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真実

生涯をかけて学ぶべきことは、死ぬことである。   セネカ 




  「お前さ、きもいんだよ」

  「まじ死んでくんない?」

  「てかさ、なんでまだ学校に来てるわけ?意味分かんなーい」

  「そのきったない顔、削ってやろうか?」

  「ハハハハ!それマジやばい」

  とある小さな学校内での出来事。

  最近では鎮火してきたと思われるいじめ問題も、影では堂々としているものだ。

  学校が把握しているといっても、それを表沙汰にするかと言えば、それはまた別の話になってしまう。

  問題にされることもないこれらの行為は、子供じみているが、確実にダメージを与えられる。

  1人の大人しそうな黒髪の少女は、数人の女たちの中心で蹲っていた。

  「美姫なんて名前、全然似合わないよねー」

  「美しい姫・・・??ハハハハ!!美しくもないし姫って感じじゃあないよね!」

  「てか、不細工うぅぅ!」

  顔を殴られ、蹴られ、髪の毛を引っ張られてまた蹴られ。

  抵抗しようものなら、尚楽しそうに次々に手と足を出してくる女たちに、反論する余地もない。

  例え誰かに助けを求めようとも、大声を出そうとも、みな見て見ぬふりをする。

  「じゃあねー、美姫ちゃーん。また遊ぼうねー」

  ケラケラと笑いながら帰っていく女たちの背中を見ながら、美姫はただ息を整えようと胸を上下させる。

  ―耐えればいいのよ。耐えていれば。

  そう思っていた美姫だったが、一日、また一日と経っていくうちに、状況は悪くなっていく一方だ。

  「ねえねえ見た?」

  「見た見た。あれでしょ?エンコ―してるってやつ。SNSで流れてたよね」

  「ホントかな?」

  「だって写真ついてたじゃん。まじかよって感じ」

  「清楚なふりして、ヤルことヤッてんじゃん」

  何の話をしているのだろうと思った美姫だが、みんなの視線は自分に集中していることは分かっていたため、特に聞くことは無かった。

  授業の準備をしようとした美姫だったが、目の前に二人の男子生徒がやってきた。

  その二人は、学校の噂にもなるほど有名な遊び人で、金髪にピアスは当たり前で、授業にもほとんど出ていなかった。

  「あんたが噂の美姫ちゃん?」

  「へー。結構かわいいーじゃん」

  「?あの?」

  初対面のためか、美姫は二人を交互にみやる。

  「ねえ、俺とも寝てよ。めちゃくちゃ男漁りしてるらしいじゃん?」

  「おっぱいでけー。ねえ、何カップ?」

  「!!ちょ!触らないでください!」

