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チャプター4

〜朝 街の外門前〜



 それから三日後の朝、エルリッヒはいつもの旅支度を整えて街の外門に来ていた。どんなものを作るのがいいのか、時間を作ってはフォルクローレのアトリエに赴き、図鑑をひっくり返しながら思案した結果、まずは森で素材採集をしながらアイディアをひねればいいんじゃないか、と言う話に落ち着いた。

 要は、いいアイディアが浮かばなかったのである。

「まーったく、王様相手じゃ仕方ないけどさ、私を巻き込むんだから、もう少しアイディアを絞り出してくれてもいいのにねぇ」

 人気の少ない外門通りを眺めながら、一人呟く。朝早くとは言うものの、普段からすれば十分に遅い時間にあたるため、睡眠は十分だ。荷物も大変だが、荷造りはもはや慣れたものだし、その重さもどうということはない。後はこの旅の主役、フォルクローレを待つだけだ。

「早くこーい」

 通りに設置されているベンチに座りながら、フォルクローレの到着を待った。



 それから一時間ほどした頃、朝日を浴びて眠気が呼び起こされ始めた頃、ようやくフォルクローレは現れた。なんといい加減なことだろうかと思うが、一方ではそれくらい気ままだからこそ付き合いやすいのだとも思った。

「おーい! お待たせ〜!」

 フォルクローレは大きな荷車を引きながら現れた。荷物はそこにすべて載っている。曰く、素材採集の際の必需品なのだという。エルリッヒも自分の荷物を載せてもらい、自身は手ぶらになった。

「まったく〜、遅いよー」

「あはは〜、ごめんごめん。足りない荷物がないか確認してたら時間かかっちゃって」

 やはりこの調子である。これ以上追求しても仕方がないと、そのまま外門に向かった。今日も二人の兵士が不審者の出入りを見張っている。早朝勤務か夜通し勤務になるのだろうが、眠そうにあくびをしている者もいれば、しっかりと険しい表情をしている者もいる。会うたびに、その個性が見えて面白い。

 しかし、自分がここを通過するとなると、話は別だ。商人も町人も、取り立てて制限はされていないものの、中には厳しい詮索をしてくる者がいる。職務の性質上仕方ないが、やはりいい気はしない。果たして、今日は無事に通れるのだろうか。

「お? あの顔はこないだの……おはよーございまー」

 内心ドキドキしながら近づいたエルリッヒに対し、フォルクローレは顔見知り外るらしく気さくな挨拶を送った。その声に、二人の兵士がこちらに気づく。

 片方の兵士は面識がないのか訝しんでいるが、もう片方の兵士はわけ知り顔をしている。それどころか、とてもにこやかな表情を浮かべている。一体、どういう関係なのか。

「あぁ、おはようございます!」

「何お前、知り合い? てことは、不審者じゃないのか?」

 まったく失敬な、とは思うものの、守ることと疑うことが彼らの仕事、ここは我慢とエルリッヒも笑顔を作る。

「このお方は、錬金術士のフォルクローレさんだぞ! 職人通りで色んな薬やら何やらを作ってくれるんだ」

「こないだはどーも。で、あの後お父さんの様子はどう?」

 フォルクローレの名前が轟いている、というよりは、この兵士が個人的に依頼をした、ということのようだった。しかし、兵士に顔見知りがいるというのはとてもありがたい。

 王宮で親衛隊を務めていたツァイネのいない今回の旅では、こういう小さなことが都度響いてくる。

「あぁ、大喜びでしたよ! 少し鬱陶しいくらいですが、裏路地みたいにうじうじ悩まれても困りますからね。いや、本当に助かりましたよ」

「ん? 親父さん? お前この子に何を頼んだんだ?」

「あたしから言ってもいいのかな、えと、毛生え薬です。彼のお父さん、薄毛っていうか、ぶっちゃけハゲ頭に悩んでて、ここ五年くらいふさぎ込んでたらしいんですよ。で、毛生え薬を作ってくれないかって依頼を受けて……」

