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「ロイド先輩って、大学部二年生なんだけど、対悪魔戦勝率100%の天才なんだって」


 花音は無邪気にロイドについて語る。話せば話すほど、凛の笑みが張り付いたように変わらないものになっていくのに、それでも花音は語る事を辞めなかった。


「ロイド、ロイド、って最近その方の事ばかりね。花音。わたくしのろけ話にはついていけませんわ」

「のろけ話じゃないよ……ただ、凄い人だなって……」


 寮での夕食時、毎日のように男の話ばかり聞いているせいか、凛は少々うんざりしているようだ。凛は行儀悪く食事中も膝の上に「にゃんたさん」をのせて、撫でていた。


「他に話題はありませんの?」

「他? そうだなぁ。あぁ、噂なんだけど、この学園に裏切り者がいるんじゃないかって話」


 物騒な話に凛は眉をひそめて聞き返した。「にゃんたさん」は意味もわからず鳴き声を上げる。


「裏切り者?」

「そう。もう何年も前から撃退士が一人きりの所を狙ったように、悪魔が襲う事件が起こっているんだけど、最近それが頻発してて。撃退士の位置情報を悪魔に売ってる裏切り者がいるんじゃないかって話」


「それってただの噂でしょう」

「でも学園も調査に乗り出したらしいよ」


「初めて聞いたわ。良く知ってるわね」

「えへへ。女の子っておしゃべりでしょう。僕の周りの子達がそういう話集めてくるんだよね」


 おそるべき花音の女たらし力。しかも最近は恋をしているせいか、以前よりも艶っぽく輝いていて、まぶしいくらいだ。

 本人はその事に気づいていないようだが。


「まあおもしろい話を聞けましたから、いい話をしてさしあげますわ」

「いい話?」


 凛はテーブルに置かれた花瓶の中から、一輪の薔薇を抜き出してその匂いを嗅ぐ仕草をした。「にゃんたさん」はその薔薇の枝先にじゃれつく。


「この学校にガラスで出来た温室の薔薇園がありますの。目立たないところにあるからあまり知られていませんけど、世界中の薔薇が植えられていて一年中薔薇が咲いてますのよ。この薔薇もその一つ。今は特に初夏の薔薇の季節ですから、見事でしょうね。そこにいけば花音の大好きな人に会えるかもしれなくてよ」

「大好きな人って……まさか」


 花音の頬が見る間に薔薇色に染まっていく。その様子を見て凛は満足そうに頷いた。


「私よくあそこで前からお見かけしてましたもの。薔薇がお好きみたいね、ロイド氏は」


 凛の言葉に花音は頬をますます赤く染めて、うっとりとした目をして言った。


「そっか……薔薇が好きなんだ……素敵だなぁ」


 好きな人の好きなものなら、何でも素敵になってしまう乙女心。花音はまさにそういう心境であった。



 翌日花音は凛に教えてもらった温室へと向かった。扉を開けただけでねっとりとした甘い匂いが鼻孔をくすぐる。中には中心にテーブルと椅子が置かれていて、それを囲むように周りに薔薇が植えられていた。

 盛りの薔薇は見事に咲き乱れ思わず見とれてしまう。花音がゆっくり薔薇を見ていると、温室の扉が開く音がした。振り向くとそこにロイドがいた。


「あ、あの」

「先客かな。失礼」


「い、いえ。綺麗ですね薔薇。思わず入っちゃって」

「ああ。一年の中でも初夏と秋は薔薇の季節だから特に綺麗だ」


 薔薇を綺麗と褒めているのに、まるで自分の事を褒められたようにどぎまぎしている。

 助けられたあの日から久しぶりの再開である。本当は聞いて確かめたかった。昔僕を助けてくれた人ですか? って。でも向こうはもう覚えていないかもしれない。それでも……。


「あ、あの」

「なんだい?」


「覚えていませんか? 4年前の桜の季節に、天使に襲われた時に僕を助けてくれた……」


 ロイドはアメジスト色の瞳で、花音をじっと見つめたかと思うと、一歩花音に近づいて笑みを浮かべた。


「覚えているよ。友達を助けようとした勇敢な女の子だった」


 覚えててくれた。ただそれだけで天にも昇りそうなほど花音は嬉しかった。そしてやっぱり目の前の人物が、あの人だった事は運命なんじゃないかと思えてきた。


「ぼ、僕。あなたに憧れて、撃退士になりたくて、久遠ヶ原学園にきたんです」


 まっすぐになんて見られなくて、花音は頬を赤くしながら俯きがちにそう言った。


「嬉しいな。そんな風に思ってくれて。こうやって再会できたのも運命かもしれないね。それに……」


 俯く花音の顎をロイドの指が押し上げた。顔を上げると至近距離にロイドの顔があり、どうしていいかわからず戸惑ってしまう。


「それにこんな綺麗で可愛い女の子になってたなんてね」


 ロイドの甘いささやきに、花音の腰は砕けてしまったように、へなへなとその場に座り込んでしまった。ロイドは微笑みを浮かべたまま、跪いて花音の顎に指を絡める。ロイドの顔が近づいてきて、慌てて花音は逃げるように顔をそらした。

 嫌がるそぶりをした花音のしぐさに怒る事もなく、ロイドはまだ笑っていた。花音の前髪をすくい上げるとその額に口づけを落とした。


「……!」


 花音の声にならない驚きに、ますますロイドは微笑んだ。


「『薔薇の下』の言葉の意味を知ってる?」

「……秘密」


「そうこれは君と僕の秘密だ」


 口づけされた額が熱い。しかも秘密と言われるとますます妖しく、背徳的な匂いがただよって、目まいがしそうだ。

 僕はこの人の事が好き……。花音がやっと自分の気持ちに自覚した時だった。

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