6 事故だったトラウマ
あれはこっちに来てから割とすぐに起きてしまった惨事。
僕は吐いた。
些細なことだけど、それは大きな出来事。
「うっ」
蹴った小石が貫き、人が敵意を持って僕にやってくる。反射で弾いたそれが肉を裂いて赤く噴き出したそれが地面に滲む。
地面に座りこけた僕を見て、死神は造作なく手を振るい風を巻き起こした。
僕を殺そうとした人が次々と死んでいく。いや、ここら辺一帯が壊れて行く。
「おえっ…!」
吐いた。人の感触が、人の血肉が、巻き散らかされ、跡形もなく巻き上がり、一定の距離で消し炭にされ、風にさらわれる。
初めてではない。
最近見たような光景だ。真っ赤な自分の死体が転がる。
現実だと突きつけるような生臭い鉄のにおいに、肌にまとわりつくベタベタしたモノ。
地に残った臓物や四肢の破片が、バクバクと壊れそうな程に心臓が脈打つ。
ゲームではない殺人が目の前に、死が目の前に巻き散らかされた。
「大丈夫か、イチヤ?」
吐き気が止まらない。
恐怖で立てなくなる。涙も鼻水も溢れ出してガチガチと歯がなり僕は何がなんなのかわからない。
「また、来るぞ」
ビクッと身体が震える。
優しく背中をする手が憎らしい。
「私が始末して来よう。イチヤを護るのは私の役目だ」
酷く優しげな口調で言う。
待ってくれ、その言葉は声にならず。
行かないで、独りにしないで、傍にいて、僕を置いていかないで。
どんなに思おうと言葉にならない。
離れていく死神に手も伸ばせない。
こんな死が溢れる場所に居たくない。
「…っ、!」
離れていくなよ!
僕の傍にいてくれよ!
「っ…!」
待って、待ってよ。
今、僕を独りにしないで。
「い、かな…で」
不釣り合いな白を求めて、腕を伸ばした。ココで頼れるのはコレだけだ。
だって僕の身元保証を引き受けるような死神に縋るしかない。
いくら元21だからと僕の身体は縮まって子供な姿だ。
「まっ、て」
その何者にも染まらないただ純真無垢なような白を求めて伸ばす。
周りの色を消したくて。
「イチヤ?」
普通なら塗り潰され変色する白に、僕は求めていた。きっと、他の色などに染まらない唯一の純白。
「苦しいのか、どうしたのだ、イチヤ」
歩みを止めて戻ってきて死神はまるで慈悲深い聖人のように座り込んだ僕を抱き締めあやすように背を撫でる。
何の香りもしない。いや、強いて言うなら濃い死の香りがする気がする。
「大丈夫か?」
軽々と僕を抱き上げた死神は顔をのぞき込んでくる。
「独り、やだ」
怖い。
孤独は恐い。
「ふむ、ならば。一緒に行くか。辛いならば目を瞑っているがいい」
僕を抱き締めながら歩く。
背に人の悲鳴を聞きながら、積み上がった肉を見ながら、耳を塞ぎ目を瞑ればどんなに楽だろうと僕は見た。
これが僕の悪行だ。
ここに来て初めての人間の死。初めての人殺し。初めて自分がどんな存在なのか思い知らしめられた。
思い出したくないけど、覚えていないと行けない事。