暗転そこは密室で
死を想う。
生活を送るうちに、ただ慣れで生きていると感じたとき。
この世の誰も知り得ぬ、しかし誰にでも必ずくる未来を考える。
漠然とした未知への恐怖で、ダレた心に鞭を入れる。
死を想う。
今こうして生き、考えている自分自身は、必ず死ぬ。
物語でも他人事でもなく、確実に死ぬ。
死を想う。
死後には、何かあるのか。
なに食わぬ様子で目覚め、死という眠りに落ちる前とは違う「自分でない自分」として当たり前に生活していないだろうか?
死を想う。
一番救いがあるのは、何も無いことではなかろうか。
眠ったきり、それまで。
自分自身が居なくなる。
それで終わり。
実に後腐れ無い。
願はくば、そうであれ。
そう思って、瞼を開いた。
・・・考えることが出来ている時点で、それだけはないと分かっていながら。
地面に衝突して愉快グロ死体になったはずの自分は、今、自殺現場でない所にいる。
目を見開くと、そこは闇。
もし体があるのなら、と目が闇に慣れるのをじっと待つ。
果たして、目が、そこをうっすらと補足した。
密室、であった。
あちらに飛ばされた時のような飾り気無い密室・・・ではなく。
明らかな機会式の操作パネル、手では開かぬであろうスライド式のドア。
足下のカーペットに、天井のライト。
謎広告の貼られた壁面。
実に見覚えある、エレベーター内であった。
「どういうことだ?」
ひとまず室内を調べよう、と歩き回る。
まわろうと、した。
しかして、果たせず。
動くことが出来なかった。
そこでまたしても、疑問。
自分はどうやって、この密室の上下左右を見回した?
自分だけしかいない密室、闇色に固まったその場所にて。
自分は、死を、想わずには居られなかった。
瞬きした、と、思われる。
自分自身の体が有ったか無かったかすら分からぬエレベーター内で、なんとはなしに、瞬いただけだったと思う。
その一瞬で、闇色エレベーターは去り。
世界が形を取り戻した。
近くで誰かの泣く声が聞こえた気がする。
その後ろから、怒ったような声も、聞こえた気がする。
血なまぐさい風の匂いがする。
ぼやけた視界に真っ先に飛び込んでくるのは、どこと無く安心した感のする、友人の顔であった。
「蘇生、成功・・・・ですかな?」
ほぅ、と短くため息をつき、友人ジオが手を差し伸べてくる。
自分は無言でその手を取り、されるがままに引き起こされた。
蘇生・・・ああ、生き返ったのか、自分は。
「えーと、ありがとう?」
ひとまず、握ったままの手に力を入れて握手に移行。
そのままブンブンと振り回し、感謝の意に花を添えた。
「なぜに疑問系・・・」
苦笑いするジオの手を解放すると、先刻からイヤな予感がするジオの背後を覗き見た。
エリスとエイジが、超良い笑顔で、自分を手招きしていた。
意味もなく、死を思わざるを得なかった。
そんな訳で、殺られる前に殺れとばかりに。
ひとまず五体投地にて謝罪を敢行した。
即時謝罪が自分のジャスティス。
鼻柱がへし折れた気もしたが、外の人も言っている。
「超謝れ」と。
うおわぁ、と、自分の謝罪スタイルに慌てたのかエイジが愉快に声を上げる。
ぅひぃ、と、エリスも謎の吐息。
ふむ、ここはさらに畳みかけるべきだろうか。
自分は首周りから肩、腰、と体重移動を起こして地面に張り付いた状態から半回転、背中を地面に向ける格好に飛び上がり・・・ブリッジ状態に変形、エクソシストスタイル完成。
ギチギチギチ、と、虫じみたアクションを駆使してエイジとエリスに逆さの顔を向けると、満面に笑みを浮かべて謝罪の言葉を口にした。
「ゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイ・・・・」
やっぱり距離が遠いと謝意も遠いよね、と思い、カサカサカサカサ、と高速でブリッジ走行。
「うわキモッ!」というジオの声が聞こえたが、失敬な。
どう見ても最上位の謝罪スタイルではないか何もおかしなところはないクケケケケケケケケケケケケェー!
