泥酔者それは・・・ヒッ、し、死んでる!?(死んでない)
食堂に入ったばかりの自分達を目敏く見つけたらしく、シオンとレザードはエール片手にシュタっと短い挨拶一つ此方によこして上機嫌。
夕飯時の喧騒も相まって、正直ウルサイ事この上ない場ではあるが。
不思議と不愉快さのない、陽気な空間である。
荒事屋連中の屯する所なので、小汚いのが珠に瑕ではあるが。
「よ、早かったね二人とも。 その調子だと儲かったかぇー? ・・・ん? なにこの床で不自然な格好で脱力してる人達?」
先行組(お、そういや潜行組でもあるね)がキープしてくれていた大テーブルにやってきた自分の目に飛び込んできた、一見酔いつぶれて動けなくなった三人程の前後不覚体。
なめし革を基本とした簡易の革鎧に見える金属鎧用下着姿であるところを見ると、糞重い鉄鎧を着込んで前線でガッツンガッツンやる肉体労働系な人達なのかなぁ、程度は見て取れたりするけれど。
・・・あー、あー、こりゃこのまま目が覚めたら痛みに悶絶して即時気絶なパターンだなぁ。
「全員、肘・膝の間接抜かれてますね。 ちょいやさー」
チラリと床の泥酔者もどきを一瞥、即時の診断を下すジオ。
そして、おおざっぱな動作での間接入れ。(ちょいやさー部分がコレに当たる)
開始から終了まで四秒かからず。
安易に魔法に頼らぬ、熟練の「技術」である。
伊達にビンタで瀕死を全快近くまで持っていく応急手当(応・・・急・・・?)の使い手ではなかった。
仮に自分がやったとしたなら、もう少し時間がかかるところである。
さて、思いの外に重症な連中への治療が恙無く終了したのはいいのだけれど・・・。
ちらり、とテーブルのシオン、レザードを見ると。
我関せず、な感じで黙々と飲み、食べている。
ああ、なるほどなー。
「何となく何があったかは理解した。 ひとまず隅にでも方付けとくわー」
どう考えても犯人が身内であるので、証拠隠滅作業を流れるようなコンビネーションでこなしていくことに。
・・・後からトボトボやってきた侍組にもご協力いただきました、せんきゅー。
しっかし。
いったいコイツら、何やって目立って絡まれて処理したんだろうなぁ。
犯人でなかったら介抱なり店の人やらなにやらに任せるくらいはするもの。
シオンもレザードも。
処理してゴミのように足下に放置って事は、つまりあれだ。
ドラキュラ元ネタな串刺し公のアレみたいな、見せしめ行為だコレ。
と、言うことは。
周囲に視線を投げるまでもなく気配視覚での、自称「空気読み」にてコチラに向けられる気配なんかを探ってみたら。
大半が無視。
時折チラリチラリと投げかけられる、恐怖、怖いもの見たさな好奇心・・・そんな感じのものが「見えた」。
ふむ、実に効果的じゃぁないか。
となると後は、何やらかしてどう絡まれたか、か。
「なに悪目立ちしてるんですか」
そして何ですかあの投げやりな間接外しは。 何カ所か靱帯と骨に傷入ってましたよ治しておきましたけど、と。
すでに着席したジオが大声で人数分のエール注文の語尾にそんな言葉を付け加えていた。
・・・肘・膝外してその程度だったら上出来でしょうに、と。
自分なんかは思うわけだが。
あれ、壊さないで外すの存外にムズいぜよ?