  いつのまにか、1人が後ろに回って美姫の胸を触っていて、思わず大声を上げてしまう。

  「ああ?何様?」

  「お前みたいなアバズレがどんなに清純ぶったって無駄だよ」

  「やわらけー。やべ。場所変えねぇ?」

  制服を盗まれたり、ネットで何か書かれたり、私物にイタズラされたりなんてしょっちゅうだ。

  しかし、それとこれとは違う。

  美姫は未だ自分の身体を触ってくる男子生徒の頬を叩くと、思いっきり走って教室から逃げる。

  全速力で走った心算だったが、男子生徒たちはいとも簡単に美姫を捕まえた。

  「つっかまーえた♪」

  「キャッ!!!」

  「逃げることないじゃーん」

  両腕をホールドされても、美姫はなんとか抜け出そうと必死に身体を捩ってみるが、男の力には敵わない。

  ここは学校であり、ましてや今美姫たちがいるのは階段の隅。

  決して人が通らない場所ではないのに、男子生徒たちは美姫を押し倒し、徐に制服のボタンを外しだした。

  「・・・・・・!?」

  「うほっ。清純そうに見えて、下着は赤かー。俺に襲ってくれって言ってるみたいなもんだなー♪」

  「お前、変態かよ」

  「しかも意外とでけー!!!やわらけえし!」

  いきなり胸を揉まれ始め、美姫は反射的に声を押し殺す。

  面白半分に身体を触られ、通りがかる生徒たちはヒソヒソ何か話しているだけで、誰も助けてくれない。

  先生たちに報告することもなく、最悪、先生さえも素通りしていき、見て見ぬふりをする。

  「あっ・・・ん。・・・やあっ・・・・・・」

  「かわいー声出しちゃってさ。え?もしかして初めてとか?マジ?美姫ちゃんの処女喪失、俺がもらいまーす!!!」

  「ハハハハハ!!!お前、ちょー下品!」

  スカートの中に、男子生徒の手が伸びてきて、誰にも触れられたことのないその場所に、指先が触れる。

  下着の上から触られていた胸だったが、下着などいとも簡単にずりあげられ、直に胸を触られ、舐められる。

  その感触がまた気持ち悪く、美姫は思わず涙する。

  「はあっ・・・んあ・・・。・・・っふ」

  「やべ。タッてきた」

  「嘘だろ。ゴム持ってんの?」

  「ねえよ」

  「生かよ。まずくね?さすがにまずくね?」

  「いいんじゃね?別に孕んだってよ。俺には関係ねえし」

  二人の会話に恐怖を覚えた美姫だが、どうにも逃げることが出来ない。

  圧迫感に襲われながらも、なんとか理性を保つが、自分の上に乗っている男がチャックを開けるのを見て、絶望感に呑まれる。

  ―やだやだやだやだやだやだやだやだやだ!!!!!!

