チャプター17
〜職人通り フォルクローレのアトリエ〜
その日、エルリッヒはフォルクローレのアトリエを訪れていた。曰く、調合に使いそうなアイテムをすべて集めたのだという。いよいよ、王様に見せるアイテムの調合に取り掛かるのだ。
とはいえ、何を作るのかについては知らされていない。
「一体、何を作るの?」
今日できるアイテムなのか数日かかるアイテムなのか、そもそも一度の調合で出来るアイテムなのか、いくつものアイテムを組み合わせて作るうちの一つなのか、それすらわからない。
そもそも呼ばれた理由だって、手伝って欲しいのか見学してもいいだけなのかもわからない。アトリエの隅に座って何やら薬草のような者を乳鉢ですりつぶしているフォルクローレに向かい、前屈みになって訊いてみた。
「今作ってるのは、中和剤の一つだよ。すべての調合の基礎の基礎。いろんな素材の仲立ちをしてくれるんだ。これがないと始まらないよね」
「ふうん」
正直、このあたりのことは何度聞いても覚えられない。素養がまるでないのだろう。だが、料理と似てる、とは思った。色々な素材を使って、一つのものを作る。時には、それすら目標とする素材の材料になる。それでも、物が料理でなくこういうアイテムになるだけでこれなのだ。面白いものである。
すりつぶした薬草たちを、今度は煮出している。他にも釜や鍋で煮込んだりもして、そういうところもよく似ている。ただ見ている分には面白いのだ。
「で、この中和剤は何を作るためのものなの? これって、そういうものでしょ?」
「お、わかってきた? そうなんだよ。今回は、星屑の砂時計というアイテムを作ります」
聞いたことのないアイテムだ。ただの砂時計とは違うのか。これは最終的に目指すアイテムを作る上でのどの段階なのか。あれこれ想像するのも楽しい。
今度は先ほどの乳鉢で鉱石の欠片のようなものを砕き始めた。なるほど砂時計だ。グツグツと釜の煮える音に混じって、ゴリゴリという小気味の良い音が響き渡る。
「へぇ〜、それを使うんだ」
「そうだよ。これだけじゃ、ただの砂時計だから、星の砂時計にするために一つ工夫がいるんだけどね」
それはそうだろう。ただの砂時計に大層な名前をつけたところで、何の意味もない。一体何をどうするのかと思案していると、フォルクローレは戸棚から何やら小さい袋を取り出した。
そして、それを先ほどまで鉱石を砕いていた乳鉢に投入し、再びかき混ぜ始めた。
「これは、前に海に行った時に採ってきた砂だよ。これを、このここに混ぜるんだ。こっちもさ、そこらの石っころじゃなくて、ちゃんと時の水晶っていう別名が付いてる、特殊な鉱石なんだよ。この星の砂時計は、その砂時計が落ちるまでのわずかな間だけ、時間を止めることができるっていうアイテムなんだよ」
「え? 何それすごすぎるじゃん。仕組みも気になるけど、まるで魔法だよ」
時間が止まるとはどういうことなのか。全く想像もできない。かつての記憶を掘り起こしても、そんな魔法は見たこともなければ聞いたこともなかった。
それが、魔法の力がないこの世界で実現できるというのか。錬金術とは、なんとすごいのだろう。先人の知恵には違いないのだろうが、ついフォルクローレを尊敬の眼差しで見てしまう。
「すごいなぁ……」
「えへへー、すごいでしょ。でも、そこまで世の中都合よくはできてないんだよねー。効果があるのは一瞬だけ。でもって、一度使うとその力を再充填するまで一年はかかるんだ。だから、悪いことには使えないよ」
安心するべきか、残念がるべきか、それはわからなかったが、やはり万能のアイテムなどという都合のいいものはないのか。いや、それでも十分すごいのだだが。
「あとね、鉱石自体も結構貴重で、そんなに量産できないんだ。その辺も、都合よくできてるよね」
「なるほどねー。それでも十分すごいよ」
そうこうしていると、砕いて混ぜる作業が終わったのか、乳鉢の中サラサラとした綺麗な砂になっていた。
「綺麗……」
「でしょ。でも、まだこれで完成じゃないんだ。今度は、これを釜に入れて、煮込む!」
