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秘密と理由


「さすがはイアンだ。仕事が早いねぇ」

 棺桶を取りに来た葬儀屋が棺を荷車に乗せ終わった後、イアンの仕事振りを褒め称える。

「いいやぁ??俺一人だけじゃなくて、マリオンが手伝ってくれるから早く仕上がるんだよ」

 実際、以前より仕事量が増えたにも関わらず、仕上がりが早く終わるようになったのはマリオンのお蔭だ。

「マリオンも良家のお坊ちゃんみたいな成りして、日に日に仕事ぶりが良くなってきているし、シーヴァといい、マリオンといい、お前が引き取った子供達は立派になったもんだ」

(……子供達ねぇ……)

 イアンの心の中で、複雑な思いがよぎる。

「おっ、噂をすれば、シーヴァじゃないか」

 どうやら、真夏の暑い時期に汗だくになって棺桶を運んでいた葬儀屋とイアンに水を持ってきてくれたようだ。

「シーヴァは本当に気が利くなぁ。ありがたく頂くよ」

 シーヴァからカップを受け取るやいなや、葬儀屋はゴクゴクと喉を鳴らして一気に水を飲み干す。その様子を見ていたシーヴァが右手の人差し指を立てた後、その指を家の方向へ向ける。『もう一杯、水を飲みますか??何なら、中でゆっくりお茶でもしていかれますか??』と尋ねているのだ。

 葬儀屋はシーヴァの行動の意味を察し、「じゃ、お言葉に甘えて、少しだけお邪魔するよ」と返したのだった。


 ⑵


「やっぱり、若くて綺麗な娘が淹れてくれる茶は一段と美味いねぇ。イアン、お前は本当に果報者だよ」

「そうかぁ??」

 居間のテーブルで葬儀屋とイアンが紅茶を飲みながら、何となしに話していた。

 マリオンは仕事道具の調整をするために、隣街に住んでいる研ぎ師の所まで出掛けているし、シーヴァは買い物をするために市場へ行ったので、二人共しばらくは家に戻ってこない。

「シーヴァも十七歳になったんだよなぁ。今が娘盛りか」

 葬儀屋から持ち出された結婚話を、あれからしばらくしてイアンは丁重に断った。葬儀屋は「過保護も程々にしておけよ」と呆れていたが、元来サッパリした質で一切根に持たない男だったので、今でもイアンを贔屓にしてくれている。

「イアン。シーヴァをどうしても手放したくないのなら、いっそのことお前の嫁にしちまえよ」

 イアンは、丁度口に含んだばかりの紅茶を危うく噴き出しそうになった。その際、気管支に茶が入り込んだのか、盛大に咳込み続けた。

「一体、何を言い出すかと思ったら……」

 ようやく咳が止まり、なるべく落ち着いた態度でイアンが言葉を発した。

「シーヴァは、娘同然の女なんだ。そんなこと出来る訳ないだろう」

 ――その娘同然の女を一度きりとはいえ、抱いたのはどこの誰なんだ??ーー

 自分で言っていて、白々しいにも程がある。イアンは心の中で自嘲する。

 あの夜――、初めてイアンの方からシーヴァにキスをした夜、遂に彼女を抱いてしまったのだ。

 決して越えてはいけない線を、イアンは自ら飛び越えた。とんだ最低最悪な男である。

 きっと天国にいるであろう妻と娘はおろか、神すらも呆れ返っているに違いない。

 何故、そうしてしまったのか。

 キスをされて『すごく幸せな気持ちになれた。こんな気持ちは生まれて初めてだよ』と、頬をうっすらと染めながら、幸せそうにはみかむシーヴァの姿が可哀想だと思ってしまったのだ。

 本当ならば、年相応に若い青年と初々しい恋をするはずだったであろうに、恋を知る前に性欲の捌け口にされてしまったことでシーヴァは人を愛せなくなっていた。そんな彼女が唯一愛したのが、親子程歳が離れている、くたびれた中年男だなんて。

 きっと彼女はこの先も、自分以外の男には絶対に目もくれないだろう。

 理由をはっきり言えば、同情や憐れみだ。上からの物言いになってしまうが、「抱いた」ではなく、「抱いてあげた」という方が正しい。

 シーヴァも重々承知しているのか、あの夜の後も、二人は何事もなかったかのように日常を過ごしている。

「そんなもんかねぇ。最近、グッと女っぽくなってきている気がするぜ??俺が独身だったら、惚れてるやもしれん」

「そういう目で見ないでくれ」

 イアンのやや厳しい口調に、「冗談だ、怒るなよ。だけど、お前さぁ、シーヴァに対して情が湧き過ぎて手放せなくなっているように見えるぞ??」と葬儀屋はやんわりと彼を諭したのだった。



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