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遅刻

作者: ヤマナ

もう2時56分・・・走らないと!

僕は腕時計をチラリと見て焦った。

大事な取引先へ3時に訪問する予定だったのだが電車が事故により遅れ、この時間になってしまったのだ。もはや遅刻は必至だろうが四の五のは言っていられない。とにかく急ごう。


白い息を吐き、11月の冷えた空気を裂いて走る。

この取引先のA社は古くから取引して下さっており、もし怒らせて契約が解消でもされようものなら、僕は上司から大目玉を食らうことは間違いないだろう。・・・・考えるだけで胃が痛い。ともかく、この角を曲がればA社の入っているビルだ。

ようやくビルの前まで着いたが、時計を見るまでもなく時間を過ぎているだろう。


荒い呼吸が肺を冷たい空気で満たして痛い。ビルの前で上がった息を整え僕は覚悟を決めた。

よし、行こう。階段を登ればA社のオフィスだ。


「毎度お世話になります!X社の藤田です!」

深々と頭を下げながら静まり切れなかった荒い息で言い放った。すると奥から

「遅い!!」

という怒声だけが返ってきた。・・・・もう逃げ出したい気持ちでいっぱいだ。だが先ほどの覚悟を思い出し、社員達の視線を浴びながら声の元へ進む。

好奇、憐れみ、侮蔑もあった。いつものことながらこれはどうにも慣れない。小学生の時の、宿題を忘れ教壇の上で先生に叱られる時のような気分だ。

そうしてA社の社長、斉藤様のデスクの前まで着いた。

「遅れてしまいまして大変申し訳ございません!」

威勢よく頭を下げ、兎にも角にも謝るほかない。

「君ねぇ・・・・今何時だと思ってるの?」

その姿勢のままで腕時計を見て確認する・・・・。

「3時7分です。大変申し訳ありません!」

こうなっては謝ることを猿真似のように続ける他ない。早く終わることを願うだけだ。

「君がうちにくるのは私の記憶では3時のはずだったんですがねぇ?どうしてこの時間になったんですかねぇ?」

どうせ理由などあってもなくても同じくせに一々聞くことを欠かさない。

「電車が運休しており、そのため遅れてしまいました。申し訳ございません!」

「ほー電車が運休ねぇ・・・・。それだったら遅刻するかも知れないって分かりますよねぇ?分かるんだったら事前に連絡するべきですよねぇ?それが社会人として守るべき常識ですよねぇ?」

「は、はい・・・・。仰る通りです。」

「それが出来ないって事は君は社会人じゃないんですか?え?君は社会人じゃないのに会社に勤めて仕事をして、給料を貰っているのですか?」

「その通りです・・・・。」

「それでいいと思ってるの?思ってるから連絡も何もしないんだよねぇ。ねぇそうなんでしょ?」

「いえ、そんな事は・・・・。」

「では何故連絡もなく遅刻できるのですかぁ?おかしいですよねぇ?貴方言ってる事矛盾してますよねぇ?」

「申し訳、ありません・・・・。」

「貴方がこう遅刻をされては、私は貴方を信用出来なくなる。貴方を信用出来なくては貴方との取引、つまり貴社との取引も信用出来なくなるんです。つまり貴方が遅刻をする事で貴方の会社の信用を傷付けてるんですよ?この意味が分かります?」

ただただ胃が痛い。電車が遅れたせいで、電車さえ遅れなければ・・・・。

「はい・・・・。仰る通りです・・・・。」

「分かってるなら貴方が貴方の会社の足を引っ張っているという自覚をなさった方がいいんじゃないですか?今まで我が社と取引をして下さっていた貴方の先輩方の顔に泥を塗っているのですよ?恥ずかしいとは思わないんですか?」

「はい・・・・申し訳ありませんでした・・・・。」

斉藤社長は今回の遅刻のことから前々の些細なミス、僕の前任者を引き合いに出しての駄目出し、粗探し。とにかく何でもいいからとでもいうように僕を責め立て、罵倒の限りを尽くしていく。

そんな問答がしばらく続く。僕はひたすら謝り続け斉藤社長の怒りが収まるのを待つしかなかった。


そろそろだろう。僕は斉藤社長には見つからない様にデスクの影で腕時計を確認した。

「申し訳ありません斉藤社長、お時間のようです。」

僕はそう言うと下げっぱなしだった頭をようやく上げる。斉藤社長はキョトンとした顔をしていた。

「あれっもうそんな時間ですか?」

と慌てて自分の腕時計で時間を確認していた。

「あーもう8分も過ぎちゃってますね・・・・。いや申し訳ない!私は社会人失格だなぁ!」

今さっきまで居た不機嫌でネチネチとした斉藤社長ではなく明るく朗らかな斉藤社長がそこに居た。

「いえいえ、私の方こそお叱りを受け易い状況を作る為とはいえ時間に遅れまして申し訳ない限りです。」

僕もいつの間にか今にも泣き出しそうな顔から笑顔へと変わっていた。

「いいんだいいんだ、私もねぇ若い頃は遅刻をしてそりゃあ怒られたもんさ。昔を思い出してつい熱が入ってしまったよ。藤田君には酷い事も言ってしまってすまなかったね。」

そう言うと斉藤社長は頭を下げた。

これが普段の斉藤社長なのだ。上にも下にも横にも機嫌を伺わなければ生き残れない中小企業の。

「さ、斉藤社長!私はそういう仕事ですのでお気になさらないで下さい!お客様が満足頂けたならそれが最高の喜びですから。」

斉藤社長はそれを聞くと顔上げ、やはり笑っていた。

「いやはや、藤田君は君のとこの中でも実に気持ちよく鬱憤を晴らさせてくれる。X社最高の人材だよ。」

僕はニコリとその言葉を受け止めた。

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