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第八十四話 八雲(前編)

十人の忍と、二人の従者を従えた蜘蛛使いの八雲は、薄闇に沈む山小屋をじっと見据え、鼻で笑った。


「……どうやら、蜘蛛はあの小屋で孵ったようじゃのう」

「うーむ、残念じゃ。もっと手応えのある“大所帯”を期待しておったが……あれでは話にならん」


細い目をさらに細める。

その声音には期待外れの落胆が滲んでいた。


「あ〜もう良い!!

お前ら、中に入って皆殺しにして来い」


突然の命令に、黒装束の男たちがざわめいた。


「し、しかし八雲様。我らの任務は“偵察”のはずでは……」


「うるさい!!」


八雲の一喝が、木立の中に低く響く。


「あのボロ小屋を見てみい!! 一人の仲間が死にかけておるのに、こんな場所で匿っている。つまり、大した連中ではないという証よ!」


男たちは顔を見合わせる。


八雲は目を細め、小屋の中へと“気”を走らせた。


「わしが感じるに……中には、アジトに潜り込んでおった三人の娘どもと、男が一人。どれも小物ばかりじゃ。十人のお前らで十分すぎる相手よ」


「さっさと片づけ、後で報告すればそれで良い!」


黒装束の男たちは互いに視線を交わし、しぶしぶ頷いた。


「……本当に、それで良いのですな?」


「さっきから“そうじゃ”と言っておるだろうが!!」

「わしはさっさと終わらせて、帰って蜘蛛の世話がしたいのじゃ!」


「……承知しました!」


黒装束の男たちは、一斉に地を蹴った。

闇に溶けるように低く走り、影のように小屋の周囲へ散開する。


「わしはここで見張っておる。誰一人、逃がすでないぞ」


八雲が静かに呟く。


その言葉には、不気味なほどの自信が満ちていた。


十の影は、音もなく、小屋のへと迫っていく。


黒装束の忍たちは、合図ひとつなく散開した。

 次の瞬間!小屋の周囲に、いくつもの“闇”が静かに息づき始める。


一人は、地を這う蛇のように身を伏せ、床下の隙間へと音もなく滑り込む。

別の一人は、扉の蝶番のわずかな“呼吸”を読み、影のような指先で隙間を押し広げながら侵入する。

さらに二人、三人と、窓枠の外側に張りつき、夜気と同化するかのように静かに室内へ身を投じた。


彼らが目指すのは斬ることではない

退路を、すべて断つこと。


床下、扉、窓。

脱出できそうな経路という経路を同時に塞ぐように侵入することで、内部の者たちを完全に孤立させる。


忍び達は、混乱の一瞬を狙い撃ちにする。

敵が状況を理解する前に、声を上げる暇すら与えず

皆殺しにするための、完璧な包囲網。


小屋は、いつのまにか十の影に満たされ、死の静寂に支配されていった。


ドカッ!!

バシッ!!

スパッ!!


小屋の内部から、鈍い衝撃音と鋭い破裂音が立て続けに響いた。


やがて、静寂。


木の扉が、ゆっくりと、ギィ……と、軋みながら開く。


八雲は腕を組み、満足げに鼻を鳴らした。


「ふぅ……どうやら終わらせたようだな」


その瞬間だった。


バシャァァァァァッ!!!


 まるで桶いっぱいの水をぶちまけたような勢いで、黒装束の胴、手足、首が、開いた扉から滝のように撒き散らされた。


肉片が土の上に叩きつけられ、血飛沫が闇夜に舞う。

八雲の足元を、転がった腕がかすめていった。


そこに生者の気配は、一片たりともなかった。


十人の忍は

一息のうちに、何者かによって“狩られた”のだ。


血肉の雨が止んだ直後!

小屋の闇から、ひとつの影が静かに姿を現した。


踏み出すたび、大地が低く唸る。

その男の背にまとわりつくのは、獣が咆哮するかのような荒々しい“闘気”。


まさに、獅子。


八雲は息を呑んだ。


「ば、ばかな……! こ、小物の気しか感じなかったはず……!!」


男は返事の代わりに、鋭い眼光で八雲を真っ直ぐ見た。

怒気が微かに震える声で、静かに告げる。


「……お前も忍ならわかるはずだ」


男の名は、獅子丸。


「自らの“気”を隠すなど、容易い事よ」


その言葉が雷のように八雲の脳天を打つ。


「な、何……!? ま、まさか……わ、わしの秘術に……気づいておったのか……!!」


八雲の顔から血の気が引いていく。


獅子の闘気は、なおも膨れ上がり

夜気さえ震わせるほどの圧を放っていた。


「は、計ったな……貴様ぁ!!」


八雲は憤怒に震える声で叫び、獅子丸へ向かって両手のひらを突き出した。


次の瞬間!


ボンッ! ボンボンッ! ボンボンボンッ!!


立て続けに炸裂する気の爆ぜる音。

八雲の周囲に溢れ出した“闇の気”は、渦を巻きながら形を変え……やがて巨大な“影”へと具現化する。


それは、十日前、綾乃が死闘を繰り広げたあの大蜘蛛。

だが、今回は、七匹。!!


いずれも八尺を超える異形の巨体。

その八っつの眼が、獅子丸ただ一人を狙ってぎらりと光った。


「行けぇッ!!」


八雲の叫びに呼応し、七匹の巨蜘蛛が一斉に顎を開く。


 ビシャッ!!

 ビシュルルルッ!!


無数の蜘蛛糸が、あらゆる角度から、白い弾丸の雨のように獅子丸へ殺到する。


しかし!!

糸が届くより早く、獅子丸の姿は地上から霧散していた。


否、消えたのではない。


跳んだのだ。


 「くっ……蜘蛛ども! 上じゃ!!」


八雲は、叫ぶと同時に、彼自身は鎖鎌を振りかぶり、二人の従者は弓を引き絞った。


ヒュンッ! ヒュンヒュンッ!!

ビシュウゥッ!!


鎖鎌が唸りを上げ、鋭い矢が獅子丸めがけて夜空を裂く。


だが!!


獅子丸は空中で回転した。


風をまとったような身のこなしで、鎖鎌の鎖も、飛来する矢も、すべて弾き返していく。


金属音が星空へ散った瞬間、

獅子丸の手が腰の袋へ伸びた。


クナイが七本、閃光のように放たれる。


 ズバッ!ズバッ!ズバッ!ズバッ!

  ズバッ!ズバッ!ズバッ!


七匹の大蜘蛛が、同時にその動きを止めた。


放たれたクナイが、大蜘蛛の硬い頭部の甲羅を突き破り、脳天を粉砕していたのだ。


巨体がどさり、と倒れ伏すころには、

獅子丸はすでに着地していた。


すべては、まばたき一つの間に起きた出来事であった。


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