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アイロン  作者: Hard
はじまり
4/10

そして今日も名鳥市の一日は始まる

アイロンキックのその後。

 名鳥市に瓦礫の雨が降り注ぐ。

 それを遠方から眺める秋には、その様が随分と幻想的に見えた。

 しばしボンヤリと眺めていたが、ある事に気がつき我に返る。

「この瓦礫の雨、あの人が降らせたんですよね?あのデッカイのをやっつけて・・・」

 恐る恐る隣の『ブラウン管』に尋ねてみる。

「まぁ、何といっても迅だからね。これぐらいはやっちゃうさ」

「・・・あ、あの人、自分は人並み程度だって言ってましたけど・・・?」

「あいつの周りの基準だと、そうなるのかな?何かと規格外な連中と一緒にいるからね」

 何食わぬ顔でスラスラと喋る<<ブラウン管>>をよそに、秋は改めて鉄迅という男のやって見せた事の大きさに青ざめて行く。

(まさか、助かって・・・ない?)

 あの様な巨大で正体不明の物体を単身で打ち崩したのだ。

 そんな強大な戦力を有した人物に対し、どう応じれば良いのか。

 一歩間違えれば自分の生命の危機である。

(ど、どどどどうしよう・・・)

「ハハハ。大丈夫だよ、いきなりブン殴ったり蹴っ飛ばしたりはされないさ」

(ブン殴る・・・蹴っ飛ばす!?あわわわわわ)

 怯えて後ずさる秋の背中にドンッと衝撃が走る。

「随分な言い様だな、ブラウン。俺はそんな野蛮な人間じゃないぞ」

 慌てて振り返った先には、話題の人物、鉄迅が立っていた。

「で、出たー!!!」

 喚き散らしながら秋は『ブラウン管』に飛びつく。

「俺は幽霊でもないぞ。普通の大学生だ、安心してくれ」

「普通の大学生はアイロン使って変身して戦ったりしな・・・ませんよ」

 迅がサークルの新人勧誘を行っていたことから、彼が少なくとも自分よりは一年以上は上級生であるということを思い出し、咄嗟に敬語に直す。

(・・・変な所で頭が回るんだな)

 慌てふためいたと思ったら急に真面目になる。

 そんな秋の挙動が張り詰めていた迅の表情を、少し和やかにする。

「繰り返すが、俺自身は至って普通の大学生だ。アイロンを使用しての戦闘に関しても、この町では・・・『アナザー』では普通のことだ」

「あー、なるほど『アナザー』なら普通・・・え、ア、『アナザー』って、ここ、名鳥市じゃないんですか!?」

「いや、ここは名鳥市だ。端的に言えば、もう一つの名鳥市ということだ」

 名鳥市が二つある。

 迅が言い放ったことは、俄かには信じ難い。

 信じ難いが、納得もいく。

 実際、地形や建造物は名鳥市のソレなのだ。

 人が見当たらない点や、モノが意思を持って動き回る点を覗けば、だが。

「どういうことなんですか?もう一つって」

「名前は・・・夏原と言ったな。夏原は15年前、ここに惑星探査機が落下しかけた話を知っているか」

「は、はい、15年前の、ですよね?詳しいことは知りませんけど。アレって、ここに落下するかもって騒ぎにはなったけど、実際には落下しなかったんですよね?ただその後、探査機が行方不明になっちゃって、本当に落下しかけたのかさえ怪しくなりましたけど・・・」

 それを聞くと、迅は空を見上げた。

「本当は探査機がここに落下していたと言ったら、信じるか?」

「・・・!?」

 それは世間一般に伝わっている名鳥市の惑星探査機落下騒動とは違うものだ。

「太平洋に落下する予定だった探査機が突然名鳥に軌道を変更した。あの時、ここは騒然としてな。突然のことだった。当然、避難も間に合わなかった。そして俺を含む名鳥の住民は、探査機の落下を目撃する『はずだった』・・・」