  「じゃー、美味しくいただきますかー」

  「やめ・・・」




  「うーわ。くさ。何あの女」

  「ちょー変態なんですけど」

  「やっべ。胸でけー」

  「俺もやりてー」

  学校は、決して公にはしない。被害者の親にも、加害者の親にも、何も言わない。

  たった一人が抵抗を試みたとしても、握りつぶされて終わってしまうのだ。

  美姫の身に起こった事柄も、そんなこと、と切り捨てられてしまう。

  そんな、大人たちの作りあげた世界で、子供たちは振り回される。

  男子生徒にレイプされたあと、美姫は放心状態になり、別の男子生徒にもまた、身体を壊されてしまう。

  何度も。何度も。そこを写真に収める非道な女子生徒もいれば、動画を配信するゲスまでいた。

  人の噂も七十五日など、誰が言ったのだろう。

  来る日も来る日も、美姫は男に呼び出され、犯された。

  そんなある日のこと。

  美姫は、また今日も、と思いながら学校に登校してみると、なにやら教室中というよりは一部の生徒たちがザワザワと騒いでいた。

  なんだろうと思いつつ、関係ないことに首をツッこむものではないと、美姫は気にしていなかった。

  しかし、その日、男に呼び出されたとこにより、その騒ぎの原因がわかった。

  「美姫ちゃん、知ってる?美姫ちゃんをいじめてたあの女。名前なんだっけ?まあいっか。そいつの家が火事になったんだってさ。男からの恨みか、それとも女からか」

  「・・・・・・」

  誰もいない理科実験室での行為故、美姫は声を押し殺すのに必死だった。

  男子生徒は聞いてもいないことをペらペらと、それはまあ油のように滑らかに、ラジオのような雑音で。

  「それよか美姫ちゃん、本当に気持ちいいねー。マジ最高」

  「俺にも早くさせろって。限界なんだけど」

  「もうちょっと待てって。あー、いい」

  名前も知らない男子生徒との行為が終わると、美姫は冷静になった頭で、さきほどの内容を思い返す。

  ―優子の家が、火事。

  可哀そうとか、大変だとか、そんなことは欠片も思わなかった。

  ―ああ、そう。

  無関心になっていた美姫の心は、すでに明日の生き残り方を考えていた。




  「優子、大変だったね」

  「軽い火傷だけでしょ?よかったー」

  「でも家が半分以上焼けちゃってさ。これから色々親も大変みたい」

  「助かってよかったよ!ねえ!」

  周りの友達はみんな優子を励ましていた。

  それは男女問わず、学校中からの励ましのように、優子は一時注目を浴びた。

  頑張ってね、偉いね、すごいね、大変だね、などという言葉は全て自分への祝福のようで、悲劇のヒロインの気分だ。

  美姫をいじめていたことも忘れ、今までに自分が傷付けてきた人のこともすっかり忘れ、日々を過ごしていた。

  朝から晩までメールが届き、その内容は全て、火事による労いのもの。

  だが、ふと目にやった文章に、優子は目を疑う。

  ―穂村○子は、いじめが大好き。

  「何よ、これ」

  たった一文だったが、その一文がさらなる一文を産み、優子の視界に入るのだった。

  「ちょっと、誰よ!!!」

  ほぼ実名の入った中傷、そして、目だけが隠された自分の写真。

  ―穂○優子は、エッチが大好き。

  ―○村優子の下着チェック!

  ―穂村優○が先輩に告白!撃沈!

  いつのまに撮られたのかも分からない写真には、自分が着替えているところや、別れた彼氏と裸で寝ているところがあった。

  「なんなのよ・・・!!」

  見るのが怖くなった優子はスマホを枕の下に隠す。

  よく寝られないまま、優子は学校へ行く支度をし、いつものように出かけて行く。

  「おはよー」

  教室に足を踏み入れた瞬間、空気の棘が身体中に刺さるのを感じた。

  「・・・・・・」

  ヒソヒソと何かを話している窓側の生徒を通り過ぎ、友達に「おはよう」と話しかけるが、あからさまに優子を無視する。

  「ねーねー、見た?昨日のお笑い」

  「見た見た!!超おもしろかったよねー!」

  居づらいと思った優子は、仕方なく鞄を持って保健室で一日を過ごすことにした。

  帰るまでの間、ずっと鳴り続けるスマホの音が怖くなり、優子は電源を切ってベッドで寝てしまった。

  起きればすでに夕方になっており、もう先に帰ってしまおうと、優子は再びスマホの電源を入れた。

  そしてまた繰り広げられている自分への中傷を横目に、優子は家路に着いた。

  真っ先に我慢していたトイレに向かうと、「ふう」と息を吐く。

  クスクス・・・・・・

  「!?」

  人の声が聞こえた気がして、優子は反射的に後ろの小さな窓を確認すると、誰もいなかったが、窓が開いていた。

  すぐに窓を閉めたのはいいものの、まさかと思い、自分のことが書かれているページを開く。

  「・・・うそ」

  そこには、たった今自分がしていた行為が、生中継と称して動画配信されていた。

  「・・・!!!うそうそうそうそ!!!消して!!消して!!」

  どう足掻いても消えないその動画に、様々なコメントが寄せられた。

  ―痴女かよ。

  ―まじ!?もっと見せてよー

  ―私と寝たい人―!こっちに連絡してねー!

  そこに書かれた自分の携帯番号と、名前、そして顔写真。

  ピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピ!!!!!!!!!!

