思えばそれは違和感で
<世界樹前>到着から数日が経った。
メンツハウス地下の洞穴を住処として、時には村人の雑事を手伝い、時には無限袋の備蓄酒を売り払い、時には柵を破って進入してきた暴れ熊や暴れイノシシを撲殺したりした。
ああ、実に穏やか・・・そういえば全然魔物の姿、見ないなぁ。
野生動物は偶に遭遇して貴重な動物性タンパク質になっていただいているのだけれど。
そうそう、クエスト受けたり個人取り引きしたりと地味にゲームで大活躍だった掲示板が、存在しなかった。
ちょっとここがゲーム内だという仮説が揺らいだ・・・のかな?
良く似た世界説が最有力に躍り出た。
自分の適当な脳味噌じゃ、結局結論は出ないので。
ひとまず。
今を、生きることにする。
ひなびた村ではさほどの酒需要も見込めず(消費量が日に30リットルほども行けばいいほう、だそうで、現状の仕入れで充分すぎるとのこと)、喰うに困ったら換金してもらう程度でいいかなぁ、という現状。
仕方なくその他生活必需品作成や村周囲の柵の補強改造を行う自分工務店開業。
村に魔法を使う人を見かけないため、何となく技術だけで色々やってみている。
嬉しいことに周囲の鉱山は記憶と違わぬ位置にあり、かつ村人は知らなかったらしく手つかずで残っていた。
これにより金属の自給自足が可能となった。
鍋鎌鍬包丁・・・と、鉄製品を作成してお金にしてみる。
特に刃物は刀の製法で鍛造したので折れず曲がらずよく切れて、それなりに良い値段で引き取ってもらえた。
・・・仕事場を借りた、鍛冶屋さんに。
「そういえば、魔物の姿をまるで見かけませんけど、この辺りは討伐隊でも組んで魔物狩りでもしたばかりですか?」
技術を見込まれて鍛冶屋さんにてアルバイト中。
自分は何の気なしに鍛冶屋の親方に尋ねる。
「お? えーとな、ああ、お前さんが来る前日の夜とかに何匹か現れて、ちょうど巡回してきた兵隊さんにおっぱらわれてたな」
真っ黒になった手ぬぐいでスコールに突っ込んだような有様の汗をふき取りつつ答えてくる親方。
兵隊さんっていうと、ファーストコンタクトのあの人か・・・単騎で複数相手取ったんだ、やるねっ。
「へぇ、すごいですねその人。 お会いしてみたかったなぁ」
額に巻いた手ぬぐいを絞り、鉄分満点の土に水気をプレゼントしつついう自分に、親方が笑う。
「ははっ、会ってどうするんだい? 喧嘩でもふっかけるのかい?」
んなわけないかー、と自分の言葉にツッコミを入れて親方は昼にしようやー、と、店を出て向かいの食堂に歩き出す。
「お話を聞きたかっただけですよ、なにか忘れてる気がして」
はい、すぐ行くんで日替わり頼んでおいてくださいー。 と、大声出してみるが聞こえてるかどうか。
普段から鉄叩く音に耳を痛めているせいで、親方結構耳遠いんだよね。
・・・後でマッサージと称して魔法で治してみるかね。
働いた働いた、と、自分は村外れに建てた竹衝立の向こうへ。
先日大量に薪を作って積んでおいたので燃料には困らず。
煉瓦をモルタルで固めて作成された大浴槽・・・いや、それほど大きくないから中浴槽とでもすべきか。
その中へ、すぐ近くに掘った井戸から水をポンプで汲み上げ(ポンプレシピ買っておいて本当によかった・・・)、薪で湯を沸かし。
自分は衝立の入り口にのれんを掛けた。
<銭 湯 開 始>
ポツポツと家から仕事場から現れる、一仕事終えた村人達。
入り口にあるバケツに銀貨を放り込み、続々と衝立の中へ消える。
長く語ったが要は銭湯、である。
季節的にもまだ暑く、昼間の汗は不愉快で。
ひとまずイメージ的に100円程度の価値かな、と思う銀貨一枚にて利用できる外湯を作ってみたのだ。
案外好評のようで、自分も嬉しい限り。
さて、では自分も一風呂浴びますかい~、銀貨をバケツにダンク。
この一枚が、未来のスーパー銭湯へ続くのだっ、とか内心思ってたりするが今は心の中だけで叫ぶのみ。
一風呂浴びて、流水で冷やしたフルーツ牛乳(セルフ調合ドリンクバールール)をがぶ飲みして、同じく風呂上がりの村人達にまた明日、と手を振る。
さて、帰りつくまでがお仕事です、と、ブンブカ刀鎚を振っておっぱいおっぱい歌いながら家路を急ぐ。
あと閑話だが、帰り道ジェットは名曲。
一日の終わりはそっと愛の歌~とくらぁ。
そして上機嫌に終わるはずの一日にケチが付くのは、その数分後のことであった。
月明かりの下、通常視覚と気配視覚が捉えた光景。
人型武装集団の行軍と、血にまみれ息も絶え絶えに道ばたに転がる、見知った彼。
乗っていた馬は既に逃げたのか、馬具や馬の体の部品は転がってはいない。
普通一対多数は、こんなものだよね、と。
彼へのトドメに振りおろされた人型魔物の剣を。
<瞬間移動>で割って入って受け止めて。
ひとまず手加減なく、蹴り飛ばしてみた。
手応え(足だがね)充分、吹っ飛ぶ人型(不確定名)。
間合いさえ離せば、後はこちらのもの。
足下の血達磨に<白銀癒手>を振りおろし、後顧の憂いを絶ってから。
「推して、参る」
無限袋から愛刀を引き抜き、敵集団に向けて先制の横薙ぎ一文字<カマイタチ>。
灰剣士程の剣腕があったらこれで終わってるんだよなぁ、と苦笑いするのは仕方ないよね?