そんなこんなの推測やら何やらをしている間に、心的疲労困憊な侍組もゾロゾロと席に着き始める。
マックス、エイジは駆けつけ一杯、とばかりに乾杯も待たずにエールを一気に胃に流しこみ。
ナガは無言でレザードを抱き上げると自分の膝に乗せ座り直し。
エリスは空腹のあまり勢い余って皿まで噛みしめてしまって小さく悶絶していたりした。
さて。
んじゃ本日の夕餉と行きましょうー。
そういや自分等、昼抜き休憩なしだったっけ・・・。
腹にモノが入って幾分かの酔いも回れば、後はいつものお約束な「お前等どんな悪さやってきた? んン?」のお時間です。
「訓練の方はどうだったよ?」
「はじめの一歩が一番つらいんだよなぁ、あのテの特訓って」
すでに店売りエールから御米娘酒造謹製のピルスナーにシフトしていましてよダンナ。
それを水のようにカパッカパッと流し込みつつ聞いてきたシオンとレザードに、自分とジオはサムズ・アップして。
「「ギリギリ自力発動まで叩き上げ余裕でした」」
「「mjd!?」」
「・・・結果は本当のことだけど、あれを余裕と言われると首を傾げざるを得ない」
レザードの頭を挟みつつ、ナガが自分とジオを睨んできている気がしたけどきっと気のせい。
挟んでる物体を見てエリスが舌打ちしてるのはいつものこと。
大丈夫だ痴ロリン、お前には自分達にはもう無い「未来」とか「成長」が、ある・・・たぶん、恐らく、あったらいいなぁ・・・?
「技能1を得るまでが、何だかんだで辛かったな。 あとは、まぁ・・・余裕?」
良くオレの腕、弾け飛んだ気がするんだがと首を傾げるマックス。
余裕で腕ハジケる訓練って、えーと、なにさ? 等と曖昧な供述を繰り返しております酒が足りてないようなのでスピリッツ系ゴッツイのを直接注ぎ込んでみる、えいやさ。
瞬間的に、マックスの意識が途絶えた。
ああ、疲れがピークになったんだね。
・・・<解毒>ボソッ
「マックスが死んだ・・・」
まぁ、いつものことだね、と。
ビールをやめて燗酒にシフトしたエイジが他人事観察。
同士、実はマックス嫌いなのか・・・?
「そんなこんななので、もう一日くらい缶詰になれば終わりそうですね」
皆さん明日も頑張りましょうねー、と、にこやかに言うジオに、侍組は揃って嫌な顔。
あ、マックスは昏睡中。
んじゃ、そろそろお前ら二人の行状でも聞くとするかね、と。
自分達の視線は、シオンとレザード(その椅子、ナガも自然と視界に入るのが目障りといえば目障りだそうですエリスさんが。 一言どうぞ「乳欲しいなぁ」ありがとうございました)
シオンかく語りき。(レザードが即座に説明を諦めてシオンに振ったせいである。 わが友ながら相変わらずの酷さである)
二人は、予定通り朝から迷宮に入り浸っていたらしい。
その他大勢に邪魔されたくもなかったので、速攻一層を駆け抜けて、二層~四層ボスまでをグルグル回す安全圏ハムスターをしていたそうだ。
「陸上トラック競技してるみたいだったぜ。 殆ど走ってた気がする」
そんなことを言って茶々入れるのはレザードである。
すっかり長距離ランナー化しちゃってまぁ。
昔の体力無し時代が懐かしいな!
「ああ、そうだ聞いてくれよ皆。 コイツ気配視覚身に付けたらしくて、今回の迷宮マラソン、目隠しでずっと回ってやがったぞ」
こいつ人間じゃねぇ、と。
お前もなー、なシオンが言う。
何だかんだで一番尖ってるお前さんこそ「人間じゃねぇ」が相応しいと思うのは自分だけでもあるまいて。
「ああ、あれ、面白いな。 メリウやエリスがレーダー役やれるのが分かるわ」
流石にお前らほど高精度にはモノ見えなかったけど、薄暗い迷宮の中じゃ大雑把な物でも「見えて」ればもうこっちのやりたい放題だったゼェ、と。
嬉しそうにレザードが笑う。
この戦闘狂めが。
気持ちはわからんでもないけど。
面白いからなー、視覚関係の技能って。
気配視覚と魔力視覚辺りをそれなりに鍛えておけば、余程の強者相手でもなければ奇襲を受けることは無いからなぁ。
「で、流石に来た見た勝ったの繰り返しで心が死んでいってなー。 途中からは、無意識で回ってた」