「・・・はずだった?どういうことですか?」

 迅は秋を見据えると、変わらず淡々と告げた。

「消えたのさ、来神山古墳に落下する直前にな」

 確かに名鳥市に落下しかけた探査機は今日まで行方知れずのままだ。

 しかし、だからといってそれが落下の寸前に消失したからだと言われても信憑性に欠ける。

「消えたって・・・どこに、ですか?」

 迅は向きを変え、ある方向を指差した。

「あそこだ」

 その方向には、あの異様な建造物があった。



「・・・アレが・・・探査機?」

 何度見ても形容しがたい構造だ。

「加えるなら、探査機と古墳プラスその周囲のモノ全般だ。『合体』しているんでな」

「が、『合体』?くっついてるんですか、アレ?」

「ああ。バッチリな」

「で、でもですよ!あんなの昼には・・・いや、今まで見たことありませんよ!」

「確かに、『ホーム』にはないな。だが、ここは『アナザー』だ」

 迅の口からは再び『ホーム』と『アナザー』という単語。

「迅、いきなり『ホーム』だ『アナザー』だと言っても分かってくれないんじゃないか?」

 『ブラウン管』がフォローを入れる。

「簡単に言うと、要は秋ちゃんが普段生活している名鳥市が『ホーム』で、俺みたいなのがそこら辺を歩き回ってるっていう、この色々凄い状態にあるのが『アナザー』ってことさ」

「・・・つまり私は『アナザー』に迷い込んじゃったってことでしょうか?」

「そうだ」

「そういうことになるかな」

 恐る恐る質問する秋とは対照的に淡々と答える迅と『ブラウン管』。

 その様子は、こういった事態に慣れている節がある。

 自分が『アナザー』に迷い込んだとすると、似たような境遇の人々が他にもいたのかもしれない。

「そもそも、何で名鳥市が二つあるんですか?」

「探査機の落下の際に生じた衝撃がこの『アナザー』を生み出した原因と考えている。一応だがな」

「ちなみに・・・帰れるんですか?」

「その点は心配ない。夏原が入ってしまった空間の『歪み』・・・俺達は『ゲート』と呼称しているんだが、アレは時間が経てばまた発生する。『ゲート』の発生は、俺の仲間が報せてくれる」

 『歪み』(どうやら『ゲート』というらしい)という単語に引っかかる秋。

「何ですか?その『歪み』だとか『ゲート』って」

 淡々と答えていた迅だったが、この質問の返答には少しの間があった。

「空間の裂け目の様な物だが、夏原はそれに入って『アナザー』に来たんじゃないのか?」

「いえ、そんな物に入った記憶は・・・」

「となると、他に何か心当たりはあるか?」

 秋は、自分の周囲に異変が起きるまでを迅に伝えた。



「鍵・・・か」

「偶然にしちゃ、ちょっと出来すぎだな」

「そうだな・・・」

 『ブラウン管』と会話しつつ、迅は秋の周囲を飛び回る『カギ』に視線を送る。

「アキー!ハラヘッター!」

「あなた・・・食事できるの?」

 秋の話が事実ならば、『ホーム』に『アナザー』の『モノ』が送られたことになる。

 しかも秋の家の前に落ちていたとなれば、意図的に行われた可能性が高い。

 誰が、一体何の為に行ったのか。

 思考を巡らせても、現時点では答えは出ない。

「そういえば鉄・・・先輩の『アイロン』もこのこの子と同じで喋ったり飛んだりするんですか?」

「そこまでハツラツとした感じではないがな」

 言い終わると同時に迅の傍へ『アイロン』が飛来する。

「・・・」

 『カギ』とは違い、『アイロン』は黙ったままその場でじっと秋を見つめる。

「・・・デカイナ」

「え?何だって?」

「さぁな・・・ん?」

 迅の懐から携帯電話の着信音が聞こえる。

(携帯電話?)

