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「綺麗ですわね……」


 凛はただ一言そう言って、うっとりと桜を見上げていた。春らしい淡い青空の下、満開の桜がピンク色に空を切り抜いて、そのコントラストは見事なほどに美しかった。

 花音は持ってきたレジャーシートをしいて、荷物をそこに置きごろりと寝転がった。


「こうしてみると桜と空の天井が綺麗だよ」


 凛も真似して、レジャーシートに寝転がる。


「本当に綺麗ですわ。これを見られただけでも、日本にきた価値がありますわ」

「凛はイギリスから来たんだっけ」


「ええ。でもイギリスにいた頃から日本には憧れていましたわ。一度桜も見てみたかったんですの」

「そっかよかったね」


 二人ともしばらく桜の美しさを堪能した後、持参したお弁当とお茶の用意を始めた。


「でも花音は春休みは、実家に帰らなくて良かったんですの?」

「凛と桜みる約束してたし、それに年末も帰ったからいいんだよ」


 帰省の時の事を思い出したのか、凛はクスクスと笑い出した。


「帰ってきた時のあの大荷物。また引越かと驚きましたわ」

「本当に心配しすぎなんだよウチの親は。凛が料理上手だって話したら、あれもこれもって色々食べ物出してきて」


「しばらく食費が楽になりましたから、助かりましたわ。本当に有り難い事です。ご両親に感謝しないといけませんよ」


 凛のお説教めいた言葉に花音は煩わしそうな表情をした。


「いいよ別に。それより凛は帰らなかったけどいいの?」


 それまで笑っていた凛が一瞬だけ固まった。しかしすぐに淡い微笑を浮かべて言った。


「わたくしは遠いですから……」

「イギリスだもんね。そう簡単には帰れないか」


 ポットから温かい紅茶を注いで飲む。猫舌な花音にはすぐ飲めないほど熱々だった。それでサンドイッチに手を伸ばし、齧り付く。


「美味しい。凛は料理も家事も何でもできるよね。いいお嫁さんになるよ」

「そうでしょうか?」


 凛は可憐な微笑を浮かべて、小首をかしげた。その様子があまりに可愛くて、花音は自分が男だったら、絶対こんな子を彼女にしたいよなぁと思ってしまう。

 そう思うと照れてしまって、視線を凛から桜に切り替えてじっと見る。そうやってぼんやり桜を見ていると昔の事を思い出した。


「桜か……」


 桜を見上げながら花音はぽつりと呟いた。普段の花音からは想像も付かないほど、複雑な表情をしていた。その様子の変化に凛は戸惑っていた。


「ああ。ごめん。昔の事を思い出して……。僕が『僕』って言いはじめたきっかけって言うか、強くなりたいって思った出来事があってね」

「よろしければ聞かせていただけませんか?」


「うん。あれは僕が8才の時の事で……」


 小学校の遠足で大きな公園に桜を見にいったのだ。今日と同じく晴れた満開の桜の下で、その時まで私達は無邪気に笑って花を見ていた。

 天使がゲートを開くその時まで。

 みるまに公園は結界に取り込まれ、みんな徐々に無表情になっていったんだ。完全に無表情になった友達を飛んできた天使の使い魔、サーヴァントが連れて行こうとした。

 友達を守らなきゃ、そう思うんだけど、怖くてでもそんな勇気も恐怖もあらゆる感情が抜け落ちてしまいそうで……。それでも私は友達とサーヴァントの間に割って入ろうとしたんだ。

 襲われる。そう思って目をつぶった時に間近に声が聞こえた。


「お嬢ちゃん偉いな。友達を守って。後は僕に任せて」


 目を開けると目の前に少年の背中があった。黒髪で背はまだそれほど高くない。でも盾でしっかりサーヴァントの攻撃をさえぎって、剣で斬りかかっていった。

 撃退士が救援にきたのだ。その他にも何人も撃退士がいたが、心に残っているのは、最初に守ってくれた黒髪の少年。顔は覚えてない。でも僕という響きがかっこよくて、あんな風になりたくて、あの日から『僕』って言うようになった。

 みんなを守れるように強くなろうって、剣道も始めたし、撃退士の適性があるってわかった時はものすごく嬉しかった。


「今でもあの人は僕の憧れなんだ」


 そう呟いた花音はうっとりとした表情で、目を輝かせていた。花音らしからぬ夢見る少女のような顔だ。


「初恋ですわね」

「ち、違うよ。あの人は僕の目標っていうか、ヒーローなの!」


 照れたように、慌てて花音は否定した。しかしその慌て方が疑惑をより深めた。凛がニヤニヤと笑うのを見て、花音は頬をふくらませて怒るのだった。



 その日の夜。花音は夜中にふと目が覚めた。天井の照明は消えているが、室内に明かりが付いているようでぼんやりと明るかった。

 ゆっくりと振り向くと、凛が机の明かりをつけて何かを書いていた。

 ……手紙? 便せんと封筒らしきものが見える。しかしすべて英語のようなので、花音には何を書いているのかわからなかった。そういえば凛宛に時々英語で手紙が届くことがある。

 きっとイギリスの家族に宛てて書いているのだろう。だけど凛は僕に何も話してくれない。イギリスから来たこと以外は、家族の事も、昔の事も何もわからない。知りたいけど凛が話したくない事を無理に聞くのは嫌だった。

 凛は以前に比べれば大分打ち解けた気がするけど、まだ僕には見えない壁を感じる。

 いつか話してくれるよね。僕達友達だもん。そう思って花音は目をつぶった。

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