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第六十三話 静川村(陸)

「……ここら辺で、もう良いだろ!」


静川村の入り口

膿にまみれた頼重を運んできた男たちは、大八車を止め、露骨に顔をしかめた。


「まったく!! 一両って大金に釣られて、仕事を請け負ったが……

 臭えわ、汚ねえわで、とんだ目に遭ったわい!」

「ほんにじゃ!!

 呪われとる言われの館から、この薄気味悪い静川村まで運ばされてじゃぞ!

 一両あっても、割に合わん仕事じゃったわ!!」


「な、なんじゃと……!!」


頼重は憤怒に目を剥いたが


「ぐふっ!!」


次の瞬間、


ビチュッ!! ビチュッ!!


身体が痙攣し、またしても膿が弾け飛ぶ。


「グアァァァ……!!」


「うわっ、またか!!」

「ここまで来るのに、何度この膿を浴びたことか……

 なんぞ、もう身体が痒うなってきおったわ」


男の一人が腕を掻きながら、顔をしかめる。


「これが移らんように、帰ったら念入りに身体を洗わんとのう!!」


男たちは金を確かめると、これ以上関わり合いになるのを露骨に嫌うように、

吐き捨てるだけの愚痴を残し、大八車を引いて闇の中へと去っていった。


パチンッ!!


夜叉が、両手を打ち鳴らした。


「……さあ頼重殿、ここから先は、村の中心まで歩いてくだされ」



「……わかっておる」


頼重は歯を食いしばり、身体を震わせながら、ゆっくりと立ち上がった。


三人は、静川村の中心へと、ゆっくりと歩みを進めた。


「……グッ……グァァッ……!!」


頼重は、足を一本、前へ出すたびに身体を大きく震わせる。

膨れ上がったイボが耐えきれずに裂け、

ぶちゅりと湿った音を立てて、膿が地面へと滴り落ちた。


その度に、喉の奥から絞り出すような呻きが漏れる。

歯を食いしばり、脂汗を滲ませながらも、決して歩みを止めなかった。


それは逃げでも、虚勢でもない。

この地に決着をつけねばならぬ者の、必死の前進だった。


「……それにしても」


綾乃は、警戒を解かぬまま、周囲を丹念に見回した。


「この村……ほとんどの家屋が焼け落ちておる。

 人の気配も、まるで感じられぬのだが」


「ええ……」


夜叉は荒れ果てた景色に目を向け、静かに頷く。


「ここは、村というより……

 “かつて村だったもの”の、成れの果てですわね」


焼け焦げた柱、崩れた屋根。

夜風に揺れる灰の匂いだけが、静川村に残された時間の止まり具合を物語っていた。


「こ、この廃村には……おびただしい数の悪霊が……す、住み憑いておるのじゃ!!」


頼重は胸を押さえ、喉の奥から絞り出すように叫んだ。


「こ、この地の……グフッ! 忌々しい悪霊どもが……!

わ、わしに……このわしに、呪いをかけおったのじゃ!!」


苦悶に顔を歪めながらも、必死に二人を見据える。


「だ、だから頼む……!!

や、奴らを……邪悪な怨霊どもを……滅してくれい!!」


血走った眼で、縋るように言葉を重ねた。


「お主らも……蔵の中を、見たじゃろう……?

か、金なら……幾らでも出す……! グフッ!

出すから……! わしを……この、地獄のような痛みから……解放してくれい!!」


その必死の訴えに、夜叉は小首をかしげ、花が綻ぶように微笑んだ。


「あら……それなら、報酬は……あの反物でも、よろしくて?」


「なっ……は、はしたないぞ、夜叉!」


間髪入れず、綾乃が叱責する。


「まあまあ……綾乃は、少々お堅すぎますわねぇ」


くすりと笑う夜叉。その瞬間だった。


村の中心に広がる広場へ三人が足を踏み入れた途端、

それまで淀んでいた空気が、突如としてざわりと波打った。


「……っ!? な、何かが……湧いて……!!」


綾乃の視界に、異変が映る。

焼け落ちた家屋の影から。

ひび割れた地面の底から。

墨を流し込んだような黒い影が、じわじわと滲み出してきたのだ。


「……来る!」


綾乃は即座に指で印を結び、地を踏みしめる。


「結界!」


淡い光の膜が綾乃を中心に伸びていき、夜叉と頼重をその内へと押し込めた。


「動くな、二人とも!」


その光景を目にした頼重は、震える足で一歩前へ出る。


「現れおったなぁ……!! 邪悪な亡者どもめぇ!!」


怒りと怨嗟が、枯れた声に混じる。


「よくも……よくも、このわしを……!

家族を……この身を……こんな地獄に、貶めてくれおったなぁ!!」


これまで耐え忍んできた苦痛。

奪われ、踏みにじられ続けた日々。

そのすべてが怨嗟となり、頼重の叫びは夜の広場に木霊した。


その瞬間。


広場の中央。

血が幾度も染み込み、乾いては重なったかのように黒ずんだ地面が、ぬるりと脈打つ。


そこから、

ずるり、ずるりと、

三つの男の首が、浮かび上がってきた。


歪んだ表情。

虚ろな眼孔は空を仰ぎ、口元だけが、嗤うように裂けている。


同時に、村の至る所から湧き出していた黒い影が、次第に輪郭を持ち始めた。

腕。胴。脚。

かつて“人”であった形へと変わりながら、首たちの背後へと集結していく。


それが、はっきりと見えているのは、綾乃だけだった。


(……やはり……)


綾乃の背筋を、氷のような感覚が這い上がる。


一方、結界の内側にいる夜叉と頼重の目には、

幾つもの青白い光、人魂のようなものが、ゆらゆらと宙を漂っているようにしか映らない。


「……綾乃……あれは……?」


夜叉の声には、微かな不安が滲んでいた。


見えないからこそ、わからない。

わからないからこそ、恐ろしい。


綾乃は唇を引き結び、迫り来る怨霊の群れを真っ直ぐに見据えた。


これは、ただの祓いではない。

村そのものが、怨念となって牙を剥いている。


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