  次々にかかってくる、誰からとも分からない電話やメール。

  「もういやっ!!!!」

  いつ撮られたかわからない、お風呂の入浴シーンに、プールでの着替え、それに自宅での着替えや1人遊びの映像。

  優子は、学校を休むようになった。

  「優子―、今日も学校に行かないつもり?」

  「うるさい!!出て行って!!!」

  「まったくもう・・・」

  何も知らない親には話すこともできずに、下から聞こえてくる毎日の生活と何も変わらない生活音が響いてくる。

  包丁で何かを切っているのだろうか、母親は鼻歌まじりだ。

  ピーンボーン・・・

  「はいはーい」

  回覧板か何かだろうと思っていた優子は、カーテンを開けもせずに、布団にもぐりこんで息を顰めていた。

  「優子―、お友達よ」

  「!!!????」

  びくりと身体が反応を示し、優子は一瞬、呼吸もまともに出来なくなってしまった。

  そもそも、今の状況において、友達と名乗ってくるのはどこのどいつだと、優子は恐怖と不安で返事など出来なかった。

  そんな優子の部屋にノックもせずに入ってきた母親は、にっこりといつものように微笑みながら、優子に声をかける。

  布団の端をしっかりと持ち、抵抗を試みる優子だったが、母親の一言に、絶望へと突き落とされるのだった。

  「仕方ないわね。ごめんねー。部屋まで来てくれるー?」

  「ちょっ・・・!!!」

  ギシッ、と階段を沈ませながら二階へと上がってきたその友達とやらは、優子に対して憐れむでもなく残忍でもなく、普通の笑みを見せる。

  「ちょっと優子―、いつまで学校休むつもり?」

  「早く学校おいでよー」

  「優子は良いお友達を持ったわねー」

  そう言って母親が部屋から出て行くと、二人の友達は優子の近くへとじりじりよってきた。

  「・・・ねえ、お願いがあるんだけど」

  もう一つ、感じ取れていなかった気配が部屋に入ってくると、優子の絶望は確信へとなる。

  「この学校一きもいこいつと、セッ○スしろ」

  命令口調で言われ、最初は反論しようとしていた優子だが、男は息を荒げながら急に優子の上に被さってきた。

  「いやっ!!!」

  口は女たちに塞がれ、ドアも閉められ、1人の女はスマホを取り出した。

  「はいはーい、こっち向いて。今から実況中継するからー」

  「んーー!!!んー!!!」

  気持ち悪いくらいの汗の臭いに、優子は目を瞑る。

  「ハハハハ!!!泣いてんだけど!まじうける!」

  「うっわ。きもー」

  「みなさーん、見てますか―?今―、穂村優子ちゃんのいやらしいところ、丸見えでーす!!!」

  誰が見ているかもわからない。ましてや、学校以外の人だって見ている可能性が高いその方法に、優子は恥じらいや吐き気を覚える。




  「なんで・・・なんでこんなこと・・・」

  「は?」

  「最初に名前を出したのも、あんたらなの?」

  「・・・何言ってんの?あたしたちは今回が初めてよ。それにしても、ほんっと変態。こんなキモ男にも感じてるなんて。さいってー」

  三人が部屋から出て行くと、すぐにメールが来た。

  ―穂村優子の次の夢を叶えてあげよう!

  →学校の全校集会で、みんなの前で全裸で踊りたいらしい!!!

  「誰よ・・・誰なのよおお・・・!!!!!」

  休んでも、また違う誰かが迎えに来る。それの繰り返し。

  「穂村―、ほら、さっさとやれよー」

  「なんなら、制服脱がしてやろーか?」

  学校側も、何も言わない。ましてや警察も、関わらない。

  なぜなら、ここはそういう街だから。

  助けを求められない。生き残る道は、死か。

  「優子―、一緒に帰ろ?」




  かつて、どこからか来た研究者が言っていた。

  「勇気に飼い慣らされた英雄

   悪魔に飼い慣らされた信者

   虚飾に飼い慣らされた真実

   焔に飼い慣らされた生命

   現実に飼い慣らされた夢

   人間とはかくも愚かで哀れだ。自分を守るためだったら、なんだってする。それが例え、他人をおとしいれることだとわかっていてもだ。それでもなお、人間が誰かと繋がろうとするならば、それは喜劇の終焉であり、悲劇の幕開けとなるだろう」


  言葉は小さいながらも、切れ味鋭い刃物となり、心を抉っていく。

  幻想は尊いながらも、掴むことの出来ない高さへと飛び、胸を締め付ける。





  研究者は問うた。

  「何故人間は、生きるのか」



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