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プロローグ

 電車はもう海沿いをずっと走っていた。電車の中にまで潮の匂いが感じられるほど近い。窓を開けると残暑も終わり少し肌寒くなった秋風が、海の匂いを運んでくる。その海の向こうに大きな島があった。

 島の形は不自然に整っていて、人工的な開発が行われた事が一目でわかる。電車の線路は橋をわたって、その島まで繋がっていた。


「あんな大きな島が丸ごと学校だなんて……。すごいなぁ」


 車内にいたとある人物が目を輝かせて島を眺めていた。人物と評したのは、少年なのか少女なのか、一目で区別ができなかったからだ。

 黒く長い髪を首の後ろで無造作に縛っている。Tシャツにパーカー、ショートパンツにスニーカーと実にユニセックスなファッションだ。ショートパンツから伸びる長い脚線美がまぶしいほどに美しい。身長は170cm弱と少年ならば平均的で、少女ならかなり高い。

 表情も涼しげで整った顔立ちに、子供のような無邪気な笑顔を浮かべて、少女と少年の境界線を漂う、思春期特有の危うい美貌だった。


 電車は陸を離れ、橋を渡って島に吸い寄せられるように向かっていった。駅に着くのが待ちきれないという感じで、その人物は立ち上がりそわそわとし始める。ホームに着いて扉が開いた途端に外へと駆けだした。

 駅を出るとまず辺りを見渡し、手近な背の高い街灯に目をつける。


「よし!」


 そう言ったかと思うと、長い足で思いっきり地面を蹴って跳ね上がった。黒髪が美しく弧を描きながら空中で一回転し、器用に街灯の上へ着地する。

 高い位置から島全体を見渡してみると、実に無秩序に様々な建物が並んでいた。計画的に作られたのではなく、建て増しの繰り返しで作られたこの街は、もはや人々がコントロールできない混沌の固まりだった。

 普通の街のように飲食店や可愛らしい雑貨店、スーパーや洋服屋なども見える。別の区画には寮らしき建物がいくつも並んでいたが、古い物から新しい物まで様々な建築物があり、整然とはしていなかった。そして遠く山の麓にいくつもの学校らしき建物が見える。

 秋だからか島の所々に黄色やオレンジに紅葉した木々がぽつりぽつりと見える。もう少ししたら落ち葉の舞う季節になるだろう。

 遠い場所にあるその落ち葉が、届くはずもないのに、飛んでこないかと辺りを見渡す。そしてその人物は興奮したように頬を紅潮させた。


「ここが久遠ヶ原学園。今日から僕が通う学校か……」


 感動に浸っている人物に駅前の人々は、立ち止まって呆れたような眼差しを浴びせていた。わざわざ街灯の上に昇るような人間はそうそういないからだ。


「貴方! うちの生徒ですね。そこから降りなさい!」


 誰もが遠巻きに眺める中、一人の女性が街灯の上へ叫び声を上げた。黒髪をきつくまとめ上げ、銀縁の眼鏡がいかにも厳しげな印象を与えるその女性の声は、甲高く聞く者を不快にさせる効果があった。

 街灯の上の人物はひょいと下を見て言った。


「ここ昇っちゃ駄目なんですか?」

「そんな事常識でしょう!」


 女性の金切り声に耳が痛いというジェスチャーをしながら、街灯の上から華麗に飛び降りる。着地もまた鮮やかだった。


「貴方! 所属は?」

「ええと……。今日から入学なのでクラスはまだわからないんですけど、僕は中等部一年、響花音ひびき・かのんです」


 元気いっぱいに大きな声で花音は名乗った。季節外れの強い秋風が、彼女の髪を強くはためかせ、その荒々しさはは花音のあふれ出す元気そのものだった。まったく悪びれてない笑顔に、女性はイライラを募らせる。


「僕? 男子生徒かしら?」

「いえ。僕は女子です。よく間違えられるんですよ」


 花音は苦笑しながら頭をかく。風で乱れる髪がますます乱れて、纏めていたはずがほつれ始めた。


「そうですか。私はこの学園の教師イライザ・オズワルドです。いいですか。ここがいくら自由な校風とはいえ、節度というものがあります。これからはこのようなことはしないように……って人の話は最後まで聞きなさい!」


 女性教師が話している最中に花音はさっさと駆けだしていた。


「すいませ〜ん。早くしないと寮に荷物届いちゃうんで」


 有り余るエネルギーを持てあましているかのように、花音は元気いっぱいだった。これから住む街の空気を深く吸い込み、肌で感じていても興奮はまだ収まらない。


 僕は強い撃退士になって、大切な人を守るんだ。そんな希望を胸に一歩一歩地面を蹴る。


「友達何人できるかな〜」


 調子っぱずれの鼻歌を歌いながら、花音は陽気に駆けていった。

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