現象
私達は生まれたとたん死にはじめている。 マリニウス
ザーザーザーザー・・・・・・
目的もなくテレビが点いている。
テレビに映っているのは、俳優でもアニメのキャラクターでもなく、ただ無機質に、単調に流れる雑音、ノイズ。
砂嵐と呼ばれるその映像とは言い難い画面を、ひたすら見つめている男がいた。
男の部屋はカーテンがぴっちりと閉められており、壁には美少女アニメの特大ポスターが所せましと貼られている。
二つある本棚にも、やはり美少女のフィギュアが大小合わせて50以上はあるであろう、並べられている。
そして、第三者が部屋を見渡してまず目につくであろう、キャラクターの等身大フィギュアは、なんとも言えない。
男の名前は、黒田光。現在無職で、言ってしまえば親の脛を齧って生活している。
光という名とは真逆で、光から逃れる様な日々を暮らしている。
テレビの画面を眺めながらお菓子を貪っているが、誰もが想像するような太めの体形ではなく、ちょっとぽっちゃりしているくらいだ。
頭の上から布団を被り、何回目かの瞬きをする。
就職したのは多分6年ほどまえのことだろう。結構有名な会社の営業として内定をもらったのだが、見た目からいじられることが多かった。
オタクだとバレルと余計にそのいじりは酷くなり、黒田は会社に行かなくなってしまった。
入社して半年で会社を辞めると、それからずっと部屋にこもりっきりになる。
父親は銀行員、母親は中学校の教員をしていて、さらには7つ上の兄は今海外で仕事をしている、結構なエリート一家で育った。
だからこそ、昔から劣等感に苛まれてきたのもまた事実。
そんな黒田だが、一日中部屋にいるわけでもないようだ。
太陽が沈んで、住民たちの中には寝静まる者も出てくるころの時間帯、黒田はようやくその重たい腰をあげるのだ。
「光、またこんな時間にでかけるの?」
「放っておけ」
黒田のことを心配する母親の言葉を遮り、父親はすでに見離しているようだ。
街頭の灯りだけを頼りにしているようで、月の明るさが一番だろう。
今の御時世、真夜中だからといって真っ暗闇な場所ばかりではなく、コンビニや車のライトで街は結構明るいものだ。
そうはいっても、昼間の明るさと比較してしまうと、やはり物足りないところは多々ある。
黒田はいつものように、同じコンビニへと続く道のりを歩いていた。
コンビニに着けばまずはアダルト雑誌のコーナーに行き、自分好みの女の子がいないかを探すことから始まる。
にやけながら雑誌を大方読み漁ると、今度は2リットルのペットボトルを2本手に持ち、カゴに入れる。
ポテチやらチョコやらスナック菓子を沢山買い込み、1番くじで好きなアニメのものがあるとそれを5枚購入する。
どこからお金が入ってくるのかと言われれば、それはひとつしかない。
父親には言っても無駄なので、母親に毎月小遣いをもらっていて、更に言えば、足りなくなるとプラスでもらっているのだ。
自分の分の食べものと飲み物、そして趣味に費やすお金は、月5万以上かかってしまう。
最初のころは母親にもダメと言われたが、一度母親に殴りかかろうとしたことがあった。
その時は殴る瞬間に我に返り、未遂で終わったのだが、母親の方は若干のトラウマになっているらしく、大人しく渡してくる。
都合がいいと、黒田は何も感じなかった。
黒田がレジに並べば、店員さんは慣れたように会計をする。
そしてまた真っ直ぐに家に帰る。それの繰り返しだった。
ネットを開いてアニメの動画を見ながら、真夜中のコーラを飲む。
床にお菓子のカスが落ちても、汚れたままの手でパソコンをいじっても関係無い。
とにかく自分の世界に浸りたいだけの自己満足は、黒田の生き甲斐でもあり、生きる糧でもある。
そんなある日、父親が短期で単身赴任をすることになった。
最初の1週間は母親と2人での生活をしていたのだが、母親は黒田と2人きりの空気に耐えられなくなり、父親が戻ってくるまで、アパートを借りて1人暮らしをすることになった。
寂しいなんて思いはちっともなかった。むしろ、せいせいした。
だからといって、自分の部屋から出ることは、やはり少ないのだが。
毎日毎日同じように過ごしていた黒田だったが、雨が激しく降っていたある日、ある出会いがあった。
「?」
いつも通っているコンビニの前に、少女が立っていた。
「・・・・・・」
