馬鹿王子5
5話目。
腕の中で意識を失った体は、思っていた以上に細く、華奢だった。
後ろで一つに束ねられている薄い水色の髪。元々白い肌は、今は青く染まっている。紫の瞳は、いまはまぶたに隠されている。のどからは、窓から抜けるすきま風のような音がする。
その音に負けないくらい、俺の心臓は脈打っていた。
――――――――あの時、エルの体ごしに光が見えた。
本来なら走るはずのない彼が、走ってまで俺の元に来た理由。それを見た瞬間、俺は心臓を誰かに掴まれたような気がした。
戦で、敵兵に剣を向けられても感じたことのない感情。飛び込んできた体を受け止め、その体にあの光が刺さるのかと思うと、俺の心臓は誰かに掴まれたまま、引きずり出されるかと思った。
だから、その体を俺の体で包んだ――――――――。
まさか、それを怒られるとは思わなかったが。
「・・・エル?エル?おい、エル?」
胸が、上下している。生きている。それでも、俺の心臓はまだ俺の元にかえってこない。
あの感情が、なんなのか分からない。言えるのは、あの光にエルが貫かれるくらいなら、俺を貫けばいい、そう思った。
「カイン、ここではラファエルも休めない。拠点に戻るぞ」
「・・・レオ兄、俺の心臓がかえってこない」
「・・・・お前、頭打ったか?」
レオ兄は俺の言葉が理解できなかったようだ。
それでも俺は、レオ兄なら答えをくれると思った。
「レオ兄、エルは大丈夫だよな?俺の心臓、帰ってくるよな!!」
レオ兄が、碧い瞳をすっと眇める。その後、何かを悟ったようににやりと口の端を持ち上げた。
「大丈夫だ。お前の心臓も、かえってくる」
レオ兄が言うなら大丈夫だ。そう思った俺に、レオ兄はさらに言葉をつなぐ。
「お前の今の感情、ちゃんと後で整理しろ。お前が今感じたものの名前を、ちゃんと理解するんだ」
「??感情??」
レオ兄が、エルの体を俺から奪う。一瞬、抵抗しそうになった。なんでだ?レオ兄が、エルにひどいことをするはずはないのに、一瞬この体を離したくない、そう思った。
「全く、父上も父上だ。子どもの情操教育まで放棄しやがって」
兄のぼやきは、俺には聞こえなかった。