復活そして切なさよ
暗がりより現れたのは、迷宮の主こと黒竜さんと、迷宮No.2こと薄幸の吸血鬼さんの二名に両脇固められて逃げも隠れもできなさそうな博士その人であった。
さしもの改造人間身体スペックをもってしても真性の怪物達相手ではお手上げといった感な、爺ちゃんの苦笑顔がちょっと可笑しい。
しっかし、この迷宮の上位二名がどうしてこんな袋小路から・・・?
爺ちゃんを見送ってからトンネルへの侵入を許した覚えもないので、単純に爺ちゃんが入る前から中を検分していたのだろうけど。
見聞といっても、穴の奥に有るのはせいぜい、自分達の出現地点共通項の「一つ扉の部屋」程度だろうに。
自分は、とりあえず話の通じそうな人達が出てきて良かった、と安心しつつ。
軽く手を振って黒竜・吸血鬼両氏に挨拶。
「こんちは~。 先日は自分達の身内が大穴開けちゃって申し訳ありませんでした」
困った笑顔を浮かべてみせる自分。
その困った身内が連行されている理由を問おうと口を開きかけた矢先。
集団のワントップで彼らに対面していた自分に並び、そして追い越す勢いで後方より進み出た人影一つ。
「即刻義父を解放してもらおうか」
要求、いや、これは命令か。
従わぬなら抜くだけだと言わんばかりの殺意を撒き散らした、同士エイジの語気が場を凍らせた。
チラリと、エイジの姿を盗み見る。
半身に構えた、前のめりの抜刀準備姿勢。
薄く開いた両の眼は冷たい光を湛え。
そして何より、彼の愛刀<閻魔>が、物理的に在り得ぬ感じで「開いていた」。
返答如何によれば<繭>の瞬時展開も辞さぬ。
瞬きの間も与えんぞ、と、彼の全身が金切り声を上げているようなものであった。
そんな、それなりに長い付き合い間柄でも見たこともないであろうエイジの激昂に、思わず目配せし合った黒竜さんと吸血鬼さん。
ため息一つ、ついたのは誰であったろうか。
別段、何事もなかったかのように。
二人の拘束から、博士が開放された。
「で、何やらかしたのさ爺ちゃん?」
自身を拘束していた二人に軽く頭を下げてからコチラにやってきた爺ちゃんに、エイジが何か声をかける前に聞いてみた。
あの二人が雁首揃えてワンダリングモンスターでござい、とかないだろうしなぁ。
爺ちゃんや、怒らないから言ってご覧?
言わないとエイジに拷問・・・げふふん・・・尋問させることになってしまうぜよ?
きっとそれは、誰にとっても不幸なことなんじゃないかなぁ・・・。
「ははは、何を馬鹿なことを。 同士は僕のことをなんだと思ってるのさー」
白々しく笑うエイジに目も向けず、自分は一言だけ、問うた。
「爪で済む?」「無理」
ノータイムで返答が来る恐怖。
ね、ダメでしょ?
「ダメじゃなぁ。 心配かけたのは済まぬが・・・少し落ち着け」
エイジに歩み寄り、彼の胸にノックする爺ちゃん。
爺ちゃんが見上げる義息子の顔から、険しさが、消えた。
「ゴメン、頭に血が上った。 ちょっと後ろに引っ込んでるよ」
さっきの連行されてた爺ちゃんに似た苦笑いを浮かべて、エイジは皆の元へ引っ込んでいく。
全く、このツンデレファザコンめ。
略してンァン?
「じゃ、儂も引っ込んでおくとす「待てやコラ」
そして、自分は逃亡犯を確保。
今この状況自体がイレギュラーなんだから、必要事項を吐かせてサッサと<繭>移植に行きたいっての。
ああ、話し進まないなぁもう面倒になってきたので、爺ちゃん切腹ってことで双方丸く収まらないかなぁ。
目的は<光武似>だけだし、中身はいいか。
ああ、介錯は要らないよね?
「いやいやいや、介錯なしの切腹は遠慮したいっ・・・というか切腹自体拒否するわいっ! あと、どれだけ儂の<光武似>をパワーアップしたいんじゃお主は。 義息子やー、助けてたもー「あ、僕いま反省中なので藻掻き苦しみぬいて死んでてください話はそのあと聞きますので」義息子が早くもツン期にっ!?」
流れるように親子漫才始めやがった・・・。
コレはもう、や、殺るしか!