 仲間から報せが入ると言っていたが、これがそうなのだろうか。

「俺だ。・・・あぁ・・・分かった。よろしく頼む」

 通話を終わらせると、迅は携帯電話を懐にしまった。

 試しに自分の携帯電話を見てみるが、圏外と表示されている。

 もしかすると彼らの携帯電話には、何か特殊な細工が施されているのかもしれない。

「お仲間の人からですか?」

「あぁ、周囲の鎮圧がほぼ終わったらしい。後は夏原を『ホーム』に帰すだけだ」

「・・・ありがとうございます。それで、『歪み』でしたっけ?それはいつ頃現れるんですか?」

「出現する時間と場所は明確には決まっていない。それまでは待機だな。俺一人の護衛では心許ないかもしれないが、もう少しの間、耐えてくれ」

「いえいえ、頼りにさせていただきます・・・」

 先程の戦闘を見た以上、心許ないどころか彼と行動を共にすることこそがベストだと秋は判断した。

「そうか・・・なら、待っている間、俺が分かる範囲だけだが、質問に答えよう。『アナザー』に関して、何か聞きたいことはあるか?」

「そう、ですね・・・うーん・・・」

 まだ聞きたいことはあった。

 だが、思考が回らない。

 ここに来て、疲労がピークに達しつつあった。

「まずは休息、だな」

「いえ、それ・・・より・・・」

「む、大丈夫か?」

「えと・・・何だか・・・急に眠く・・・」 

 段々と意識が遠くなって行くのを感じる。

 意識が途切れそうになった瞬間、ふと背中に何か当たるのを感じた。

 目を開けると、『ブラウン管』が後ろに回って自分を支えてくれていた。

「っとと。まぁ、何かあれば迅が対応してくれるさ。色々あって疲れただろ?少しの間だけど、休みなさいな」

「そう・・・します・・・」

 その一言に安心したのか、秋の意識は再び遠のいて行く。

 が、寸前で秋は伝えなければならぬことを思い出し、必死に意識をつなぎとめる。

「鉄先輩・・・みんな・・・えと・・・」

「どうした?」

「ホントに・・・ホントにありがとう・・・ございました」

 言い終わると身体の力が抜け、少したって寝息が聞こえた。

 以前立ったままだが、どうやら眠ってしまったようだ。

「律儀なヤツだな」

 迅の口元が緩む。

「ありがとう・・・か。それはこっちの台詞だよ、秋ちゃん」

 『ブラウン管』が空を見上げると、わずかに空が明るんできた。

 同時に風が吹き始め、秋の頬を撫でる。

 それは暖かい、春の、名鳥の風だった。



 湿気を孕んだ風が頬を撫で、彼女は気がついた。

 虚ろな視線を向けると日の出の光に包まれながら、アイロンをかける男がいた。

 光、蒸気、アイロン、周囲の空気、その全てが合わさりまるで一つの作品のように見えた。

(・・・キレイ・・・)

 流れ込む蒸気の暖かさに、心が安らぐ。

 そして彼女は、再び眠りについた。



 次に目が覚めると、そこには見慣れた天井があった。

 自室のベッドの上と気がつくのに、そう時間はかからなかった。

「・・・夢?」

 そう片付けてしまうことも出来た。

 ただ、彼女に右手には自室の鍵が握られていた。

 偶然だろうか。

「・・・おはよう」

 試しに話しかけてみたが、鍵は何も応えない。

「やっぱり、夢・・・だよね」

 苦笑しつつ、秋は身体を起こす。

「目が覚めたか、夏原」

「あ、おはようございます、鉄先輩」

「鉄、か。知らぬ仲ではないんだ。俺のことは迅で構わんぞ、夏原」

「そうですか、じゃ・・・おはようございます迅さん」

「あぁ、おはよう夏原。朝食の準備はしてある。一コマ目に遅れるなよ」

「はい、ありが・・・とう・・・ござ・・・い・・・」

「む、どうした夏原?」

「あの・・・何をして・・・」

「見て分からないか、アイロンがけだ。溜まっていた洗濯物を片付けるついでだ」

「なるほど、ありがとうございま・・・じゃなくて!何でここに迅さんがいるんですか!?」

「何故と言われても『ホーム』に帰還した後、夏原を放っておくにもいかんだろ」

 迅の口から発せられた『ホーム』という単語から、秋の体験したあの一夜は現実のものだという実感が沸いて来た。

「・・・『ホーム』、ということはアレってやっぱり、夢じゃないんですよね?」

「それは『アナザー』での出来事のことか?当然だ」

 鼓動が高まるのを感じる。

 退屈な現実の中で4年間を過ごすと思っていた。

 それがどうだ、『アナザー』の存在で一気に状況は変わった。

 都会で過ごす友人達とは比べ物にもならない刺激的な日々。

 それがこれから始まろうとしている。

「夏原?何を呆けている、さっさと準備をして大学に行くぞ」

「は・・・はい!」

「まずは着替えからだ。よし、今日はこれだな」

「はい!」

 秋は迅から下着を受け取ると、勢い良く着替えを始める。

「ん?」

「どうした、夏原?」

「迅さん・・・出会ってから日が浅く、尚且つ命の恩人に対してこんなことを聞くのも変な話ですが・・・何で、私の下着を?」

「目が覚めたら着替えが必要になることは確定的に明らかだろう?だから部屋の中から探して用意しておいた。あぁ、それとシャワーを浴びたいだろうが、如何せん時間が無いのでな、身体の方は俺が拭いておいたから安心してく・・・」

「アバーッ!!!」

「おい夏原、泡吹いて気絶してる場合じゃないぞ。講義に遅刻する」 

 ドタバタと騒がしい朝を迎える101号室。

 そんな彼らをよそに、今日も一日が始まって行く。

 二つの名鳥市。

 15年前の事件。

 闘うアイロン大学生。

 様々な謎もどこ吹く風。

 今日も名鳥市は概ね平和である。

今後も頑張ります。

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