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密かな悩み

 ⑴ 


 翌日、昨日作っていた棺の仕上げををイアンとマリオンは朝一番で終わらせ、約束の時間通りに現れた葬儀屋にそれを受け渡した。

 今回作った棺桶の主は相当な巨漢だったらしく、縦にも横にも幅が広いため、葬儀屋とイアン、マリオンの男三人でも荷馬車まで運ぶのに苦労をしていると、外で洗濯物を干していたシーヴァがすぐに手伝いに来た。

「シーヴァ、手伝ってくれてありがとう。助かったよ」

 何とか四人がかりで棺を荷馬車に積むと、葬儀屋がシーヴァに礼を述べる。

 シーヴァは『いいえ、どういたしまして』とでも言うように、両手と首を振りながら、再び洗濯物を干しに戻って行った。

「いやー、六年前にイアンが娼館から口の利けない女の子を引き取ったと聞いた時には吃驚したもんだが、シーヴァは器量が良いだけでなく、働き者でよく気が付く、しっかりした良い娘に育ったねぇ」

「まぁな」

 感慨深げにシーヴァを褒める葬儀屋の言葉に、イアンは嬉しさと共に照れ臭さも感じたため、わざと素っ気なく返す。

「シーヴァはもうすぐ十七になるんだっけ??そろそろ嫁に出す頃だな」

 またか。イアンは、この話題を人から持ち出される度に内心うんざりする。

「まぁ……、あいつは口が利けないし、幼くして身を売っていたこともあって、それでもいいから嫁に貰いたいという物好きがいれば考えるが……」

「大丈夫だろ??この界隈の者は気の良い奴らばかりだから、本人がちゃんとした真人間であれば、訳有りでも受け入れてくれる。実際、シーヴァがベビーブライドだったことは皆知っているけど、気にせずに普通に接してくれてるじゃないか」

「それはそうなんだが……」

 返答に窮しているイアンに、葬儀屋は尚も続ける。

「なぁ、イアン。俺は前から言おうと思っていたんだが……。シーヴァを、俺の息子の嫁にくれないか??」

「は??」

 一瞬、何を言われているのかイアンは理解が出来ず、間の抜けた返事を返してしまった。

「俺だけじゃない、家内も息子もそう望んでいる。お前も知っての通り、俺の息子は少々気が弱くて頼りない質でな。だから、シーヴァのようなしっかりした娘を嫁に迎えたいと常々思っていたんだ」

「ちょっと待ってくれ。そう思ってくれていたことは、俺としても嬉しい限りだが……。シーヴァの気持ちってものもあるだろう??」

「そんなことは分かっているよ。勿論、シーヴァが嫌だと言ったら、断ってくれても構わない。でもな、イアン。そうやって色々と理由を付けてはズルズルとあの娘の嫁入りを先延ばしにしていたら、そのうち貰い手がなくなるぞ??」

「…………」

「俺達もそろそろ四十になるんだ。先はそんなに長くない。マリオンはお前の後を継ぐから先は安心できるが、シーヴァはどうするつもりなんだ??」

「…………」

「まぁ、とりあえず、話だけでもシーヴァにしておいてくれよ、なっ??」

 そう言うと、葬儀屋はイアンの肩をポンと軽く叩き、すぐに荷馬車に乗り込んで帰っていった。

 ここ一、二年程、イアンは周りの人間からシーヴァの結婚話を度々持ち掛けられるようになり、その都度、彼は丁重に断り続けていた。

 シーヴァは口が利けないし、所謂傷物だ。それにも関わらず、彼女を嫁に欲しいと言う話は後を絶たない。父親代わりのイアンとしては嬉しい反面、心苦しくもあった。

 葬儀屋が言ったように、シーヴァは働き者だ。身内の贔屓目抜きにしても、何処に出しても恥ずかしくないし、必ずや良い嫁になるだろう。それでも、イアンはシーヴァを嫁に出すことに対して消極的になっている。それには訳があった。

