性質
死ぬことは悪くない。死について考えることから解放してくれるから。
ジュール・ルナール
ああ、なんて退屈な日常なんだろう。
ある日、ある場所で、ある人間が感じた。
それはなんてことないものであり、誰もが一度は思ったことだが、幸いなのか残念なのか、その人間は心理学を学んでいた。
その心理学者は、これまでにも幾つもの実験や研究を続けていた。
人間とは何か、過去と未来にとって役に立つことはなにか、と。
最初はただの興味だった。関心だった。
そこらへんにいる人間たちと同じように、気になったことは調べて、納得いくまで研究をしてただけだった。
ほんの些細な興味は、その人間を本能という狂気に導いた。
「なんだ、いつも通り実験すればいいのか」
そんな結論に達した人間は、その実験に相応しい人間たちと、その人間たちが住まう場所を探した。
何日も、年週間も、何年も探した結果、ようやく見つけた街があった。
当時のその街の名は、“黒猫街”といって、街中に黒猫が野良猫として多くいて、それを観光名所としたグッズまで販売していた。
若い女性だけでなく、猫好きな人達が全国から集まっていたという。
そんな街に、その人間が足を運んだ。
「・・・・・・んん。実に平凡な街と人だ」
目の前に溢れかえっている人間の群れを眺めながら、その人間は1人の街人と接触した。
「はじめまして。私、こう言う者です」
「え?大学の先生ですか?俺は秀平っていいます。こちらには観光に?」
「いいえ。出来れば、私の実験にご協力願いないかと思いまして。この街の長がおりますか?」
「はははは。この街にはそういった人はいません。強いて言うなら、街の誰もが長です。一人一人が自立した考えと立場を持っています」
「へえ、そうですか。じゃあ、ゆっくりと長居すると思いますが、よろしくお願いします」
「ええ、勿論。ごゆっくり」
一見、チャラ男かとも思った秀平という男だが、話してみるとしっかりしていて、気を使える人物のようだ。
人間は、“先生”、と呼ばれるようになった。
「先生、今日はどこ行くんです?」
「なに、ちょっと川の方へね」
先生と呼ばれるようになったその人間は、街の中心にある、木々に囲まれながらも街の外へと続く奇麗な川に向かった。
そこで、1人の少年と出会った。
「おや、こんなところで何をしてるんですか?」
「あ、先生。弟と喧嘩したんだ」
人間は、少年の心に息を吹きかける。
「お父さんもお母さんも、弟のことばっかり可愛がるんだ。俺のことはいっつもいっつも叱るくせにさ。おかしいよ!俺は悪いことしてないのに!!」
「・・・それはとても理不尽ですねえ」
人間は、ふと、思った。
―面白い被検体になるかもしれない。
人間は、すでにこの街の人達に信用されていた。
それは肩書きだけではなく、その人間の人柄もだ。
どのくらいこの街にいるかは知らないが、人間はとてもこの街の住人が愉快でしかたなかった。
「そういえば、この前、聞いてしまったんです」
「え?」
少年は、人間の方を見た。
「君は、本当の子供ではないそうですよ。もともと君のお母さんは身体が弱くて、子供がなかなか作れなかったらしくて。君を貰って来てから少しして、弟がお腹に産まれたんです。だから、弟だけが自分達の本当の子供だと、それで可愛がっているのかもしれませんね」
「ほ、本当?」
「君は、弟が憎くはありませんか?」
「・・・・・・それは」
「ここの川は、そこまで深くはありませんが、君の弟さんくらいの身長なら・・・・・・」
「お兄ちゃん!今日は何して遊ぶの?」
「・・・・・・川で水遊びしよう」
