二年後
――二年後ーー
「シーヴァ、重たくないか??」
イアンはシーヴァが腕に抱えていた手桶を代わりに持とうとしたが、『このくらい平気だよ』と、シーヴァはイアンの手から手桶を奪い返す。
一年ほど前から、イアンは棺桶以外にも手桶や風呂桶も作るようになり、収入が少しだけ上がった。
桶を作るようになった理由を聞かれると、「うちにはよく食う奴がいるからなぁ。食い扶持が掛かるんだよ」と言って、イアンは笑い、シーヴァが無言で睨みつける。その様子は、どこから見ても仲の良い父娘の姿だった。
今日は、歓楽街にある酒場の店主に手桶を一つ作って欲しいと依頼を受け、出来たものをシーヴァと共に受け渡しに行くのだった。
歓楽街はシーヴァにとって余り関わりたくない場所だろうと思い、イアンは最初、一人で行こうとしていたが、『別に、ルータスフラワー以外の場所なら大丈夫だよ』と押し切られ、一緒に出向くことになったのだった。
酒場の主人に無事に手桶を渡し終った頃には日がすっかり暮れ、歓楽街に活気が溢れ出す。
「シーヴァ、とっとと家に帰るぞ」
イアンがシーヴァに歩みを速めるよう促す。
しかし、シーヴァは後ろに何か気になることがあるのか、何度もしきりに振り返る。
「おい、シーヴァ。一体、何やってるん……」
イアンは思わず、言葉を詰まらせる。
「あれは……」
鶏ガラのように痩せ細り、バサバサに痛み切った髪にくすんだ顔色をした一人の街娼が客を引こうと必死になっている。だが、見るからに病気持ちといった体の女を誰も買おうとはしない。
そうだ、見間違えるはずはない。
「フェイ……。お前、フェイだろ?!」
女ーー、フェイはイアンに声を掛けられると、あっ!と声を上げ、何か叫ぼうとしたが代わりに激しい咳が飛び出し、苦しげに道端に座り込む、そんな彼女を、道行く人々はあからさまに眉を顰め、邪魔くさそうに横を通り過ぎる。
「おい、大丈夫か!!」
イアンは、フェイの肩を抱きかかえるようにして、人気のない路地へと連れ出す。
「イ……アン。久しぶりねぇ……」
フェイは再び激しく咳き込む。よく見ると、掌には血がこびりついていた。
「お前……、労咳に掛かっているのか……??」
フェイはこくりと頷く。
「あんたがシーヴァを引き取って……、ぱったりと歓楽街に姿を現さなくなった直後に労咳だって分かってね……。当然、店からは追い出されて……、こうして街娼として生きてきたの……」
フェイはまた咳をこぼす。
「フェイ、もういい。喋るな……。シーヴァ、シーヴァ!!そこにいるんだろ?!」
イアンは、自分とフェイの後を追って路地に入り込んで来たシーヴァに言った。
「フェイを今から病院に連れて行くぞ。いいな??」
シーヴァは、イアンの有無を言わせぬ強い口調に少し怯えつつ、コクコクと首を縦に振った。
「ねぇ、イアン……」
イアンの背中に担がれながら、フェイがか細い声で話し始める。
「私ね、あんたみたいな父親が欲しかったの……」
「何言ってんだ、俺とは一回り近くしか違わないだろ。お前の親父にしちゃ若すぎるだろうよ」
フェイは黙り込む。が、またしばらくして、喋り出す。
「ねぇ、イアン……。私が死んだら……、あんたに棺桶を作って欲しいな……」
「馬鹿言うな。ほら、病院に着いたぞ」
イアンは病院の扉を叩き、医師にフェイを引き渡したが、数日後、フェイは治療のかいなく、静かに息を引き取った。まだ二十一歳だった。
イアンはフェイに頼まれた通り、自ら棺桶を作って彼女を手厚く葬ることにした。
フェイの葬儀はイアンとシーヴァの二人だけでひっそりと執り行われたのだった。