ちらっとは見たものの、とりあえずコンビニに用事があった黒田は中に入り、いつものコースを巡る。
帰る時もまだいたその少女は、セーラー服を着ていたので中学生だろうと判断した。
傘を持ってきていなかったのだろう少女は、きっとここで雨宿りをしていたのだろうが、黒田の視線に気付いたのか、雨の中歩いて帰ろうとした。
黒田はその後ろをついていき、気付くと尾行していた。
少女は何度も何度も後ろをちらちら見てきて、その度に表情を曇らせて足を速めていく。
15分ほど経ったとき、少女はある一軒の家に向かって猛ダッシュしようとしたため、反射的に自らも走りだした黒田。
「キャッ!!!」
「静かにしろっ!」
少女の口を手で覆い声を出せないようにすると、黒田は女の子の頭を乱暴に叩いた。
ガクン、と気絶してしまった少女を見て、黒田はあたふたとしていたが、冷静さを取り戻すと、少女を担いで家まで帰って行った。
途中、怪しまれないように、慎重に、それは慎重に少女を運んだ。
少女を自分の部屋に無事連れてくることが出来た黒田は、少女を舐めまわすように見る。
そして、まず黒田が始めたことは、少女の制服を脱がすことだった。
ただし、裸にしてしまうのではなく、下着姿のままで。
次に椅子に座らせて両手首と足首に、以前母親が自分のマンガを棄てるために買ってあった荷造り用のロープを巻きつける。
その光景をしばらく眺めて、満足したように砂嵐しか流れていないテレビをつける。
時間として、どのくらい経ったのだろう。
可愛らしい鳥のような鳴き声で、少女は目を覚ました。
「!?」
がた・・・と小さい物音をたてただけで、黒田には少女が目を覚ましたことが分かってしまう。
「・・・・・・」
死人のような黒田の目に、少女は言葉を失う。
「・・・やあ。君、可愛いね。名前は?」
「・・・・・・」
「聞こえなったのかな?」
恐怖で声が出なくなっていた少女にいらついたのか、黒田は被っていた布団をどかし、少女に近づいた。
「名前は?」
「あ・・・・・・」
ばちん!と大きな音を立てて、黒田は少女の頬を叩いた。
あまりの衝撃に、座っていた椅子が横たわってしまい、椅子を直しながらも少女に問いかける黒田。
「もう一回だけ聞くね。名前は?」
「あ、あの・・・・・・」
「まあいいや。君はミオリンに似てるから、ミオリンだ。僕だけのミオリンだ。わかったね?ミオリン、とっても肌が綺麗だね」
それから、黒田の少女観察日々が始まった。
ただ、少女を見つめているだけ。
ただ、じーっと見ているだけ。
少女と砂嵐を交互に見つめては、にやりと笑うだけ。
黒田は少女を眺めて満足すると、夜中には、身体が覚えてしまったコンビニに行く、という行動に移る。
顔を隠すように深く被ったフードを見るだけで、店員は、ああ、と誰だか分かるようだ。
飲み物やお菓子をカゴいっぱいにしてレジまで持っていけば、母親が置いていった現金で支払いを済ませる。
家に帰る途中、会社の同僚だった男たちと会ってしまった。
「あれ?黒田?」
「・・・・・・いえ、僕は」
「黒田じゃん!え?何?こんなところで何してんの?」
「・・・・・・」
「今度会社に顔見せに来いよ。な?」
「・・・・・・ん」
男たちは去って行きながら、ゲラゲラと笑っていた。
「おい、見たかよ!?」
「めっちゃ菓子買ってたよな!さすが豚!」
「だから仕事続かねえんだよ」
そんな男たちの会話が聞こえていたが、今の黒田には反論するほどの勇気も力も体力もないため、何も言えないまま帰ることにした。
家に帰ると、重たい身体をなんとか動かし、二階へとあがる。
「ただいま」
がちゃ、と小さく音をたてて部屋に入ると、少女はまだ大人しく椅子に座っていた。
それを見て、先程の怒りや劣等感など無かったかのように、黒田は少女を見下ろしながらニヤニヤする。
少女は訝しげに黒田を見ると、何か言いたそうに唸り始める。
「ああ、そういえば、話せなかったんだね」
少女の口を布で覆い、大きな声を出せないようにしていたことを忘れていたのか、黒田は優越感に浸りながらそれをずらそうとした。
だが、止めた。
それは少女の、自分に縋るような視線が、とても気持ち良かったから。
黒田は自分の中にある何かおかしな感情に気付かぬまま、少女の身体を舐めまわすように見て、また嗤う。
なんとも言えないくらい、不気味で、吐き気がする、そんな笑み。
