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025「魔人現る」

〈二〇二五年 七月二十四日 御加実市 Dekopoモール 深海区域(マリンエリア) ???〉



「────逃げて!」


 咄嗟にその言葉が出てきた。

 この場所自体を良く知らない、土地勘のない場所で戦うのはマズい。

 だが、どうにかこの三頭の怪物(ケルベロス)を足止めしなければ、普通に全滅もあり得る。



「私が殿を務めるから、走って」

 そう、先頭にも伝わる大きな声で言う。

 思ったよりも大きな声が出て、少し驚いた。

 先ほどもそうだが、人生でここまでの声は出したことがない。



「──────────っ」

 遠くに見えるノワ子の顔は、まるで惜しむような、無力に虚脱感の滲むようであった。

 だが、それを声に出している暇はないと悟ったのか、直ぐに走りだす。


「ん、問題ないっ!」

 本来その言葉は私なら言わない言葉、必要ないものだ。それでも、ノワ子のために喉が動き出したのだ。

 だが、その言葉は確かにノワ子をそして私を動かしたもので。


「……必ず、必ず後で追いつけ!これは王族の命だ!──よし、お姉さんと、一緒に行こう?みんなッ!」

 そして、両者は背を預け合う。

 レイはケルベロスに向きなおり、ノワ子は子供達を引率する。

 ノワ子に続き、青い顔をした子供たちも走り出した光景を見て、レイは踵を返す。



「─────」

 瞬間、レイの頭上から、ケルベロスの前足が振り下ろされる。

 危なげなく、寸前で交わしたレイは、さらにくり出された噛みつきを回避する。



 そして、二人の戦い(決死行)が火蓋を切った。



◆◇◆◇◆





「(────思ったより動きやすい。こっちは大丈夫そうだけど……ノワ子たちは?)」

 そう背後を一瞬確認しつつ、後方への宙返りでケルベロスの横薙ぎを回避する。

 ノワ子たちがすでにいないことを確認でき、胸を撫でおろす。


 レイの身体の年齢は九〜十歳ほどになっており、体重もかなり減っている。

 小柄になり、以前より身軽になったレイは、ケルベロスの猛攻を回避していた。

 その重力を感じさせない身のこなしに、ケルベロスは苛立っていた。


 

「(無事逃げれたっぽい。けど、問題はこのケルベロスじゃなくて軍服男)」

 そう、先ほどから軍服男は姿を見せない。

 トラップに引っかかったのにも関わらず、それを察知したはずの軍服男がいない。


「(次善はケルベロスに合流すること、そうすればノワ子たちは無事に逃げられる……)」

 最悪は、ノワ子たちと軍服男がばったり出くわすこと……だが罠が作動したのはこの場所だ。

 つまり、あの軍服男も駆けつけてくるのもこの大きい地下空間のような場所である。


 そう、睨んだレイだが、いくら時間を稼いでも軍服男は来ない。


 軍服男が来ないことが最善ではあるのだが、少し嫌な予感がする。

 彼女は思考しつつ、空を泳ぐようにケルベロスの合間を飛び跳ねる。

 振り下ろし、横薙ぎ、踏みつけ、ケルベロスの動きは単調で避けやすい。


 唯一、三つ首による連撃の噛みつきは、回避しづらく脅威だ。

 だが、わかっていればいくらでも回避しようはある。

 そんな判断をしつつ、レイは相手を蝶のように翻弄し、ケルベロスの体を利用してまるで煽るように攻撃を回避する。


 横薙ぎが放たれ、しなやかな動きで上に跳躍、噛みつきは身をひねることで回避する。二回目の噛みつき、これも相手の鼻を蹴って避け、地面へと跳躍する。横から噛みちぎるような、三回目の噛みつきがレイを薙ぐ。拳によって、顎の軌道を逸らし回避する。


「(ん、顔が三つあるのは厄介……前脚が六本なくてよかった)」

 そんな呑気なことを考えつつ、レイはより重要な問題を考える。

 先ほど、ケルベロスの目を蹴った足と、顔を逸らした拳を見る。


────骨は折れていない、しかし攻撃を継続できるか怪しいほど、ボロボロだ。


 ただ、痛みを無視すれば行動することに問題はない。

 

