリオールに喧嘩を売っているようにしか感じられません。
そして名君だと聞いていたはずのマートラスの国王が、そんなことさえわからず明後日の方向に暴走して行くような人間だと聞いて私は信じらず、絶句しました。
いえ、例え私はそれが名君だと言われてないような人間だとしても信じられなかったでしょう。
当たり前です。
そんな馬鹿な人間などいるはず……
「あっ、」
と、そこで私はそんな馬鹿な人間に一人心当たりがあることに気づきました。
それは少し前、具体的に言えば昨日騒ぎを起こした張本人。
そう、マートラスでいま王子と呼ばれている人間……
その瞬間、私の頭にあの王子が国王になった場合の光景が頭に浮かびました。
何が起きたのかもわからず、自分勝手に暴走するその姿……
そして私は恐る恐る口を開きました。
「あの、もしかして国王様はあの王子がそのまま国王になったような人間でしたり……」
「ご理解頂けましたか……」
そしてその時、私はようやく何故ウルベール様がそれだけ悲痛そうな顔をして、お父様が国王様のことを話すときだけやたら嫌そうな顔をする理由を悟りました……
いや、何でこの国滅んでいないんですか……