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第七十一話 封呪箱再び(弍)

翌日。

綾乃たち三名は、川を跨ぐ細い石橋を渡り、対岸にぽつりと佇む“あの建物”へと向かっていた。

重く湿った空気が、じわりと肌へまとわりつく。


夜叉が足を止め、静かに警告する。


「建物へ続く道中にも、罠が仕掛けられている可能性があります。

 ……ここからは、慎重に進みますよ」


すると蛇楽が、ぱっと夜叉の袖をつまんで胸を張った。


「じゃあ、まずは、わしの蛇様達に偵察してもらおう!」


蛇楽の身体から“幻蛇”と呼ばれる半透明の小蛇たちが、ぞわり、と湧き出した。

数え切れないほどの蛇が地を滑り、ひとつの流れとなって館の方角へと這っていく。


夜叉は短く頷いた。


「頼んだぞ、蛇楽」


「まかせて! これから蛇様の視界に意識を合わせるから……しばらく集中させてね」


綾乃は、その異能の光景に目を丸くした。


「そんなことまでできるのか……! 蛇楽、お前ほんとすごいな!」


蛇楽は得意げに鼻を鳴らす。


「へへん、もっと言ってもいいんだよ?」


数分後。


「ん〜〜〜!?」


突然、蛇楽が眉をひそめた。二人が思わず身構える。


「どうした?」


 「道中には、うん、特に罠らしきものは見当たらないよ!」

 蛇楽の声が、ほんの少しだけ誇らしげに響く。


 「ただね……蜘蛛の巣が、もう、やたら多いんだよねここ……」

 「なんか、こう……背中がむずむずするような、嫌〜な感じがするの」


ぞくり、と背すじを走る寒気。

蛇楽自身もそれを振り払うように肩をすくめた。小さな震えが、その不安をありありと物語っている。


夜叉「……嫌な兆候ですね」


蛇楽は苦笑しながらも、ふっと目を閉じ、意識を深く研ぎ澄ませた。


蛇楽「うん、うん……まあ、大体こんなところかな?」

  「偵察は十分。じゃあ……蛇様たち、そろそろ戻っておいで〜!」


しん、とした森の奥から、ざわり、と草が揺れる。

そして、薄闇を切り裂いて数匹の幻蛇が戻ってきた。


「お〜い、みんな〜お疲れ様〜……って、あれ?」


蛇楽が首をかしげる。

戻ってきた蛇の何匹かの身体に、銀色にきらめく細い糸が絡みついていた。


「なにこれ? キラキラしてて綺麗……いや、なんか蜘蛛の糸っぽいけど!」


その瞬間、夜叉の瞳が、ぐっと鋭く細められた。


「まずい!! 敵に位置を悟られました!!」


「えっ……!」

綾乃の背筋が凍りつく。


「??? え、そんなヤバいの!?」

蛇楽だけが状況を飲み込めず、ぽかんと口を開けた。


その頭上、

ギィ……ギチギチ……と木が軋む音がした。


見上げた三人の視界を、巨大な影が覆う。


木の枝の間から、八尺を超える大蜘蛛が、きらめく糸を使い、ぬるり……と降りてきたのだ。


「ひぃっ!! で、でか……!」


大蜘蛛は、腹を震わせたかと思うと、

尻から白い糸を弾丸のように発射してきた!


「綾乃、伏せて!」

夜叉が跳躍し、空中で糸をかわす。


綾乃は反射的に蛇楽の腕を引き寄せ、後ろから抱え込むようにして地面を転がった。

頭上すれすれに、蜘蛛糸が放たれる!。


「うひゃーーっ!!嫌だ嫌だ嫌だ!!」

「あれに巻きつけられたら逃げ出せない!黙って伏せて!」

「ひぃっ!」


森の空気が一瞬で戦場へと変わる。


大蜘蛛の八つの眼が、ギラリと三人を捉えた。


大蜘蛛が糸を震わせながら迫る中、夜叉が低く叫んだ。


「ダメだ! 木々に囲まれたここは不利です、一旦、撤退しますよ!!」


「う、うん!!」

「に、逃げよう!!」


三人は一斉に駆け出した。

だが


「……っ!!」

夜叉の足がピタリと止まる。


綾乃も慌てて視線を前に向けた。


木と木の間に、いつの間にか無数の蜘蛛糸が張り巡らされていた。


「そんな……さっきまで何もなかったはずなのに!」

綾乃の声が震える。


蜘蛛糸は光を反射し、細く、美しく、強力な粘液が染み付いている!


「ハァーッ!ハァーッ!!」

夜叉が出歯包丁で切り払うも、


 べちょっ!


切断した糸は、包丁や腕に絡みついてくる。


「ダメだこのまま切り進めて行くうちに敵に追いつかれてしまう!!」


「そ、それじゃあ、私たち、蜘蛛に捕らわれた獲物って事じゃん?!」


蛇楽が半泣きになりながら叫ぶ。


さらに大蜘蛛が、木の上からふわりと舞い降りるように位置を変え、

三人の退路を完全に塞ぐように、追加の糸を次々と射出し始めた。


森はたった数秒で、白く輝く“檻”へと姿を変えていた。


蛇楽「……っ!! 夜叉お姉、これ、逃げ道ないよ……!」


綾乃は、胸の奥をきゅっと掴まれたように息を呑んだ。


目の前では、大樹ほどの脚を持つ《大蜘蛛》が、ずるり……と音を立てながら体勢を低くしている。

その八つの眼が、じっとこちらを見ていた。


夜叉「こうなったら、生きる道はただ一つ。あの大蜘蛛を倒すしか、ありませんね!」


夜叉は静かに腰を下ろし、ゆっくりと能面を持ち上げる。

面の裏に渦巻く怨念の気配が、空気を震わせた。


綾乃「待って!!」


鋭い声に、夜叉の動きが止まる。

綾乃は一歩、二歩と前へ進み、まっすぐ夜叉を見据えた。


綾乃「ここは……私にやらせてほしい」

「夜叉は、蛇楽を頼む」


夜叉「い、いいのですか……?! 相手は、強敵ですよ?」


夜叉の瞳に浮かんだ迷いと心配。

綾乃は小さく、しかし力強く、こくり、と頷いた。


綾乃(私が倒す。私がやらなきゃ)


綾乃は足元の土を蹴った。


大蜘蛛の巨大な影が覆いかぶさる中、

あえて真正面から駆け出し、自分自身を囮にして、敵の注意を二人から引き剥がすために。


風が裂ける。大蜘蛛の八つの眼が、ぎょろりと綾乃へ向いた。


戦端は、綾乃自らが切り開いた。






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