「わーい!!今日は特別暑いもんねー!!!あ、ママ達に言わないと!」
「大丈夫。お兄ちゃんが言っておいたから」
「そうなんだ!」
無邪気に走る弟。その背中に纏う幸せは、誰の手によって終止符を打たれるのか。
「お兄ちゃん!!早く早く!!」
その背中を軽く押せば、ほら。
「おに・・・!!!ぶくっ!!!おにいちゃ!!!たす!!!ぼこ・・・」
「はあ、はあ、はあ」
「この天気だし、きっと水遊びに一人で行っちゃったのね」
「お兄ちゃんはしっかり者だもの。本当に良い兄弟だったのに」
「不妊治療を得て、やっと授かった兄弟だったのにね・・・」
「元気だして?何かあったら、おばちゃんたちに言ってね」
「何でも協力するわ。だから、そんなに泣かないで?」
―ああ。弟だから、こんなに泣いているんだ。お母さんなんか、嫌いだ。
歪んだ少年の心は、いつかの綺麗なときに戻るのだろうか。
人間は、ただ滑稽そうにテレビを見ていた。
「なんて美しい感情なんだ」
不可思議な人間がこの街に来てから、何かが変わった。
今日もまた、誰かの心がかき乱される。
「素晴らしい御両親ですね」
「そうかな?ただ経営が上手くいっただけだよ」
そうは言いながらも、男は誇らしげだ。
「総資産、確か十億円でしたっけ?私には一生かかっても無理そうだ」
ハハハ、と軽く笑いながら、人間は頭をかいた。
「俺は親の会社を継いで、新しい子会社を作りたいんだ。親にも言ってはあるんだけど、なかなか難しいからって賛成してくれないんだ」
「まあ、気長に考えればいいんじゃないですかね」
人間がそういうと、男の表情が少しだけ曇る。
「それがさ、父親は末期のがんで、母親も若年性の痴呆の疑いがあるみたいでさ、まともに仕事が出来る状態じゃないんだよ。それなのに、まだまだ出来る!って言い張ってさ」
「その気持ちも分かりますが」
男は人間に愚痴を散々言うとスッキリしたのか、じゃあ仕事戻るわ、と言って去って行った。
人間は去っていく男の後ろ姿を見ながら、なんとも嬉しそうな顔をする。
それはニコリともニヤリにも言えない、不気味なような、妖艶なような、そんな面持ちだった。
数日後のこと、男はまた人間に愚痴を言っていた。
「でさ、また父親が・・・」
それをうんうんと頷きながら聞いていた人間だったが、ふと、何か思い出したかのように、男の台詞をたちきった。
「そういえば、聞いた話なのですが」
「なになに」
「あなたの会社の財産、全て御両親は寄付に回すそうですよ」
「はあ!?俺、聞いてねーけど!?」
「内密に、ということじゃないですか?財産を別のことで使いたいとお考えになっていたことを、きっと御両親は快く思っていなかったんですよ」
「まじかよ・・・」
「動物の保護団体とか、障害者への支援とか、他諸々に使うそうですが、息子さんの夢や理想を潰すなんて、酷い御両親ですね」
人間の言葉は、魔法のように男の脳へ入りこむ。
毒を飲まされたかのように、隅々の神経まで血液が流れていくのがわかる、このドクドクという感覚。
「末期のがんと、痴呆症予備軍と。未来を担うのは、誰でしょう?」
それから少しして、人間の耳に、ある噂が流れる。
「ねえ聞いた?御両親の首を絞めて殺したって」
「聞いた聞いた!なんで?」
「さあ?介護に疲れちゃったとかじゃないの?」
「介護たって、旦那さんは糖尿病、奥さんはただの腰痛持ちでしょ?」
「そうなの?ガンと痴呆だって聞いたけど」
「そんなわけないわよ!二人ともうちの病院に来てたんだもの!」
「え?じゃあ、だれがそんなことを?」
「はてさて、人間とは自分がそこまで可愛いものですか」
―嘘をついたのは、誰?