くふぅ、鼻血が気管に詰まって奇声を上げたようになってしまったっ、コレはいけない。
あと鼻血がたれて両目の外を縁取った挙句に額に向けて重力の導きに従ったせいで、見た目が超スプラッタな気がしないでもないけど自分は元気だからきっと大丈夫。
あれ、ちょ、なんで逃げるのエイジとエリスー。
さぁさぁさぁさぁ、自分からの謝罪を受け取るが良いよんン?
「静まれキチガイっ、破邪っ!」
泣き叫んで逃げまわる二人を追い詰めんがため手足を高速稼働させようとした刹那、ジオの雄叫びと共に自分に対して繰り出される鮮烈な切れ味のヤクザキック。
ブリッジ姿勢の後ろから、槍のような直蹴りが。
ぐちゅっ。
自分の股間を痛打した。
自分は、死にはしなかったけど、泡吹いて気絶した。
で、目が覚めると、そこは見知らぬ家屋内の模様。
その部屋の真中で、自分はガッチリと縄で拘束されていた。
何でさ?
「いや、何でと言われましても、自分の胸に聞けとしか」
自分の右爪先をしきりに気にするジオが、どうでも良さそげに答えてくれた。
あ、先刻潰された自分のボール二個が癒えてる、多謝。
超痛かったので潰れたままだったらオカマ言葉で通そうとまで思っていた。
そしてなにより、よく死ななかった。
二度目の死因、金的、にならずに済んでよかった。
「友人の正気を取り戻すためとはいえ、その股間を蹴り潰してしまった、死にたい」
感触がまだ残ってるんですががが、と、ジオが悶絶している。
あー、きっと生々しかっただろうねぇー。
「メリっさん・・・正気に戻ったか?」
そんな声をかけてきたのは、部屋の外へ通じると思われる扉の外。
うっすらと開いた隙間から、二つの左目がこちらを覗き込んでいた。
エイジと、エリスのようだ。
「失敬な、自分はいついかなる時も正常じゃないか」
蘇生した後の記憶が若干ないけど、きっと覚えてないってことは大したことはなかったんだよ。
・・・何故目をそらす、三人とも。
「い、いきなりっ、落っこちてきて血の池になって! 何やってるのこのバカ!」
半分涙目になって部屋に入ってくるエリス。
あー、ごめん。
流石にアレは自分も猛省です。
外の人補正があると思うのでトラウマまではいかなかったと思いたいけど・・・。
「し、心配したんだから・・・怖かった・・・」
半泣きから本泣きへと移行してしまったエリス。
頭でも撫でてあげるべきか、と思ったが、予想以上にガッチリと拘束されていて身動きが取れぬ。
仕方なく、アイコンタクトで同士に指示を飛ばした。
「よろしく同士エイジ」「了解同士メリウ」、とばかりに痴ロリン慰めるのをエイジに任せ、ひとまず外してもらうことに。
グスグスとしゃくり上げるエリスを見て心が痛むが、償いはコツコツとやらせて頂く方向でご勘弁を。
「で、どうでした? 一回死んでみて」
爪先の違和感から脱したのか、ジオが備え付けのベッドに腰掛けつつ聞いてくる。
「ん。 ひとまず、カラオケ屋のエレベーターに、戻った」
動けもしなかったし、自分以外箱の中にいなかったと思う、とも付け加えた。
ふむ、それは・・・謎な・・・、とジオが黙りこむ。
正直、自分も何がなにやら分からない、が。
「ひとまず。 ひとまずだけど、<蘇生>魔法が自分達にも有効なことが実証された」
こちらで死ぬと、こちらに飛ばされる前に居た場所へ意識が戻る、という情報も得られた。
コレが何を意味しているのかは、まるでわからないけど。
「ふぅーーーーーーー。 では、肝は冷えましたが。 情報取得感謝です」
ですが、今度はもう少し考えて死んでくださいね?と、釘を刺されて。
はい、と答えるしかない自分が、此処にいる。
魔法があれば、生き返る。
それはつまり、無ければそれまで、ということだ。
自分とジオは、基本死ねないか、と。
ガッチリと亀甲縛りに固められた自分は思うのだった。