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第七十五話 封呪箱再び(陸)

八雲は、ゆっくりと呼吸を整え、不快な笑みを貼り直した。


「……へっ。分かりましたよ、清海様」


牙のような歯が覗き、口角が不自然なほど裂ける。


「それじゃあ、お望み通り、手早くやらせていただきやす」


その声は、始まりを告げる合図のように、低く、冷たく、闇へと溶けた。


「……」


八雲が、喉の奥で何かを転がすように、呪文を呟く。


次の瞬間!


足下から、ドス黒い殺気が、霧のように立ちのぼった。

それは“気”というより、悪意そのものが形を持ったかのようだった。


八雲は、地面へ掌を突き立て、

気を、叩き込む。


ドグゥン!!


大地が、心臓を持ったかのように脈打った。

土が盛り上がり、ひび割れ、内側から何かが押し出される。


カサササササ!!


這い出してきたのは、

黄色と黒のまだら模様を持つ、芝犬ほどの巨体の“蜘蛛”。


節くれ立った脚が地面を掻き、

濡れた甲殻が、鈍く光る。


ぞわり。


空気そのものが粘つき、

呼吸をするだけで、喉の奥に不快な甘さがまとわりついた。


八雲は、喉の奥から震えが滲み出るような声で、愉しげに告げた。


「さぁ……ここからじゃ。

誰を“選ぶ”か、決めな」


その言葉が落ちた瞬間、空気が、ぴたりと凍りついた。


「な、何を……!?

何をするつもりなんだ!!」


綾乃の声は、怒りよりも先に、焦燥と恐怖を孕んでいた。


八雲は肩をすくめ、薄く笑う。


「それは秘密よ。

種明かししてしもうたら……面白うないからのう?」


にたり、と歪んだ笑み。

その顔は、もはや人のものではなかった。

人の形をした“悪夢”そのものだった。


「ひ……ヒィィ……!!」


蛇楽の喉から、引き攣れた悲鳴が漏れる。

呼吸は乱れ、歯が鳴るほど噛み合わされ、身体は小刻みに震え続けている。

恐怖は、すでに限界を越えていた。


その沈黙を断ち切るように。


夜叉が、覚悟を固め、一歩前に出た。


「……それなら」


一瞬、言葉を区切り。

震えを飲み込み、はっきりと言い切った。


「……私が……!!」


「ま、待て!! それはダメだ!!」


綾乃の叫びが、張り詰めた空気を切り裂く。


夜叉は、ゆっくりと振り返った。

震える唇を噛みしめ、笑ってみせる。

その笑みは、あまりにも痛々しく

充血した瞳の奥には、今にも零れ落ちそうな涙が滲んでいた。


「綾乃……私は、貴方より五つも年上です……」


声はかすれていたが、言葉だけは、必死に整えられていた。


「……知らなかったのですか?

“年長者の言うことは、絶対”なのよ……?」


それは冗談めかした口調だった。

けれど、その裏にあるのは、覚悟だった。


自分より若い綾乃たちを守るため。

喉元まで迫る恐怖に、今にも押し潰されそうになりながらも

夜叉は、最後に残った“誇り”だけを支えに、そこに立っていた。


「へっへっへ……いい度胸じゃねえか、お前!」


八雲が、下卑た笑みを浮かべながら、じりじりと距離を詰める。

その手が伸び、夜叉の髪を、弄ぶように撫でた。


「だがなぁ……非常に残念なことによ。

すぐに後悔することになるんだけどなぁ?」


夜叉は、ぎっと八雲を睨みつける。

だが、意思とは裏腹に、全身が異様なほど震えていた。

堪えきれず、熱い雫が頬を伝い、地面へと落ちる。


「どうしたぁ? 泣いてるじゃねえか、おめえ!!」

「さっきまでの威勢は、どこ行ったよ。へっへっへ……」


嘲笑が、耳障りに響く。

それでも夜叉は、俯かなかった。

泣きながら、震えながらも、逃げなかった。


「いよっしゃ! 決まりだぁ!!」


八雲が、両腕を広げて嗤った。


「面の女!

お前さんに、犠牲になってもらおうじゃねえか!!」


「犠牲?!!!

 だ、駄目だ!! お願いだ!どうか許してほしい!

 どうか許して下さい!!」


悲鳴のような声と同時に、綾乃が夜叉を庇うように前へ飛び出した。

縄の巻かれた身体で、必死に夜叉の前に立ちはだかる。


「綾乃!!」


夜叉の叫びが届くより早く、


「邪魔だ!!どけぇ!!」


ドスッ!!


鈍く、嫌な音が響いた。


八雲の蹴りが、容赦なく綾乃の腹部に突き刺さる。

身体が宙に浮き、布切れのように吹き飛ばされた。


「ぐふっ……!!!」


地面を転がり、息が詰まったまま動けなくなる。


「俺様が決めたからには、もうゆるがねえ!!」


「虫ケラの分際で邪魔するんじゃねえ!!」


そう言うと、八雲は綾乃から視線を外し、背後を振り返る。


「じゃあ……そろそろ始めるとするか!!」

八雲は左手を挙げ、夜叉の方に四本の指をむけた


カサカサカサカサカサ!!


その合図に応じるように、黄色と黒のまだら模様が、蜘蛛は狂ったような速度で跳ね出した。


次の瞬間、

「――っ!!」


巨体が宙を舞い、夜叉の身体に覆い被さる。

重みと恐怖が、一気に押し寄せる。


蛇楽「ぎゃー!!夜叉ー!!」


蜘蛛の顔が、ぬるりと持ち上がり

夜叉の目の高さまで、ゆっくりと迫ってきた。


カチッ!!カチッカチッ!!カチッ!!


牙を鳴らしながら、八つの目で、夜叉を捉える。


その瞬間だった。


グサァァァーーッ!!!


「うがぁぁぁぁぁ!!!」

夜叉の悲鳴が聖堂に反響する。


マダラ蜘蛛は、お尻に生えた五寸ほどの巨大な針を

夜叉の腹へ、容赦なく突き刺していた!


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