「(最初は、私の身体能力が、下がっていてケルベロスが固かったからだと思った……けど)」

 そう、それでもケルベロスに傷すらついていないのはおかしい。

 殴っただけの反動で、ここまで手傷を負うのも違和感だ。


「(ケルベロスの能力は……たぶん《反射》────ちょっと、マズいかも)」

 殴った威力とその反動が丸ごとレイに帰ってきている。

 手応えからそう判断できる。

 時間を稼ぐことには影響はしない……しかし、倒すとなれば脅威だ。


 そして、考察するレイは静かに撤退の準備をし始めるのだった。


◆◇◆◇◆




────レイと別れてから、ノワ子はあのケルベロス用に作られたであろう通路を抜けた。


 そして、人間用であろう通路に来ていた。


 というか、扉を隔てた空間はどう考えても駅としか思えない様相であった。

 しかし、具体的な駅名が書いてある看板や駅中の売店なども無い簡素なデザイン。


 明らかにこの世のものとは思えない怪談じみた駅に、私たちは迷い込んでいた。


「どうやってケルベロスをあそこへ入れたかは定かではないの」

 ここまでに、あの巨体が通れる場所は無かった。

 というか、最初に会った時は、もっと小さかったような気がする。

 これも、何らかの能力なのか…………何もわからない。


「盟友ならば、何か攻略の糸口を見出せたかもしれないが」

 とはいえ、彼女にそれはできない。

 ただの無力な一般人なのだ、そしてナギトもそのはずだった。


 正直、ノワ子は無力を悔いる暇すらなかった。

 ここまで、何とか気合いで来たが、すでにガタがきている。

 盟友を一人で活かせるよりは遥かにマシだったが、とはいえノワ子にできることなど……幼稚園児の引率くらいだ。

 

「ふ、職業体験で、幼稚園に言ったのがここに来て役に立つとは、まさに運命よな」

 まあ、本人の素質もあるので、明言できない。

 ただ、それでも確かにノワ子の献身も彼女たちをここまで連れてこれた一助ではあるのだ。


「────ノワ子?何ぶつぶつ言ってるの?」

「そうだぜ、ノワ子。バレないように黙ってようって言ったのオマエだろ?」

 そう、ルートとカルネの年長組が話しかけてくる。

 思ったより、怖がってはいないらしい二人だが、内心は分からない。

 

「ふ、妾の心根を透かすとは、やりおるな」

「……何言ってんだ、オマエ。あ、キキョウ姉が言ってたチュウニビョウってやつだな!」

「ちょ、ルートっ、何本当のこと言ってるの……!」

 子供の無邪気な一撃が、ノワ子の心に刺さる。

 流石に慣れたつもりでも、子供に言われると色々くるものがある。

 あとカルネが嗜めるフリして、トドメを刺しに来ているのがやばい。

 カルネ、あんた将来大物になるよ(適当)とノワ子は青い顔で遠くを見る。


 戯言はともかく辺りを見回して、ノワ子は頭を巡らせなければならない。


「────普通に、どこに行けばいいかわからん」

 ノワ子がいる、おそらく地下鉄の駅内であろう建物は入り組んでいた。

 そう、現実の駅であれば、少なくとも土地勘で出入り口の場所くらいわかるが……


「なあ、ノワ子……レイは、帰ってくるよな?」

「────うん、必ず帰ってくるよ。あの子は強いから」

「もう、ルートは心配性なんだから。レイちゃんも流石にケルベロスを倒すなんて思ってないだろうし」

 心配になったルートが、ノワ子にそう言った。


……そう、私よりもずっと彼女は強いのだ。


 まあ、返答したはいいものの、こちらが迷子になってしまっては意味がない。

 