少女の身体をじっくりじっくり舐めまわすように見ると、黒田はまたニヤリと笑う。
ひとつひとつの黒田の行動が、少女にとっての不快感になっているとは知らずに、黒田はなんとなくカーテンを開けてみる。
そこは月灯りに照らされたアスファルトがあるだけで、黒田はなんとも思わない。
月を見て綺麗だとも思わず、ましてや、目の前にいる少女を見て、自分がひどいことをしているとも思っていない。
「ほら、見てごらん。この真っ暗闇が安心するんだ」
それはお前だけだと言いたい少女だが、何も言えない今はただ睨みつけるだけ。
そんな生活を何日、何週間と続けていた黒田。
ある日、買い物に行こうとしても、身体が起き上がらなかった。
口を開こうにも言葉が発せないため、もしかしたら熱でもあるのではと思い、近くにいるはずの少女を呼ぼうとする。
しかし声が出ない。それでも、少女を見つけようとする。
視界の端から真ん中に動いてきたのは、他でもない、少女だった。
必死になって少女に助けを求めようとする黒田だが、少女が黒田を見てニコリと笑ったのが見える。
いや、ニコリは表現として間違っているかもしれない。
これは、ニヤリ、だ。
少女に毒でも盛られたか、何か変な薬を飲まされたかと思っていた黒田。
しかし、黒田が口にしていたものは、今までもずっと自分自身で買ってきたコンビニのもののみだ。
少女を経由して口にしたことはないはず。
どうやって少女は自分に?と思っていた黒田だが、徐々に思考は停止していき、少女の可愛らしい笑みだけが残像として残る。
「あーあ。せっかく面白いモデルが見られると思ったのに、残念」
少女は、黒田の部屋で堂々と椅子に座って足を組んだ。
黒田が買って来ていたペットボトルの飲み物をぐいっと飲むと、少女は黒田の身体を見て、鼻でフンッと笑う。
頬杖をつきながら、少女は自分のスカートの中に潜んでいる、その布を脱いだ。
そして黒田の身体の近くに放り投げると、ソレを見て、自分で遊びだした。
しばらくすると、呼吸を乱しながら、頬を染めて自分の唇を舐める。
ウーウー、とパトカーのサイレンが聞こえてくると、少女は黒田から離れるように部屋の隅に座りだし、目に涙を溜め始める。
強引に力任せに開けられた黒田の家のドアから、警察官が何人も入ってくる。
バンッ、と勢いよく黒田の部屋のドアが開けられると、警察官は少女と、横たわっている黒田に気付く。
「君、大丈夫か?」
少女に声をかけながら、別の隊員は黒田の異変に気付く。
「おい、し・・・死んでるぞ」
「なに!?」
黒田は、呼吸をしていなかった。
それも、死亡したのはここ数日のことではないそうで、少女に事情を聞くことにしたが、少女は嗚咽交じりに泣いていたため、後日聞きとりをすることにした。
隊員が少女を連れて黒田の部屋から出る際、少女の口元が歪んでいたことなど、誰も知るよしがなかった。
少女は一旦家に帰されたが、両親はこんな時にも仕事なのか、家には気配がなかった。
「大丈夫かね?」
「ありがとうございます。大丈夫です」
「何かあったら連絡してください」
「はい」
ぱたん、とドアがしまった途端、少女は肩を震わせていた。
「ククク・・・・・・」
鍵をしっかりと閉めてリビングまで向かうと、そこには、成人の男性と女性の身体、もしくは死体、というものが一体ずつあった。
その屍と化したものを目の前に、少女はまた高揚する。
―まあ、下着も脱いできたことだし、あの男の引きこもりや性癖は部屋を捜索すれば分かるだろうし。正当防衛でいけるっしょ。
黒田のことは、噂で聞いていた。
引きこもりのニートで、夜中にしか行動しないという、典型的なダメ野郎。
嘘か誠か、黒田は熟女よりも若い子が趣味だということも知っていた。
だからこそ、童顔を利用して昔の制服を身に纏い、黒田が出没しそうな時間帯にコンビニに近づいた。
思った通り、黒田はまんまと引っ掛かり、少女を誘拐した。
でも身分証明書を見られてしまっては元も子もない。
学生証なんて持っていないし、教科書なども全部棄ててしまって持ってはいなかったが、最近の子は教科書などは学校に置いてくるらしい。
これはいける、と思った。
どうして好き好んで黒田に誘拐されようと思ったかって?
そんなの、簡単でしょう?
私は、死体を眺めるのが大好きなの。
かつて、どこかの心理学者は言った。
「何よりも恐ろしいのは、人間だ」