一層パス、二層から虱潰し。
四層ボスをブチ殺して帰還、一層パスに戻る・・・。
そんなのを、延々と。
「宝箱とか漁ってる時くらいかねー、休憩入れたって言えば」
別段本気を出さなくても、大抵の連中は<先の先>辺りだけで殺れちゃうしな、とレザード。
強いて言うなら、三層四層のボスが若干固いんでそれなりに力入れたけど、と追加して言う。
「で、最後の周回終わって帰還ポータルから出た辺りで、あそこから出てくるワチキ等見かけたっていう連中がここで絡んできやがってな・・・」
二層目以降に進んでるっていうのを隠しておくか、という趣旨のもと、珍しい設備なので見学していた、きっと物陰に隠れて自分達が居たのに気づかなかったのでは? 程度でお茶を濁そうとしていたそうなのであるが。
余りにしつこく「何か隠してるんだろう」「きっと隠し扉があってその開け方とかだろう」「減るもんじゃないんだし教えろ」等と変な方向にエスカレートした挙句。
「で、さっさと吐きな、ソッチの綺麗な嬢ちゃん囲んでもいいんだぞ、と、レザード指さしてゲヘゲヘ言い出した瞬間コイツが」
レザードが一歩で、男達の中心に踏み込んだと思ったら。
腹、首筋への当身。
膝から崩れ落ちるのに合わせて膝抜き。
崩れ落ちる直前くらいの腕を捻って肘抜き。
が、絡んできた男達に情け容赦なく均等公平に炸裂した、と。
まっ先に当身で意識を刈ったのが、慈悲といえば慈悲だけど。
「ああ、そう言えばすっかり慣れてたけど。 レザード美形だったっけ」
よくよく見れば、ナガ椅子に埋もれているレザードの図も、仲の良い姉妹に見えなくもない、か。
中性的過ぎて、性別どっちと聞かれても悩むレベルではあるわなー。
目立ちすぎるからってフードとか被ってたんだったよなぁ、懐かしい。
何時ぐらいからだったっけ、被るの面倒になってやめたの。
「ま、そんな訳でな? ワチキは悪くないぞ?」
犯人はレザードです、と。
シオンは晴れやかな顔で、レザードの罪状を告白。
まぁ、そーだねぇ。
ぶっちゃけ起こり得ない事故が起こってシオンがガチギレした挙句に剣でも抜いたら、周囲が気づかない間に、それこそ、瞬き一つした間に。
その三人、痕跡すらなく・・・「消えて」ただろうしなぁ。
うん、シオンは悪くないね。(止めようと思えば止められたんだろうなぁ、とかは思うがな)
ついでに言うなら、まぁ、レザードも面倒なチンピラ処理しただけだから問題ないね。
強いて言うなら、瞬間的に意識刈っちゃったから、当人たちは目が覚めても何が起きたか理解していないというセンがあるけど。
・・・まぁ、また絡んでくるようなら、自分が「周囲にも解りやすいように普通の殴りっこ」でカタ付けるとしよう、うん。
・・・ナガ吉? 駄目だよ? その投げようとしたナイフはテーブルに置こうねー。
「で、今に至る、って感じだな」
ゴリッとツマミのサラミを齧って飲み下し。
シオンはそう、話を締めくくった。
ふむー、もーなんというか、資格制でも所詮は戦闘資格、人足出しと大差なしということかー。
チンピラ、多いねぇ。
でもまぁ、これで。
自分達が何かを隠してようが隠してなかろうが。
「絡んで脅して、ってのは今後無いだろうなぁ。 なにせ、こんな綺麗な子一人が瞬く間に荒くれ三人無力化したのを大多数の資格者が見てたんだ・・・しかも超手加減して。 そんなのの連れがどんな実力か、なんて聞くだけ野暮だって分かる奴には分かるはずだしねー」
そんな自分の、周囲に向けて喋ったような説明口調のセリフで。
空気読みで見えていた、恐怖と怖いもの見たさの視線が、ビクリと揺らいだ。
ちょっと面白いのは、無視を決め込んでいた連中もビクリと揺らいでるところだったりする。
・・・聞き耳立ててんじゃねぇよ。
「そもそも、絡まれても困るんだけどな。 連中に言った以外の答えはないしな」
本当のことを言っても嘘つくなとか言われちゃ心外甚だしいぜ、と。
嘘つきシオンが調子をあわせてHAHAHAと欧米笑いで乗っかってきたり。
そんな、白々しい空気が流れだした酒場にて。
・・・マックスは、未だ動かない。