「ストーカー?」
「ええ。少しまえから。だからお願い。帰り道とか、一緒に帰ってくれない?1人だと怖いの。お願い」
「しょうがねえな。可愛い彼女の頼みなら、聞くしかねえだろ。てか、そんな奴俺が捕まえてやるよ」
「ありがとう!」
初々しさの残る男女がいました。
女性はストーカー被害に遭っているようで、男性が女性を送り迎えすることになりました。
彼氏の護衛があるからなのか、それともストーカーというもの自体が気のせいだったのかはわからないが、その日から、女性が悩まされることは無いに等しかった。
時折、嫉妬に狂うメールや電話がかかってくるが、それも無視していた。
「ねえねえ、最近変なメールとかも来てないんだよ!」
「まじ?俺のお陰じゃん?」
「そうかもー!!」
よくわからないテンションで会話をしながら、女性宅で二人抱き合っていた。
テーブルの上や床に転がっている空き缶から察するに、二人は酒を飲んでいる。それも結構な量を。
そして互いに何ともなしに口づけを交わすと、二人の身体は重なる。
乱雑に洋服を脱ぎすてて行き、男女の営みを交わしている間は、それまで起こっていたストーカーまがいの事など、忘れていた。
翌朝になって、仕事場に向かった女性は、携帯を自宅に忘れたことに気付き、急いで戻った。
すると、鍵が開いていた。
「え?」
キィ・・・と開いたドアから静かに部屋に入ると、そこには自分の彼氏の姿があった。
「え?ちょ、何してんの?」
彼氏は少し驚いた表情で、なにやらわたわたとしていた。
「いや、携帯忘れたみたいでさ。そっちこそ、なんで?仕事じゃねえの?」
「私も携帯忘れたから取りに来たの。あれ?仕事今日休みだっけ?」
確か、今朝早くに、会議があるからと自分よりも先に出て行ったのはそっちだろうと思ったが、時計を見て慌てて携帯を手に持つ。
空き缶が未だ転がるそのテーブルに置いてあったようだ。
「ああ、なんか部長が休みでさ。会議は中止になったんだ。今日は午後からでいいってさ」
「へー、まあなんでもいいけど。ちゃんと出て行く時鍵かけてよね」
「ああ。わかってるよ」
仕事場に向かった女性は、とりあえず遅刻しなかったことに安堵する。
エステの仕事をしている女性は、まだまとめていなかった髪の毛を綺麗にし、午前中にくる客の準備の確認をした。
仕事が終わるのは、いつも九時から十時前後だ。それからまた雑務があるため、帰るのはいつも十二時少し前くらいになる。
「もー。本当にやんなっちゃう」
自分も癒されたいと思いながら帰っていると、途中、髭を生やした男性に会った。
横を通り過ぎようとした女性だったが、男性がふと、こんなことを囁いてきた。
「最近、身の回りに不思議なことはありませんか?」
「え?」
思わず振り返ると、男性は特に卑下た笑みでもなく、ほくそ笑むこともなく、柔らかく笑っていた。
女性が怪しみながらも、男性に返答する。
「ええ、確かに。最近まではストーカーに遭っていました。けど、彼氏に送り迎え頼んでからはmなくなってきたので・・・・・・」
「そうですか・・・・・・ふむ」
「?何か?」
こんなことを、見知らぬ男性に言うのはどうだろうと思ったが、もう終わったことだからと、女性は気にしなかった。
終わったように思った会話だが、男性のその何か考え込んでいるような顔つきに、女性はたずねる。
すると、男性はゆっくりと話しだした。
「いえね、私の近所での話になるんですけど」
「ええ」
「そこの家の娘さんも、ストーカー被害に遭っていまして。ですが、お付き合いを始めたばかりの男性の方に相談をしたところ、徐々に減っていたようなんです」
「良かった、ですね?」
「そこまでは、確かに良かったんです」
「そこまでは?」
女性は、自分の心にざわつくものを感じた。
何だろうか、わからないその不思議な蠢きに、女性は知らず知らず唾を飲んでいた。
「実は・・・・・・」