手始めに前頭葉辺り取り外してみる感じで行こう。
自分は愛用の拷問袋から、切れ味の悪くなったハンドドリルを取り出して・・・。
「何か、短気で色々と赤く染まりそうな気配がするので我が説明しよう」
べ、別に身内漫才の邪魔したいわけじゃないんだからねっ、勘違いしないでよねっ! とかは全く考えていないだろうけど、話が始まる前に腰を折られた格好の迷宮の主が、口を開いた。
黒竜さん曰く。
「以前、我が被った冤罪の真犯人が、そこの御老人だった、というわけだ」
と、言うことらしい。
・・・冤罪・・・?
はて、なにかあったっけ・・・??
「アレじゃね? ほら、ポータル動かねぇからって尋問と称して・・・」
主にお前が、その、なんだ、酷いことやったじゃん? と、シオン。
その言葉に、その時のことを思い出した自分。
・・・ハハッ、ワロス。
実行犯がなに言ってんだ。
うろ覚えだけど「わぁい、なんかCT画像みたいに輪切りにしちゃうぞぅ」とか言ってたじゃねぇか貴様。
あの時のミリ単位輪切り、樹脂加工してまだ保存してたりするんだぞ、証拠はバッチリだ!
パラパラ漫画的な黒竜さんの中身拝見資料として貴重な学術資料なんだぞぅ。
「その節は大変申し訳ございませんでした」
自分はひとまず、五体投地。
黒竜さんに全身で謝罪。
スマヌ・・・スマヌ・・・。
あの時は自分もワリと、気が狂ってたんだ・・・。
「ああ、まぁ、今更といえば今更なのだがな・・・殺害方法はあの時より幾らか人道的と言うかアッサリ目だが日に何十回と殺されているからな、最近」
床にこびりついた自分に向けてか、黒竜さんの自嘲気味な笑い声が降ってくる。
いやホント申し訳ない。
・・・しかも殺害目的が金品強奪。
あっれ、裁判あったら勝てる道理がないぞ?
あ、いや、でも考えてみれば、一度も「お宝上げるんで許してくりー、くりくりー」とか言われた覚えがない。
実は迷宮の皆って、凄いマゾなんじゃなかろうか?
おお、略すとSMだ。
「で、だな。 詳しくは奥を見て貰ったほうが話しが早いんだが」
自分が脳内で迷宮住人達を「凄いマゾ」扱いしてるとは夢にも思わぬであろう黒竜さん。
床にへばりついた自分ことメリウの頭を掴んで無造作に立たせると、いま来たばかりのトンネルの奥を指さした。
爺ちゃん謹製の手掘りトンネルを抜けると、そこは一面の真っ暗闇。
照明係のシオンに前に出てもらってみたが、裸眼ではどうにもならぬわ・・・どれだけ掘ったんだ爺ちゃん。
「やりたい放題やってやがるなぁ」
深い深い闇すら見通す気配視覚にて知覚されて脳裏に広がる情景に、自分は素直に呆れた。
綺麗に整地された、30m四方程な広さの玄室。
流石に高さはそれほどでもないにしろ(それでも5mは優に有る)、爺ちゃん頑張りすぎじゃね、という感想が出るのは至極当然だと思う。
爺ちゃん、整地厨だったんだなぁ・・・。
そして部屋の中心くらいにポツンと鎮座するは、皆懐かしの「一つ扉の部屋」。
さらには。
迷宮外壁に沿って設置されている、異彩を放ちまくりな謎のケーブル。
あー、コレが恐らくは。
潜る方面のポータル動力を供給してた物なのだろう。
「どうだ? 聞くより見たほうが早かっただろう?」
そう、黒竜さんの言うとおり。
ひと目で分かる、その理由。
魔力視持ちの皆には、確かに一目瞭然の。
やけに濃ゆい魔力をダバダバ垂れ流しているケーブル・・・その「断面」。
迷宮内部に向かって掘られた、トンネル。
その入口部分に被っている範囲のケーブルが。
ものの見事に完全一致で。
綺麗にまっすぐ、トリミングされているのだった。
ちなみに、もう一方の切断面からは、まるで魔力の流れは感じられない。
「爺ちゃん、なんでケーブル避けなかったのさ・・・明らかにコレ、狙ってココ掘ってるよね?」
ってか、正体不明のケーブルぶった切らないで欲しい。