「…………どこかに地図とかないか?」

「ないぞ?代わりに、出口と矢印が書いてある看板ならあった」

 それを先に言え、とノワ子は思ったが子供相手に言うのもどうかと思ったので黙った。

 とはいえ、これで一応なりとも出られそうだ。


「うむ、ならばこの先へ行けばここから出られるぞ!」

「ようやく、俺たちは出られるのか」

「ルートも静かに、見つからないように黙っていこうよ」

 そして、一行は地下鉄を進んでいく。

 辺りには誰もいない、何もない。


 まるで異界の迷宮の雰囲気が、とても不気味で────



「────おお、待っていたぞ……我が子らよッ!家出は終わり、すでに反逆の時は過ぎ去った。我が家へ帰ろうではないか!!」


────そして、そこに〝最悪〟が現れた。


◆◇◆◇◆



〈Dekopoモール 深海区域(マリンエリア) 三階 大広間前〉




「──よし、いくぞ。準備はいいか?」


 静かに、気の引き締まった空気の中、俺たちは確認をしていた。

 場所は〈深海区域(マリンエリア)〉の大広間の、入り口付近の壁前。

 本来であれば、家族連れなどで賑わう場所を、眺めて誰もいないことを確認する。


 ここは、他のエリアにも行けるゲートや、商店などの立ち並ぶ広間だ。

 そして中心辺りには、今は動いてないがプロジェクションマッピングで動くものに反応して絵柄が変わる床がある。

 子供に人気そうなものが映し出される人気スポットを、目前に俺たちは顔を合わせて確認を取る。


「────残りの電力はどれくらいだ?」

 俺はそう確認の為に問いかける。


「そうだな、ここに来るまで《機械猟犬(ハウンド)》はかなり使っちまったからな。良いとこ稼働六時間ってとこだな。わかりやすく言えば《砲撃役(キャノナー・ロール)》一発分だ」

「わかった、クアリはどうだ?」

「は、はい……結界自体は連続使用でもしなければ、休憩を挟んで使い続けられます。も、問題ないですっ!」

 クアリは決戦の気配に緊張気味らしい。

 まあ、特にキキョウなどはピリピリしてるからな。


「ま、アタシが軍服男を一発でのしてやるよ」

「いや、このままだと戦力が足りない。レイたちに合流すれば多少なりとも戦力が増える」

 リティアもいるだろうし。


「……ああ、少なくとも、()()()後方支援に徹してろ?」

「──そうだな、レイとの合流が最優先だ。それまでに、軍服男と会敵しても、戦わず逃げよう」

 今のまま、あの軍服男に当たっても勝ち目は薄い。

 レイと合流し、万全の状態で当たるのがベストだ。

 少し、キキョウの言い方が怪しいが、今は言及している暇などない。

 ただ、レイも幼女化を喰らっているので、戦力になるかは未知数だが。


「わかった。それで問題ねぇ……突入すんのはアタシからだ」

「わかった。その後にクアリ、俺で突入陣形は大丈夫か」

「わ、わかりました……がんばりますっ!」

 キキョウもなんだかんだいいつつ、飲み込んでくれるのは軍人らしい。

 クアリは意気込みは十分だが、少し肩肘張りすぎだ。


「クアリの結界には、もう十分助けられてる。ちょっとミスったくらいなら、キキョウと俺でカバーする。だから、むしろ俺がミスった時はすまんがカバー頼むな」

 そう、微笑んでクアリの緊張を解す。

 そう、彼女はそもそも非戦闘員である。

 彼女自体、本来はここにいない人材なのだ。


「────ナギトさん……ありがとうございます」

「…………お前なぁ」

 キキョウがこちらをジト目で見てくる。

 もしかして、勝手にキキョウを目算に入れたからだろうか。


「なんだよ、別にキキョウはクアリを助けるくらい普通だろ?」

「ちげぇよ……はあ、うちの可愛い癒し枠がこうも簡単に落とされるたぁ、な」

「き、キキョウ様……?落とされておりませんよ?」

 正直何の話をしているか、よくわからないがキキョウの緊張もどうにかほぐれたらしい。

 クアリは、顔を真っ赤にして俯いているが、どうやら緊張は解けた様子だ。



「──────動いた、レイの側が、だ」

 突如として、彼女たちが動いたことを察知する。

 マズいな、今動かれたら合流するのが遅れてしまう。

 

