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第八十話 再会、獅子丸(参)



次の日の朝。

耳に心地よい風の音に混じって、小気味よい木の響きが届いてきた。


コンッ……

シュッ……

コンッ……。


一定の間隔を保ちながらも、どこか鋭さを秘めた音。

研ぎ澄まされた“型”の気配が、その一つ一つに宿っていた。


綾乃と蛇楽が、まだ静かな寝息を立てている中、

夜叉はそっと目を開ける。


(……あの音……)



夜叉は、身を起こした。


足音を殺し、音のする方へ、

夜叉は、その導きに抗えないまま、古屋の外へと足を運ぶ。


朝日が山の稜線からゆっくりと顔を覗かせた、その瞬間。


一人の男の影が、夜叉の視界に飛び込んできた。


それは、剣を振る獅子丸だった。


朝靄の中、木刀が描く軌跡は、無駄がなく、淀みもない。

踏み込み、振り、納める

その一連の動きは静かでありながら、美しく、空気を切り裂く鋭さを孕んでいる。


夜叉は、腹の痛みも、朝の冷えも忘れ、ただその姿を見つめていた。

一振りごとに刻まれる呼吸。

間合い。

殺気すら制御された、静謐な気配。


気づけば、時が経つのを忘れていた。


そして、


獅子丸の剣が、わずかに軌道を変えた、その瞬間。


夜叉の胸の奥で、何かが弾けた。


(……あ……)


忘れていたはずの景色。

忘れたと思い込んでいただけの記憶。


あの日の光と影が、

血の匂いと、剣戟の音が、


鮮明に、夜叉の中へと甦った。



ーーー


五年前

夜叉と、当時の相棒“風磨”は、任務に失敗し、穢れ骸骨の軍団に追われていた。


錆びた鎧を鳴らしながら徘徊する骸骨兵士たち。

腐臭を含んだ気配が、じわじわと草むらへと迫ってくる。


二人は、背を低くし、息を殺して身を潜めていた。


「……まずいな」


風磨が、唇だけを動かして呟く。


「完全に包囲されちまった。もう、逃げ場がねえ」


夜叉は、静かに周囲を見渡し、骸骨の配置と風向きを一瞬で測った。


「……ええ。ここに隠れていても、見つかるのは時間の問題ね」


短く息を吐き、夜叉は続ける。


「風磨。煙嵐を起こして」

「その混乱に乗じて、わたしが突破口を作るわ」


風磨は一瞬だけ歯を噛みしめ、すぐに不敵に笑った。


「……それしか、なさそうだな」


二人は視線だけで合図を交わし、同時に動いた。


――カッ! カッ! カカッ!


火打石が激しく打ち鳴らされる。

次の瞬間、風磨が大幣を振るった。


「――――ッ!!」


突風が爆発するように吹き荒れ、地を這う煙と砂塵が一気に広がった。

視界は奪われ、骸骨兵士たちは互いにぶつかり合い、隊列を崩す。


吹き飛ばされる者。

剣を振り回し、空を斬る者。

混乱の叫びが、骨の擦れる音となって響く。


その中心で、夜叉は、静かに面を被った。


瞬間、空気が変わる。


「ギイィィアァァァァァァァァ――――!!」


獣とも鬼ともつかぬ咆哮が、煙の中を裂いた。


――シュバッ!

――シュバッ!!

――ガキィン!!


風下から現れた夜叉の影が、骸骨兵士たちを次々と叩き砕いていく。

刃が走り、蹴りが骨を粉砕し、鎧が宙を舞った。


その背後から、風磨の放つ――石粒を混ぜた暴風が追撃する。


骨は砕け、隊列は完全に崩壊した。


「今だ、夜叉!!」


「分かってる!」


夜叉は、血と煙の中を疾駆した。

刃を振るい、骨を砕き、二人分の、生きるための“道”を、力づくで切り開いていく。


……だが。


唐突に、前進が止まった。


「……?」


踏み出そうとした足が、空を切る。

背後から、嫌な沈黙が落ちた。


「風磨……? なにを」


違和感に気づき、夜叉が振り返った、その瞬間。


――視界が、凍りついた。


風磨の胸を、巨大な槍が貫いていた。


背中から刺さった刃は胸から突き出し、血が、噴き上がることもなく、ただ、静かに滴り落ちている。


「……ぁ……」


風磨の口が、何かを言おうとして動いた。

だが、声は形にならない。


そして、その背後。


月光を背に、

巨大な骸骨馬に跨った影が、悠然と立っていた。


全身を覆う古びた甲冑。

兜の奥には、空洞の眼窩が二つ、そこに、不気味な青白い鬼火が揺れている。


――髑髏武者。


その存在だけで、周囲の空気が歪む。

雑兵である骸骨兵士たちとは、明らかに“格”が違った。


「……っ」


夜叉は、無意識に息を呑んだ。


皮膚が粟立ち、心臓が早鐘を打つ。

刃を握る手が、わずかに震える。


(……勝てない)


理屈ではない。

魂が、そう告げていた。


圧倒的な闘気。

近づくだけで、命を削られるような存在感。


――死。


夜叉が、それをはっきりと意識した、その瞬間だった。


ゴォォォォ――――ッ!!


突如、風上から、もう一つの、凄まじい闘気が、奔流のように押し寄せてくる。


骸骨兵士たちは、悲鳴すら上げる間もなく吹き飛ばされる。

蹴散らされ、砕かれ、空中で、分解されていく。


まるで、見えない巨槌で、まとめて叩き潰されたかのように。


無数の骨が、月明かりを反射しながら宙を舞った。


骸骨武者は、もはや夜叉の存在を忘れたかのように、

その“脅威”へと意識を切り替え、巨大な槍を構えた。


次の瞬間。


巨大な力と力が、正面から激突する。


――ガンッ!

――ドンッ!

――ズバァンッ!

――ガシュゥッ!!


衝撃が、夜気を引き裂いた。

地が震え、空気が悲鳴を上げる。


だが、決着は、あまりにも一瞬だった。


――バガァァァァンッ!!


轟音と共に、骸骨武者は、

騎乗していた骸骨馬ごと、粉々に砕け散った。


圧倒的な力の前に、存在そのものが否定されたかのように。


恐怖で、夜叉の面が、音もなく地に落ちる。


剥き出しの視界で、夜叉はただ、

その光景を呆然と見つめていた。






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