もしこのケーブルが名古屋迷宮都市のライフラインとして使われてたら、爺ちゃん数万人か殺してた可能性が出てくるんだが。
「い、嫌じゃなぁ、偶然! 偶然切ってしまったに決まってるじゃないか」
超挙動不審に答える爺ちゃん。
うわぁ。
「先生? ではなんで、トンネル範囲外のケーブルには、まるで傷がついていないんでしょうか?」
とても綺麗に、まるで化石発掘のように丁寧に掘り起こされてるように見受けるのですが、と。
その状況を目にして色々と推理完成してしまったエイジが、爺ちゃんに問いただす。
「そ、そこはホレ、アレだ。 最初に偶然切断してしまったんでその後は気をつけたんじゃよ、うん」
なんか脂汗垂らしはじめて答えを重ねる爺ちゃん。
最初の返答からすでにマックスなギルティ度が、すでに限界を振り切ってる。
「ん? 呼んだ?」
呼んでないのでマックスは黙ってて。
「ほう? コレを。 偶然で。 切断?」
へぇ? ふぅん? と。
エイジが、無表情で言った。
「何かオカシイかの? 部屋を掘ってるドサクサで切ってしまう、なんて十分あり得ることじゃろう?」
頭のなかで逆転無罪への道筋でも出来たのか、爺ちゃんのどもりが、消えた。
いやー、でもね・・・。
どう考えても、無理なんだわ。
そのケーブルは、狙わないと切れないと思うんだ。
だって、ね、そのケーブルって、恐らく・・・。
「話は変わりますけど、迷宮内に向かうトンネルって、どう掘ったんでしたっけ?」
無慈悲に。
エイジが、詰めに入った模様。
そうだよねぇ。
迷宮の壁「だけ」が破壊不能オブジェクト指定されてる、なんてことが、有るわけないよねぇ、普通は。
迷宮内のインフラなんていう「壊れて困るもの」なら、保護くらいはしておくよねぇ、きっと。
「そりゃ、昨日の夜に話した通りなんじゃが・・・一定以上の威力を持った持続攻撃で・・・っ」
語るに、落ちた。
そう、犯人である爺ちゃんが、認めてしまったわけでも有る。
「やっぱりそうでしたか、先生。 このケーブルも、破壊不能オブジェクトなんですね?」
裸の王様に突きつけられる、シンプルな駒一枚。
王手。
というか、もう詰んだ。
「何を証拠に」
足掻こうとする爺ちゃん、実に諦めが悪い。
「シオン、ちょいとこのケーブルに<神音>撃ってもらっていいかね? あ、魔法剣とかアリアリで」
なので、エイジにコレ以上抉られるよりはマシかな、と思い、自分が止めを刺してみる。
自分の要請に、無言で灰仮面を被り雷精剣を発動して構えまでとるシオンさんマジ容赦ない素敵ィ。
流石我らがリーダー、慈悲はないな。
「スミマセン儂が故意にやりましたっ」
10手行かずに、爺ちゃん投了。
さて。
では、罪状が悪質なものと判明した犯人の処刑を・・・
「いや、まだ有るのだ。 御老人に聞きたいことが」
自分が出して引いた畳の上に正座させられて目の前に短刀を置かれた状態で固まってる爺ちゃんを痛ましい目で見つつ、黒竜さんが言葉を続ける。
「切断されただけなら補修が可能そうなのだが、掘られたトンネルにかかっていた部分のケーブル・・・10mいかぬ位か? が、破片も見当たらなくてな。 御老人、一体どこに仕舞い込まれていますかな?」
おい、罪状が増えたぞ。
窃盗追加でーす。
ってか、さっき見た感じだと、もうあの一つ扉の部屋しかないよね隠し場所・・・。
自分やエイジは、無言で黒竜さんと吸血鬼さんを促して。
玄室中央にポツリと在る、一つ扉の部屋へと歩を進めるのであった。
で。
扉に鍵がかかっていたのを自分がサクッと解錠。
誰も来ないであろう閉鎖空間に鍵か、と、ちょいと同情を感じたりなんかもしたけれど。
無慈悲にドアオープン。
室内の様子を見るに、思ったほどものがなくガッカリ。
愛用品なのか、かなり気合の入った感じの色艶な木製ベッドが一つ。
他には、枕元に数枚のメモ書きとボールペンが転がっているくらいで・・・あれっ、ケーブル、ないよ?