出来上がった砂を、乳鉢をひっくり返して盛大に煮えたぎる釜の中に投入した。
「さあ、見てて?」
「う、うん!」
エルリッヒが固唾を呑んで見守る中、釜が大きく爆発した。このアトリエ名物の爆発はこうして引き起こされるのだ。今回は成功しているのか、二人とも煤まみれになるようなことはなかった。
「ほら、できたよー! どう? この輝き!」
「え?」
今の爆発ですっかりお湯がなくなっている釜を覗き込むと、そこは綺麗な緑色に輝く砂があった。光が当たっていないのに光っているし、さっきまでは白砂のようだったのに、色まで変わっている。これはどういうことなのか。
「これはね、こうしてお湯の中で煮沸して、不純物を取り除いてあげる必要があるんだよ。煮込み時間は短くていいし、簡単に作れる部類のアイテムではあるんだ。一応ね」
「へぇ〜」
料理でも似たようなことを行うため、これには感心してしまう。だが、最後の一言が、妙に気になった。
「で、なんで『一応』なの?」
「ほら、作成過程は簡単だし短い時間で作れるんだけどさ」
釜の中の砂を器に移し変えながら説明してくれる。見る間に砂時計は完成した。
「この、どこの工程でも、余計な材料が混じっちゃいけないんだ。少し材料が増えただけで、そりゃあもう危険なことに。こないだなんて、最後のところでくしゃみしちゃって、結局全然違う真っ黒い砂が出来上がった」
「く、黒い砂? それ、大丈夫なの?」
ものが違うということは、効果も違うのだろう。どんな恐ろしい効果が引き起こされるか、わかったものではない。
「まあ、いつもみたいに真っ黒になっちゃったけどね。試しに外に出た時に、盗賊に向かって投げつけたら、砂つぶが小さい爆弾みたいに炸裂した」
「えぇっ? それ、すごくない? むしろすごく便利じゃん。どうしてそんなことになるのかわかんないけど、下手な爆弾より持ち運びしやすいし、便利じゃん」
驚き感心するエルリッヒを他所に、フォルクローレは苦笑いをしている。何か、嬉しくないことでもあるのか。
「冷静に考えてごらんよ。効果は使ってみるまでわからないんだよ? それって、どれだけ危険なことか、わかる? それに、作り方が最後の工程でくしゃみ、だよ? 嫌じゃない? あたしのくしゃみ入り」
なるほど、正しいレシピでなければ危険が付きまとうということか。そこは料理とは違うようだ。料理であれば、ある程度違っていても美味しいものは作れるし、逆にとてもまずいものが仕上がるような失敗なら、ある程度の段階でそうなることは予想できる。食べてみるまでわからないようなものは、作りにくいのだ。
「どのみち、材料が貴重で量産はできないよ。今回は王様の依頼だから、これを使うアイテムを作ろうとしてるだけで」
「そういえば、さっき作ってた中和剤も、まだ使ってないねえ」
ということは、これだけでも十分すごい「星の砂時計」は、結局過程のアイテムに過ぎない、ということか。これを直接何かの作成に際して混ぜてしまうのか、その、「一瞬時を止める」という特殊効果を作成過程に利用するのか、それは想像すらできなかったが。
「今日は、あたしが失敗ばっかしてるわけじゃない、爆弾ばっかり作ってるわけじゃないってことを見てもらいたかったんだよ。後、いよいよ王様に見せるアイテムを決めた、てこともね。もちろん、出来上がるまでは秘密だけど」
「そっか、そういうことだったんだね。でも、どうせまた不健康な生活をするんでしょ? なんなら、生活の管理をしてあげようか? まずは晩御飯からでも」
「生活の管理」という言葉に、すぐさま表情を引きつらせたフォルクローレだったが、食事の二文字には、顔を綻ばせた。分かりやすいものである。
「まあ、この散らかったアトリエには、あんまり長居したくないけどね」
「じゃあ、二階いつもは二階にいていいから! 後、ご飯はよろしく〜。食材の備蓄はないんだよね。お金は出すから、材料も自由に買ってきて!」
かくして、二人の短い共同生活が始まろうとしていた。
〜つづく〜