「はぁッ・・・はぁッ・・・!!!」
女性は、走っていた。
一分でも早く、一秒でも早く、自分の家に帰る為に。
それは、誰かに追われているように感じていたからだ。
気のせいかもしれない。それでも、今の女性にとっては、自分を取り巻く全てのものを疑わずにはいられなかった。
部屋の鍵はかかっていた。ひとまず安心してため息を吐く。
「そんな馬鹿なことないわよね」
ドアノブを回して部屋に入ると、誰もいなかった。
誰もいなくて正解なのだが、しかし、誰かがいたような形跡が残っていた。
例えば、食器棚に並べられたコップであったり、例えばゴミ箱の位置であったり、例えばカーテンがしまっていることであったり、例えば部屋に漂う空気であったり。
ストーカーの気配がなくなってからというもの、彼氏の送り迎えを減らしていた女性は、不安になって再び彼氏に電話をする。
「・・・・・・なんで?」
ぷるるるる、と音は鳴っているのに、一向に出る様子がない。
もしかしてまだ仕事をしているのだろうか、しかし、自分の方がいつも仕事が遅いわけであって、こんな時間でもかけると必ず出てくれていた。
「どうして?どうして?」
何度も何度もかけるが、出ない。
その日は諦めて寝ようかとも思ったが、先程の男性の話を思い出し、キョロキョロとあたりを見渡してからひっそりと目を瞑った。
それから彼氏と連絡を取れたのは、三日後のこと。
「なんで出てくれなかったの!?もう怖くて怖くてしょうがなかったんだよ!?」
「ごめんごめん。急に出張になってさ。言って無かったっけ?」
「聞いてないよ―!」
彼氏いわく、海外に出張になってしまって、しかも携帯を日本に置き忘れてしまったということらしい。
「それより、どうした?怖かったって、またストーカーでも出てきた?」
「え?なんでわかるの?」
「は?それくらいしかないだろ?帰り道に変な奴にでも遭ったか?」
女性は、ふと、疑問に感じた。
どうして夜道にあの男性にあったこと知っているのだろうかと。もしや、と。
「?どうした?」
「ううん。なんでもないの」
この時、女性の脳内には、あの男性から聞かされていた話がループしていた。
そんなことなど露知らぬ彼氏は、女性のベッドに寝転がって何やらもそもそ探していたり、部屋を歩き回っていた。
なんとも言えない奇妙な行動だが、女性は確信した。
―もしかして、私をストーカーしていたのって・・・。
「あ、そうだ。俺最近肉じゃがにはまっててさ。自分でも作れるようになったんだよ。ちょっと台所借りても良い?」
「うん」
鼻歌を歌いながら、彼氏が冷蔵庫を開け、具材を取り出して包丁を持った瞬間、女性の中で何かが弾けた。
「ジャガイモは大きくてもいいか?」
「うん」
ゆっくり、ゆっくり、一歩一歩確実に。
「アルミホイルアルミホイル・・・あ、あった」
背後に立って、ソレを、振り下ろした。
「なあ、これさ・・・」
―!!!!!!!!
ストーカー撃退用に買っておいた、金属バット。
そのバットに沁みついた、赤く染まった、何か。
目の前で崩れ落ちる、愛おしかった、何か。
ぐつぐつと音を立てている鍋からは、良い匂いがした。
「うん、とっても美味しそうね」
彼女は、台所で倒れているソレには目もくれず、出来上がった肉じゃがを一口、頬張った。
そんなとき、ピンポーン、と鳴った。
「?誰かしら?」
ゆっくりと立ちあがり、玄関まで向かい、何の疑いもなくドアを開けた。
そこには、見覚えの無い女性が一人、立っていた。
「あの、どちら様・・・・・・」
刹那、何かが自分のお腹に当たったのを感じた。
なんとも優雅な動きで、視線を自分のお腹へと向けると、そこには包丁があり、自分のお腹からは血が出ていることが確認できた。
「・・・して」
女性が、何か言っている。
「返してよ・・・あたしの、順二!!!」
順二?ああ、確か、私の彼氏だった、人?