「チッ、あっちから動いてくれんのはありがてえが、タイミングが悪ぃな、まったく!」

「合流を最優先、クアリは俺で子供たちを保護、キキョウは道を切り開く……それでいいな!」


 そして、作戦を確認し合った俺たちはレイの元へと、一目散にレイたちの元へと向かうのだった




◆◇◆◇◆



「────どっちだ!」

 キキョウが怒鳴るように言う。

 ここで焦っては元も子もないので、冷静に、それでも急ぎながら情報を伝える。


「中心だ!俺たちから反対側に向かってる!」


 とにかく飛び出した俺たちは、広間の中心へと向かっていた。

 逆俺たちと方向に向かっているかもしれない、この契約(パス)での追跡はそこまでピンポイントには追えないのだ。

 状況としてはあまり良くないだろう、だがとにかく向かうしかない。



「──────中心にゃあ誰もいねぇぞ!?」

「ここまできてはっきりわかったが、レイたちは地下にいるっぽい、すまん!」

 そう、遠くからでは距離感しかわからなかったが、ここに来て、上下の有無がはっきりわかった。


「……チッ、《機械猟犬(ハウンド)》ッ!」

 キキョウは咄嗟に能力を発動する。

 機械の猟犬がナギトたちの目の前に現れ、地面を叩く。


「地下空間に繋がってる入り口がありやがる!空洞があるなら音は高くなる、お前らも探せ!」

「おう!」

「わ、わかりましたっ」

 まずいな、無論この状況もあるが、キキョウが焦っていることもそうだ。

 逃げている、と言うことは不測の事態があったのかもしれない。

 かなりマズい状況な可能性はあるが、少し焦りすぎだ。



「────多分ここだ」

 すぐに地面の音は高くなり、入り口がわかったことをキキョウに伝える。。


「──どけ!ハウンドでこじ開ける!」

 その声を聞いた俺は咄嗟に退き、そのまま後ろの機械の猟犬を見た。

 《機械猟犬(ハウンド)》の尾が、伸び俺の身長よりもずっと長くなる。

 ガシャン、と先が二股に分かれて、引っかかりそうな突起を探して辺りを探る。


 引っ掛かりを見つけたのか、そのまま床の模様であるタイルの引っ掛かりを挟み、上へと引く。

 少しの合間が空き、ゴゴと音をあげて四角く切り取られたような床扉が現れた。

 そして、床板は、挟んでいた尾で《機械猟犬(ハウンド)》が投げ捨てていた。


「────これが、隠し扉か」

 一辺、四メートルの大きな四角い切り口。そこには降り階段があり、地下に続いていた。

 先は少し明るくなっており、一応見渡せなくもない。


「………………行くぞ」

 キキョウは緊張感を高めるために、入口を見つつ、少し低めの声でそう言った。

 急がなければいけない……しかしここからは相手の本拠でもあるのだ。

 どこに罠が仕掛けられているかわからない、慎重に行くべきだ。



 そして、恐る恐る、だが焦りを感じる歩みで、キキョウは階段を下りて行った。

 それに続くように、俺とクアリは顔を見合わせ、階段を降りる。


 会話はない、ただ階段を見れば床はタイル張りのどこにでもあるような作りだった。

 壁は綺麗なコンクリ、天井からは文字のない案内板が光っていた。


 先を見ると、さらにタイル張りで階段よりも何段階か明るい。

 そして、キキョウは警戒しつつ、階段を降り切り、俺たちも彼女に続く。

 幸い、罠の類は無い。

 ここを察知されるとは敵も考えなかったのだろう。


「────駅、それもホームか?」

 そして、俺たちが降り立った場所は、駅のホームであった。

 俺たちから見て正面に、四つの線路と、乗り降り口があり、壁にはコンビニや券売機があった。

 電車自体は来ておらず、天井はない……そして、奇妙な色をした空が広がるのみであった。


「不気味な場所だな、リミナルスペースみたいだ」

「うう、ちょっと怖いです……」

 そう恐怖を覚えたクアリが、俺の服を掴んだ。

 いじらしいところもあるな、と思ったところで……キキョウが口を開く。


「別に構いやしねぇ、とにかく急ぐぞ────────」

 


────突如、目の前に扉が出現し、開いた。


「ん、おや、初顔だねぇ?君たち、どこから来たのかな?」


 その男は、白い道化師の化粧と、カラフルで二股に別れたスリープハット。胸を大胆に破いたような紫と黒の光る衣装で、白い襟首が波打っていた。ヒールのような細長く、とんがった靴を履いた奇妙な風貌であった。


 男はその可笑しな見た目とは裏腹に、まるで地獄の使者のような異様さと、不気味さを纏っていた。



「ま、どっちでもいいけど…………ようこそ、私たちのホームへ」


────────その男は、魔人のように口の端を歪め、嗤った。



〈Tips!〉

・謎の白塗りの男について

 全ては彼に端を発した。

 其は、全てを操る者。

 誰かが言った、彼を野放しにしてはいけないと。

 それでも、魔人は止まらない。


────天使の囁きの赴くままに。

 

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