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奇跡

 ⑴


「イアンさん!!」

 離れの作業場で仕事をしていると、隣町の研ぎ師の元から帰宅したマリオンが血相を変えてイアンの元へ飛び込んできた。

「おぉ、マリオン。早かったなぁ。どうしたんだ、そんなに慌てふためいたりして」

「どうしたじゃないですよ!!大変です!!シーヴァが、シーヴァが……」

 マリオンはすっかり混乱していて、言葉がおぼつかない。

「シーヴァが何だよ??とりあえず落ち着け……」

「これが落ち着いてなんかいられませんよ!!とにかく!居間まで来てくださいよ!!」

 マリオンは、座り込んで作業をしていたイアンの腕をガッと引っ掴んで、無理矢理立たせる。

 決して小柄ではないものの、せいぜい中背といったところの身長に加え、イアン程ではなくても華奢な体格の彼にこんな力があるとは、と驚きつつ、「何なんだよ??とりあえず、居間に行きゃいいのかぁ??」と呑気な返事を返し、マリオンに連れられて居間に向かった。



 ⑵


 シーヴァはテーブルの椅子に座って、シクシクと静かに泣いていた。

 随分前から泣いていたのか、目と鼻先が真っ赤に腫れ、せっかくの美しい顔が酷い有様になっている。

「おい、シーヴァ。一体何があったんだ??」

 イアンはテーブルに掴まりながらしゃがみ込むと、すっかり泣き膨れしてしまったシーヴァの顔をじっと見つめる。

 シーヴァは泣き顔を見られたくないのか、もしくはイアンの質問に答えたくないのか、おそらくその両方なのだろうがーー、彼の薄いブルーの瞳からおもむろに目を逸らす。

「俺にも言えないことなのか??」

 シーヴァは答えない。

 どうしたもんかと、イアンが眉尻を下げて困った顔を見せる。

「……ィ、ァ……、ぉ……、」

「!?」

「……ば、ゕ……、……し、ぁぃ……、で……」

「……シーヴァ……、お前……」

 マリオンを振り返ると、彼も真剣な面持ちでコクンと頷く。

「声が……、戻ったのか……!!」

 感極まったイアンはすくっと立ち上がると、椅子ごとシーヴァを強く抱きしめた。

「……イァ…ン……、く、るし……」

 よく耳をこらさないと聞き逃してしまうくらい、か細く弱々しい掠れ声ではあるものの、確かに彼女は言葉を発している

「……良かったよ、本当に良かった!!」

 今度はイアンが嬉し涙を流す番だった。彼につられて、マリオンもコバルトブルーの瞳を潤ませている。

 イアンやマリオンに負担を掛けていることを心苦しく思う一方で、この二人とは意思の疎通が交わせるから、と、シーヴァは声など戻っても戻らなくてもどちらでもいい、とも、心のどこかで思っていた。

 しかし、先程のように、大切な者を理不尽に侮辱された時に反論の一つも返せなかったことで、シーヴァの中で声を取り戻したい気持ちが一気に高まったのだ。こんな些細な出来事で、七年もの間失っていた声が戻るなんて。自分自身でも信じられなかった。

「……なゕなぃ……で……」

「……泣いてない……」

「ぅ、そ……、ばっゕり……!」

「……俺が、お前に嘘ついたことあるかよ……」

「ぃま、っぃ……てる」

 イアンは鼻先を赤くさせながら、シーヴァの頬を両手でムニッと撮む。

「ぃひゃぃ、……いひゃ……ぃ!!」

「早速、憎まれ口なんか叩くからだ。お仕置き!」

 お互いに泣き顔でじゃれ合うイアンとシーヴァの姿を眺めながら、(もう、さっさと二人は結婚でも何でもすればいいのに……)と、マリオンが一人で苦笑いしていたことに二人はまるで気付いていなかったのだった。

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