「いや、きっとこの中にあるよ、同士。 この閉鎖空間に材料すら在るはずのない木製のベッドがある時点で、先生は無限袋を所持している可能性が濃厚だし。 そもそもパワードスーツ持ってたんだし袋の存在は確定だと思う。 で、十中八九ベッドのココらへんに隠し引き出しあたりが・・・発見っと」
ゴソゴソと爺ちゃんのベッドを漁りながら言うエイジが、早くもベッドのデッドスペースに隠された引き出しを発見し、中身を引き摺り出した。
それは当然、いつもお世話になっている見慣れた子袋・・・ぢゃない、小袋。
無言でそれに手を突っ込み、何かを握って引き摺り出したエイジ。
一見しただけでは、水晶のような透明度を持つ極太ロープ。
魔力を通す、光ファイバー的な何か。
しかしてその正体は。
あー、ケーブルの断面見た時から、まさかなぁ、とは思っていたんだけれど。
「皮膜をはがして、ケーブル内部をほぐしてバラしたんだね、コレ。 材料取りする気満々だった証拠だね・・・確かに金属系最レア素材だけどさコレ・・・」
欲に目がくらんだか、と。
義理の息子はククク、と笑った。
・・・そっとしておこう。
「んでは、一応全部引き渡すとして。 修理とかは手間掛かる感じですかい?」
最初は袋ごと渡してしまおうかと思ったのだが、暗く笑っていたエイジが自分に袋の中身を見せた瞬間にそんな恐ろしいことはできなくなった。
あの爺、全世界を3度くらい焼き払う気か・・・何備蓄してやがる。
仕方なく、コンビニビニール程も余り出してる予備袋にケーブルの中身だけ入れて黒竜さんにお渡しすることに。
「どうかコレで一つ、あの老害に、お目こぼしを賜れれば・・・」
お頼み申す、お頼み申す。
自分はエイジとともに土下座の構え。
左右逆回転のクワドラプルにて、華麗に着地。
「無駄に洗練された全く無駄のない無駄な動きをしおってからに・・・」
土下座姿勢から捧げ持たれたケーブル入りの無限袋を受け取る黒竜さん。
もうほんと、スミマセヌ・・。
こんな感じで。
爺ちゃん発掘騒ぎは、跡を濁しっぱなしで無事収束。
その後、濁された場所の後片付け的に行われたポータルの動力ケーブル修理。
自分、ジオ、エイジとともに参加した爺ちゃんが無駄にレベルの高い修理技能を見せつけ、結果、即日修理完了したり。
その技術を駆使した結果として余ったレア金属を着服しようとしてエイジに見つかり、家族会議と言う名の恐ろしい仕置が発生したりもしたが、まぁ、蛇足。
そんなこんなで、数日が経過し。
さぁて今日も最下層マラソンが始まるぞぅ、と意気込んで潜った転送ポータルの、終点。
最下層の、床。
ポータルから数歩の位置にそっと置かれた、封書に自分は気づいた。
何気なく拾って、宛名を見るに自分達宛。
差出人は不明だが、中身見ればわかるかな、と。
軽い気持ちで広げた手紙の内容に、自分は思わず嗚咽を漏らしそうになった。
なんちゅう切ないものを読ますんだ・・・。
「ん、どしたー?」
そんな自分の様子を不審に思ったのか、背後からレザードが声をかけてきたので、自分は無言でその手紙を渡した。
レザードはそれを流し読みして、無言で背後のナガ吉に渡し。
ナガ吉もレザードに倣い、回覧される手紙。
最後の読者たるエリスがそれを読み終わるのを待って、皆が声を揃えて、言った。
行きのポータル、使うの二階層目までにしよう・・・。