3話目
「初めm「キャーッ、なんて可愛いのッ!! 華南ちゃんって言ったかしら?!」
取りあえずアバドンに連れて来られた手前、自己紹介をするべく言葉を紡ごうとした途端、目の前の憂いを含んだ魅惑的な女性。クソ兄貴の奥さんの機関銃並みの口調とそれに付加する形の仕種に思わず腰が退ける。そしてその退けたあたしの腰にさり気無く手を廻しアバドンがグイッと自身に引き寄せる。
「母上。叔母上が怯えてますよ?」
「え? あらごめんなさいね? あんまり可愛らしかったものだから。ついつい」
ついついってなに? ってか謝罪が疑問系ってどういう事よ。つうかお前もいい加減この手を離せ。
腰に廻してきたアバドンの手にあたしは+αを付けながらその甲を摘んだ。爪で思いっ切りギリリと効果音が付くんじゃないかという感じで。なのに全く変わらない。えぇ表情も態度も全く持って変わることないアバドンにそれならばと凶器と化したヒールで靴の上からその足を踏む。
お? どうやらこれは堪えたようだ。顔の表情は変わらなかったが体が少しだけ動いた。
「...母上、どうやら叔母上はあまりこういう場所には慣れていない様子。少しこの場を離れてもよろしいでしょうか?」
「そう? でも退場は諸侯にお披露目が済んでからにしてもらえるかしら?」
「分かりました。ちなみに母上、その紹介は私が行っても構いませんか?」
「あら、なにか思うことでもあるのかしら?」
「ええ、まぁ。父上はどうか知りませんが母上は間違いなく気に入ると思います」
含み笑いを浮かべるアバドンに対し、なぜか死刑執行に向かう死刑囚の心境に陥るのは何でだろう...あれか? 黒すぎる笑みを見た所為か?! あぁなんか精神的に疲れてきた。
「――今夜は急な催しにもかかわらず、公爵、侯爵、伯爵、並びに他の爵位を有するその方たちに感謝する。よくぞ集まってくれた」
朗々と声、高らかに宣言するはアバドン。そしてその隣に居るあたしに複数の視線が突き刺さって痛いです。しかも傷口をぐりぐりと広げられているような錯覚さえ覚えます。もちろんその視線が発する場所は綺麗どころのご婦人やご令嬢からで意味するものは当然何この女? 見たいな...あ、また刺さった。
あまりの視線に若干離れようとするのだがその度に引き戻されて尚且つ視線が突き刺さる。何この悪循環。マジ勘弁してほしい。死ぬよ? そのうち出血多量で死んじゃうよ? あたし...ってかまぁ実際血が出てるわけではないが心境的に死にます。何てそんな現実非難をしていたあたしを引き戻したのは割れんばかりの会場の響どよめき。それは四方八方から飛び交う怒声と黄色い悲鳴。つうかなんで黄色い悲鳴?
「本気ですかッ?! アバドン様!!」
「なに考えてんですかアバドン様ッ!? 考え直して下さいッ!!」
「うふふ、いい考えだわアバドン。これで可愛い娘が出来るのねぇ」
「いいか三度は言わぬ良く聴くがよいッ!! 先ほど言ったと通りこの女性は父上の妹にして我が叔母上。性はシノノメ名はカナン。そしてッ!!」
アバドンが言葉尻を切りあたしを見る。薄くて形の良い唇がゆっくり弧を描き――あれ? なんか寒気がするよ。いかんいかん。どうやら出血し過ぎたようだ。このままでは死んでしまう。
「――俺の婚約者だ!!」
...訂正しよう。出血死ではなくショック死しそうだ。