遠のく意識の中で、女性がずっと喚いているのだけが聞こえた。
『続いてのニュースです。昨日、女性宅で住人の女性と、付き合っていた男性と思われる遺体が発見されました。隣の住人によると、先日住人の女性と、もう一人の別の女性が言い争う声が聞こえたため、通報したそうです。住人の女性はその別の女性に刺殺されており、男性は住人の女性によって撲殺された模様です。男性は、女性宅にその別の女性を連れてよく密会をしていたようです。また、この女性は、住人女性につき纏っていたということです。しかし、住人女性と男性の間に、特にトラブルなどはなく、なぜ撲殺するに至ったかは、定かではありません。・・・続いては、政府の考案した・・・』
ブツッ、とテレビを消した。
こうも人間とは憐れなものかと、男性は呆れながらも、何かを書き始める。
どんなに積み上げてきた信頼であっても、いともたやすく壊せるのであれば、人間関係とは希薄な方がよいのかとも、思う。
それでも人間が他人との繋がりを持ちたいと思うのであれば、何があっても信頼し続けることが重要なのだ。
まあ、それは無理なことだ。
なぜなら、人間は生物の中で最も醜く、信頼という言葉に欠ける生き物だからだ。
―少し前のこと。
女性に向かって、こう告げた。
「実は、その男性がストーカーだったようなんです。もちろん、お付き合いをしていますから、部屋にも入れるでしょう?だから盗聴器や隠しカメラをつけることも、回収することもできる。部屋を知っているし、送り迎えもしているから、帰ってきたタイミングも、寝るタイミングも分かるのです。そしてその女性、殺されてしまったんです。誰か早くその事実に気付いてあげていれば、そう思うと、可哀そうで仕方ありません。ああ、だからといって、貴方のお付き合いしている男性が同じことをしているということではありませんよ?ただ、私はそういう可能性はある、というお話をしているのです」
―現実は真実ではない。事実は虚構とも似ている。ならば、作りあげた虚構は、その人間にとっての事実にも、真実にも成り得るのか。
ああ、なんて退屈な日常なんだろう。
ある日、ある場所で、ある人間が感じた。
それはなんてことないものであり、誰もが一度は思ったことだが、幸いなのか残念なのか、その人間は心理学を学んでいた。
その心理学者は、これまでにも幾つもの実験や研究を続けていた。
人間とは何か、過去と未来にとって役に立つことはなにか、と。
最初はただの興味だった。関心だった。
そこらへんにいる人間たちと同じように、気になったことは調べて、納得いくまで研究をしてただけだった。
ほんの些細な興味は、その人間を本能という狂気に導いた。
「なんだ、いつも通り実験すればいいのか」
そんな結論に達した人間は、その実験に相応しい人間たちと、その人間たちが住まう場所を探した。
何日も、年週間も、何年も探した結果、ようやく見つけた街があった。
当時のその街の名は、“黒猫街”といって、街中に黒猫が野良猫として多くいて、それを観光名所としたグッズまで販売していた。
若い女性だけでなく、猫好きな人達が全国から集まっていたという。
そんな街に、その人間が足を運んだ。
「・・・・・・んん。実に平凡な街と人だ」
心理学者は、学んだ。
どんなに科学や技術が進歩しようとも、人間は全く進化しない、と。
しかし、人間の心というものは実に単純であって難解なものだ。
少しだけ、ほんの少しだけ、その真っ白で綺麗な心に、黒い絵の具を滲ませるだけで、心全体が病んで行く。
その滲んでいただけの黒は、やがて心全体を蝕む毒薬へと姿を変え、闇を作りだす。
それは絵本を読むよりも簡単で、二本の足で歩くことよりも難しい。
心理学者は、悟った。
人間は、変わらない、と。
とある時代を生きた心理学者は、人間を憂いでいた。
だから、人間を強くしようとした。
しかし、人間が強くなることはなかった。
「なんとも哀れ成り」




