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チームメイトが突っかかってくるからケンカ買う。

 

 耳を澄ませると、いつも聞こえてくる旋律がある。不意に耳によみがえるそれは、故郷の手鞠歌。

 音律だけならば全国でポピュラーなそれは、しかし土地土地のお国言葉などで微妙に差異が出る。

 大人になってふと聞いた歌詞とは違うので、俺が慣れ親しんで来たのは口伝えで伝言ゲームの様に形を変えた替え歌なのだろう。

 仲間が木陰のベンチで休む中、一人、ストバスのコートで鼻歌を口ずさみ、目を射る凶悪な照り返しに目を細めつつ、弾むボールをドリブルし、時折またいだり、膝の下にくぐらせる。

 そうしてあっという間にコートを突っ切り、ダンク。

 しようとしたところで左手が唐突に軽くなった。

「んぁ?」

 恥ずかしいくらい思い切り空振った。

 ぽーーーん、ぽーーーん、ぽーーーん。

 間抜けなくらいゆったりしたリズムでボールを弾ませる音に、バカにされてる気配を感じながら振り返れば、「何で俺コイツとチームメイトなんだろ」と毎度顔を見合わす度どちらからともなくにらみ合いになる奴が居た。

 身長で負けてるのがまた悔しいが、成長期は帰って来ない。

 「鞠遊びとか女子かよお前」と残念なものを見る目を向けられる。

 確かに己の行動をそう振り返るとしょっぱい。

「俺が女子に見えるならさっさと眼科行けや角倉」

 ボールをかっさらえば、それはケンカを売ったも同じ。だからこれは売られたケンカを買ったのだ。

 素人の子供だって取れるボールを盗み返せば、どこか眠たげな目が鋭くなり、口端がにぃとつり上がる。

「ちまいのが休憩時間に跳ね回ってるとうるさくて落ち着いて休めねえっつってんだよ」

「じっとなんかしてられるか」

「幼稚園児かよ」

「一々身長ネタ突っ込んでくんなや。そんな小さないわ」

「座らないと視界入らない驚きの小ささ」

「四捨五入すれば百八十あるぞてめえマジ眼科行けや」

 ダンダンダン、ダダダダダ、とドリブルで刻むリズムはみじん切りでもする様に速い。

 強引に振り切ろうとしても角倉はどこまでもしつこく道を塞いでくる。

 フェイントにも引っかかりやしない。

 あっさりボールを奪われて攻守が入れ替わる。強引に抜かれても素早さじゃこっちが上だ。回り込んで止める。

 シャクだが、あちらがこちらの手の内が解るだけではない。こちらとて相手の考えなど筒抜けだ。

 右に流した視線になど釣られない。左足が後ろに動いてんのが見えてんだよ!

 下がってシュートしようと身を低くしたところでボールを横殴りにして払う。

 転がったボールを二人で追いかける俺達は、「チビ!」「ノッポ!」と延々不毛に罵り合う。

「よく息が切れねーな」

「あいつらマジ仲良いよな。マジで」

「ゲーム中は息ぴったりなんだし、ほっとけ。おれらにゃ害はない」

「バスケバカだよな。つうかバカ」

「まあ、見てるだけで暑いけどな」

「陽炎の中でやってるぜあいつら……」

 などとチームメイト達に胡乱な目で見られている事にも気付かすに。

「バカだからな」

「おうバカはほっとけ」

 最終的にそんな結論に着地したらしいが、待ち合わせていた他のチームがきたので止められて、ゲームをした。

 互いの呼吸を読んで、相手を見なくてもボールを放れば居る。相手がどう動くか解る。それがまたムカつく。

 だから、ゲームが終わって仲間とハイタッチして、その手で互いに相手の頬をつねり合い、言葉で殴り合い、そうしてまたワン・オン・ワンでボールの取り合いになる。

 コートの上でも、外でも、とにかくコイツが気に入らない。

 互いにその点では一致していた。

「そういうのを仲良しって言うんじゃないかしら」

 口癖の様にそう言う彼女は、いつも意地悪な目をしている。

 ケンカばかりする俺達を飽きもせず眺めて、男の子も良いわねと腹を撫でさすりながら。

 何故か咎めるようなトゲを感じるけれど、何故なのか解らない。

「父親になるんだからちょっとは落ち着けよ」

 チームメイトに頭をワシワシやられて本気ではねのける。縮んだらどうしてくれる。

 そうね、と彼女は目尻にシワを刻んだ。

「ケンカはいけない事よ。でも、健全なケンカならなさい」

 バスケットはゲームだもの。そういうケンカなら幾らでもなさいな。

 そう言って、ねえ、と娘だか息子だかに話し掛けては腹をさする。

 細身の女の腹だけが膨れているというのは不思議なものだ。

「お前、此処にいて暑くないか」

「あなた此処好きでしょう」

「俺は良いんだよ」

「日陰だから平気よ……あら。蹴ったわ」

「ほら、コイツもこんな暑いとこヤなんだよ」

「いいえ違うわ。私に同意してくれたのよ」

 気が強いところが角倉そっくりだ。

「ったく、昔からこうと決めたらテコでもきかねえ」

 可愛くねえ女、と角倉が苦いかおをした。

「あら、お兄ちゃんに可愛いなんて言われたら気持ち悪いわ」

 真顔で言い返す。角倉がふと真顔になり、成る程と頷く。

「こんなんで良いのかお前」

 己を指すゆびを払う妹を、振り向いた角倉が示す。

「我の強い男は嫌いだが、気の強い女は好きだ」

「あら、お兄ちゃんの事も好きでしょう?」

「嫌いだ」

「それこそ気持ち悪ぃ事言うんじゃねえ」

 二人分のしかめっ面を見て彼女はイタズラでも成功したようにくすくす楽しげに笑う。

「あなたにもこんなケンカが出来る相手が出来たら良いわね」

 腹をさする女は、子供にそんな未来を描いているらしい。止めてくれと二人で頼んでもくすくす笑うばかりだ。

「兄貴だろ、止めろや」

「旦那だろ、てめえで止めろ」

 仲が悪いと言い張る二人の子供達がケンカ友達になるまで後六年、その二人が決別するまで更に六年、和解し、結ばれるまで十年。

 彼女の思惑通りになった事に、旦那と兄が微妙なかおで酒を酌み交わす事になるのだが、この時の二人はまだ知らない。


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