周囲は夜闇、星明かり程度の光源で動ける敵を鑑みるに暗視もちか。
となると、敵は・・・等と考えつつも、自分の足は一定リズムを刻み続ける。
あの器用お化け、こんなのを常に続けてたのか、と、一体だけの分身維持に必死扱いてる自分をあざ笑ってみる。
しかし、これで充分。
ブラーとかドッペルゲンガーとでも呼べばいいのか、ただ単に像をブレさせるというだけで、回避行動が歴然と楽になる。
開戦から数分経過。
既に集団の半数ほどは斬り捨ててみたが、一向に引く気配もなく。
仕方なし、と腹をくくると。
自分は永久化した魔法を、発動した。
気配の目で見た限りなら背後でグッタリしている彼は気絶中であろうし、もう面倒になってきてもいた。
風呂上りに運動させよってからに。
次瞬、まとめて襲いかかってきた人型武装集団は、自身の攻撃と同等の魔法衝撃を受け、自滅していく。
<報復>魔法結界。
相手の攻撃を吸い取りそのまま返還する外道魔法である。
野望その二として、長きにわたって金策を繰り返した末たどり着いた上級魔法であった。
個人的には「因果!」とか叫びたくなるけど自重した。
だから「応報!」は勘弁な。
「死にたくないなら手を出さないように」
ひとまず完全武装の小鬼集団だと見ぬいたので、小鬼語で注意を喚起してみる。
返答や、如何に?
「手を出さなかったら、通してくれる?」
この先にある村襲いたいの、と真っ直ぐな目でこちらを見てくる。
「大却下、決裂です」
もう帰れよオマ・・・・おま・・・ん・・・ああ、おまん食いたいなぁ、と現実逃避。
ちなみに生八ツ橋を饅頭状にしたものと思っておくれ。
閑話休題、ひとまず全殺し確定入りましたー。
ああ畜生言葉で意思疎通できても相容れないってのが世知辛すぎる。
更に数分後、十数体の敵性集団の沈黙を確認。
ミッションコンプリート、なんかくれ。
ひとまずそんなに大規模の集団でなくて良かった。
以前ゲームで一騎当千計画やった時の悪夢を繰り返さなくて良かった・・・数時間かかったんだよねぇ、あれ。
ともあれ、ひとまず気を失ってる兵隊さん・・・に気付けを。
「・・・もう訳がわからないよ・・・」
意識を取り戻した彼は、傷まぬ体、散らばる死骸、数日前見た不審者、のコンボにQBる。
「あー、ひとまずこんばんは、月が綺麗ですね」
ひとまずジャブとして挨拶してみる。
ってかこんなプロポーズわかるかよ夏目先生。
あとどうでもいいけど、今、月が本当に綺麗。
「あー、うー」
もう本当に何を言っていいやらという彼に、ひとまず手を差し伸べると。
「立ちません? あと、ボロボロ過ぎてすごい格好ですよあなた」
さしあたって村に行きませんか、と、立たせた彼を促して来た道を引き返し。
もはや無言になってついてくる彼に、言い忘れていたセリフを。
「改めまして数日ぶりです。 自分、メリウと申しますが、あなたのお名前をお聞きしても宜しいですか?」
そういえば何か忘れてるなぁ、と漠然とあった違和感。
単にファーストコンタクトの兵隊さんの名前、聞き忘れてたってだけのことだった。