少年
葬儀からの帰り道、イアンとシーヴァが一言も言葉を交わすことなく、無言で歩いていた時だった。
「おっと、ごめんなさい!!」
一人の少年が、イアンとシーヴァの間を割り込むように、慌てて通り過ぎていった。その際、少年はイアンに軽くぶつかる。
(……ん??)
イアンは喪服の内ポケットを探る。財布が、ない。
少年はすでに、イアン達の随分先を走っている。
「あのガキ……、スリか!!」
イアンが叫ぶよりも早く、シーヴァが子供のものとは思えぬような恐ろしい形相をして、すでに少年を追っ掛けていた。
「シーヴァ!!」
シーヴァは瞬く間に少年に追いつくと彼に飛び掛かり、馬乗りになって喧嘩している。
「あいつ……、あんなに足早かったのか……。しかし、ちょっとやりすぎじゃねぇ??」
少年はシーヴァの勢いに押され、すっかり怯えて泣きべそを掻き始めている。何だか可哀想に思えてきたイアンは、二人の傍まで駆け寄っていき、「シーヴァ、もうその辺にしておけ。やりすぎだ。財布さえ返してもらえれば、俺はそれでいい」と止めに入った。
少年はシーヴァに捕まった時点ですぐに財布を返したようで、シーヴァの左手にはイアンの財布がしっかり握られている。
『イアン、甘い。こいつは警察に突き出した方が良いよ』
「まぁ、そりゃそうだが……。この坊主、思ったより幼いし、そこまでやらなくてもいいんじゃ……」
少年は、シーヴァより年齢が二、三歳下のようで、銀髪とコバルトブルーの瞳が印象的な、女の子と見紛うくらい可愛らしい顔立ちをしている。
「ごめんなさい、ごめんなさい……。住む場所もないし行く当てもなくて、とりあえずお金が欲しかったんです……。もうしません、許してください……」
『ごめんで済んだら、警察なんていらないのよ!!』
「シーヴァ……、お前はもう喋るな。そして、いい加減、どいてやれよ」
シーヴァは思い切り不服そうに唇を尖らせたが、イアンに言われるまま、ようやく少年の身体から降りる。
少年は怯えながらも、先程からシーヴァの唇の動きを見て会話するイアンを不思議そうな顔で眺めていた。
「あぁ、こいつ、シーヴァって言うんだけど、訳有って口が利けないんだ」
『ちょっとイアン!余計な事ばらさなくていい!!』
「ちなみに、俺はイアンって言うんだ」
イアンは少年に手を差し伸べ、助け起こす。
「あ、あの、イアンさん、シーヴァさん……。本当にすみませんでした……」
少年は見るからに申し訳なさそうに、二人に向かって深々と頭を下げる。
「まぁ、反省してくれりゃ、別に良いさぁ。それより、坊主。お前さん、住む場所も行く当てもないってことは……、孤児なのか??」
少年は無言で頭を項垂れる。
「……だったら、家来るか??」
『はぁっ!?』
「えぇっ!?」
シーヴァと少年は同時に驚きの声を上げる。(と言っても、シーヴァは声が出ていないが)
『ちょっとイアン!もしかして、こんな奴を引き取って育てるとかじゃないわよね!?』
シーヴァは激怒し、あからさまにイアンに猛反発する。
「駄目かぁ??」
『犬や猫じゃないのよ?!』
「だけど、このまま放っておけるか??お前だって、一歩間違ったらこの坊主みたいになっていたんだぞ??」
『うっ……』
痛いところを突かれ、シーヴァは返す言葉を失ってしまった。
「まぁ、四の五の言わず、皆で仲良くしようぜ??」
そう言うと、イアンはシーヴァと少年の頭を同時に撫でる。
「そうだ、坊主。お前さんの名前は??」
イアンに名前を尋ねられた少年は、ハキハキとした口調で答える。
「僕の名前は、マリオンです」
「マリオンかぁ。これからよろしくな」
少年ーー、マリオンは、恐る恐る顔色を伺うようにシーヴァの方に目線を移す。
マリオンのおどおどした態度に苛立ったのか、シーヴァは切れ長のハシバミ色の瞳でギロリと睨み返す。
「シーヴァ、睨むなよ……。マリオンが怖がっている」
『私は元からこういう目なの!!』
「あぁ、はいはい……」
しょうがない奴だな……、と呆れるイアンを無視して、シーヴァはきつい目をしつつも、マリオンに向かって『ついていこい』とでも言うように彼の手を引っ張る。
こうして、イアンの元にもう一人、家族が増えたのだった。