 シーヴァは男女問わず、他人に身体を触れられることを酷く嫌がるのだ。

 それは家族同然のイアンやマリオンに対しても同様で、うっかり肩や髪に触れようものなら、眉間に皺を寄せて思い切り睨み付けてくるのだ。酷い時には、脛を蹴飛ばされることもある。

 勿論、シーヴァも馬鹿ではないので、外で他人に触られた時は嫌がる素振りは一切見せずに耐えている。が、家に帰ると必ず便所で吐くのだ。これは娼館で働いていた時からの癖である。

 結婚すれば、嫌でも夫婦の営みは付き物になってくる。きっと、シーヴァはその時は平気な振りをするのだろうが、その後は絶対吐くに違いない。彼女のその行動が原因で、新しい家族との関係に亀裂が生じやしないだろうか。イアンはそこが気掛かりで仕方なかった。

「イアンさん、シーヴァが紅茶を淹れてくれたから、休憩しましょう」

 外で考え事に耽っていたイアンをマリオンが呼びに来た。

「お、おぉ、今行くよ」

 呼ばれたイアンは家の中に入っていった。



 ⑵

 

 イアンが中に戻ると、「すみません、イアンさんより先にお茶頂いてます」とマリオンが申し訳なさそうに謝って来た。

『気にしなくてもいいわよ、マリオン。外でボォーッと突っ立ってるイアンが悪いんだから』

「お前なぁ……」

 誰のせいだと思っているんだ。イアンは心の中でシーヴァに悪態をつく。

「シーヴァが焼いたマフィン、美味しい!!」

 イアンの隣では、マリオンがマフィンに舌鼓を打っていた。

『マリオンの食べっぷりは見ていて本当に気持ちいいわね。まだ残ってるから、どんどん食べて』

「やったぁ!!」

 小さな子供のように、口一杯にマフィンを頬張るマリオンを優しく見守るシーヴァ。その様子を黙って見ていたイアンは、ついこんな言葉を漏らしてしまった。

「なぁ、マリオン。お前、シーヴァを嫁に貰う気ないか??」

「んぐっ!?」

 吃驚したマリオンは思わずマフィンを喉に詰まらせてしまい、慌てて紅茶を飲んで流し込む。シーヴァもシーヴァでハシバミ色の瞳を見開いたまま、イアンの顔を凝視している。

「イ、イアンさん……。いきなり、何、変なこと言うんですか……」

「別に変なことじゃないさぁ。シーヴァももうすぐ十七になるし、そろそろ嫁にいってもおかしくない歳だ。だけど、俺自身、大事に育ててきた娘をどこの馬の骨か分からん奴には正直やりたくない。その点、マリオンなら安心できる。まぁ、マリオンもまだ十四だから、あと二年くらい先の話になるけどな」

「…………」

 それまでの穏やかな団欒の空気は一気に、張りつめた気まずい空気に早変わりしてしまった。

「まぁ、今すぐって訳じゃないし。でも、一応は二人の頭の中の片隅に置いておいてくれ」

 イアンは紅茶を一気に飲み干すと、一足早く作業部屋に戻っていった。



 ⑶


「イアンさん。……さっきの話は本気なんですか??」

 休憩後、葬儀屋から新たに注文された棺桶を二人で作っていると、マリオンがぽつりとイアンに尋ねてきた。

「あぁ。お前は嫌なのか??」

「嫌とか、そういう問題じゃないです」

「何がだよ??」

 途端に、マリオンは口を閉ざしてしまう。しばらくの間、二人は無言で作業に徹した。

「シーヴァは……、僕じゃ駄目だと思います。僕だけじゃない、イアンさん以外の人じゃ駄目なんです」

「は??」

 イアンは思わず顔を上げてマリオンの整った顔を見返したが、マリオンは気まずそうに目を逸らすと、下を向いて再び作業に取り掛かってしまったのだった。

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