 後は言わなくても十分だろう。話の様子から、しかるべき量の髪が生えてきたのが伝わってくる。それほどまでに、切実な問題だったのだ。少なくとも、彼の父親にとっては。

「なぁ〜るほど。お前の親父さん、確かにつるっつるだったもんな。しかも急に、だっけ? いや、男にとっては切実な問題だからなぁ」

「そう、そうだったんだよ! というわけで、父も感謝しています! っとと、話が逸れましたね。今日はなんでここに? また採取の旅ですか?」

「うん、そうだよ。二人で行ってくるから、よろしくー」

 なんとも気楽なやりとりで兵士の審査が通ってしまった。もちろん、まるで怪しむことなく送り出してくれる兵士もいるので、珍しくはないが、やはり驚きは隠せない。

 その辺りを心配すらしていなさそうなフォルクローレと並んで、外門を出ようとしたその時だった。

「フォルクローレさん、悪いんだけど、そっちの彼女のことも教えてくれませんか? フォルクローレさんのことは知ってますが、彼女のことは知らないので、一応、素性くらいは確認しなきゃいけないんです」

「ま、そういうことだ。悪いけど、一応ここを出る前に素性を教えてもらうからな」

「うげ、やっぱり引っかかった。フォルちゃん、悪いけどここで待っててね。ええと、私の名前はエルリッヒ。コッペパン通りで、竜の紅玉亭っていう食堂を営んでます。フォルちゃんとは友達だから、今回の採取の旅に同行することになりました。これでどう? 怪しいことなんかないでしょ?」

 腰に手を当て、若干面倒くさそうに己の素性を説明する。相手がこの国の兵士だからと言って、遠慮はしない。根底には、戦闘能力で勝っているという自負があるからなのかもしれないし、ツァイネの友人、という後ろ盾があるからかもしれなかったが、とにかく対等の態度で接しなくては舐められる、そう考えた。

「うんうん、コッペパン通りなら知ってるよ。あそこは美味しいお店が多いよね〜。じゃなくて、怪しい人じゃないことがわかればそれで十分だから」

「おいおい。そんなんで軽く通していいのかよ。怪しい奴じゃないのはわかったけどよ、女の子二人で街の外になんか行かせていいのか? 野盗だっているし、獣だっているだろう。せめて護衛の戦士の一人や二人……」

 その言葉を遮るように、フォルクローレが割って入った。手には、いつの間にか漆黒の艶めく球体が握られている。

「んー、ごめんなさいね、割って入って。これ、なんだか分かります? これ、爆弾。辺り一面焦土にする、とまではいかないけど、教会の尖塔を破壊するくらいならできるはず。あたし、こう見えても爆弾作りは上手いんです。並大抵の相手は、これで吹っ飛ばしちゃうんで、大丈夫です! 後、エルちゃんもあのフライパン、見せてあげなよ」

「え? 私? えぇ〜? 仕方ないなぁ」

 すっかりフォルクローレのペースである。爆弾におののいている姿に追い打ちをかけるように、旅の道具からあのフライパンを取り出して見せた。

 エルリッヒ自身は気乗りしなかったが、フォルクローレが見せてやれというのだから、ここは従うしかない。

「ん? ただのフライパンじゃないか。野宿の際にでも使うんだろう? それがどうしたんだ」

「これ、持ってみてくれます? できれば両手で」

 この娘は何を変なことを。そんな目で見つつも、一応は言われた通りにしてくれている。手にした槍を相棒に手渡し、エルリッヒからフライパンを受け取った。もちろん、両手で。

「フライパンが何だって……!! 何だこれ!」

 女性陣が予想した通り、兵士はあまりの重さに取り落としそうになる。何とか手を離さずに地面に置いたが、その重さが想像を絶するということだけは、瞬時に伝わった。

 その、異様な重さを持ったフライパンを、今、目の前の赤毛の娘は、片手で持っていた。事情はどうあれ、爆弾娘に怪力娘、確かに心配はいらなさそうだ。そして、下手に機嫌を損ねては、こちらが危ない。そう悟った。

「分かったよ。二人が怪しい奴じゃないのも、女の子二人の旅でも大丈夫そうだってのもな。けど、怪我でもされたら夢見が悪い、無理だけはするなよ?」

「ということなんで、気をつけて行ってきてくださいね」

「ん。ありがとねー」

「はぁ、また止められてしまった……」

 若干の悶着はあったが、兵士二人に見送られて、二人は街を後にした。目指す先はアーレンの森。王都を出て北に三日の場所である。




〜つづく〜

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