2 アナタにゴメンナサイ
正直、怖い。
突然に何をと思うだろうが本当に怖いのだ。
「イチヤ」
ビクッと身体が跳ね上がる。
その地を這うような低い声には妙な色気も含まれていてカオスだ。
美形の能面とかもうダメだから。なんといっても威圧的な感じで僕は苦手だ。
「な、なにかな?」
「何故、私以外の者と親しげにする」
勘弁してくれ、本当に勘弁してくれ。
僕の身元保証人、いや、保護者。うん、養い人なんだけど、お財布を握る暴君が僕の一番の強敵。
不機嫌を放置すると質素な食卓になり、城の温度が氷河期になったような感覚を味わうという理不尽。
実際、そうなったら周りが僕に泣きつくような目で見るのだ。
「だって」
「だって?」
キラリと切れ長な銀の瞳が剣呑な狂気を滲ませている。
泣きたくなる。
というか、泣きたい。
「あー、その…」
段々と尻切れになる。
言うにいえない。言葉にすれば打ち捨てやれるような圧力がある。
いくら強くなろうが、チートがあろうが、元は僕なのだ。性格が簡単に直るはずがない。謝ってすむならすぐにゴメンナサイをする。
だが、謝っても許されないような圧力が僕にはのしかかっている気がする。
「はっきり言え」
実質に一番の権力者はこの脅しを掛ける死神なんだ。生きるも死ぬもこの死神次第と言っても過言ではない。
なんだか、チートもこの人の前では意味をなさない。いや、見せつけようとか欠片も思わないし、何かに巻き込まれないように最新の注意を払ってるから意味はない。
主にこの死神に対して発揮している。
もともと素で反則チートな死神はただ肉体に器を移しただけと考えて良い。それも素晴らしい肉体に…いや、合ってるけどね。
程よく肉付いた肢体に淡く色付いた唇。誰もが羨み、愛を乞うような美しく気高い容姿は良く似合っている。一番最初のあの衝撃を凌駕は流石にしないがインパクトは絶大だ。
「それじゃないと誰が喋る?」
切実な質問だ。
だって肉体があるくせに見えない、聞こえないな死神に変わって僕が話す。
今だって周りから見たら独り言だ。
「…私は元々俗人には見えないモノだ」
何か考えるようにしているのか伏せがちな面差しをしていたがゆっくりと僕を見つめて言う。
「僕にだけ見えるなら、やっぱり何かしないと」
殺されたらどうするんだ。
無能はいらないみたいな、暴動みたいな。
「いつまでも、その…いたいし、さ」
いつまでも少しは平和的に過ごしたいし、死神の指摘は正しいし、絶対について行けば死ぬことはないと確信してる。
「迷惑だよね、ゴメンナサイ」
「もう良い。イチヤの好きなようにするがいい」
ほんのりと頬を赤く染めた死神はそっぽを向いて歩き出す。
どうやら機嫌は直ったみたいだ。