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第五十八話 静川村(壱)

京の都から外れた、山影に寄り添うような焚き火場。


火を挟んで向かい合うのは、

綾乃と、夜叉。

そして、案内人の権治だった。


夜叉は、焚き火越しの権治に静かに問う。


「それで……あの館で、何が起こっているのですか?」


権治はびくりと肩を震わせ、声を潜めたまま、何度も森の奥へ視線を走らせる。

まるで、闇に潜む何かに怯えるように。

「……あの館はのう。去年までは、この一帯を治める領主様がお住まいの、立派なお屋敷じゃった」


綾乃と夜叉は、言葉を挟まずに頷く。

二人の視線は自然と、山のふもとへと向かった。


月明かりの下。

沈み込むように佇む巨大な敷地は、闇に喰われた獣の骸のごとく、黒い瘴気を纏っていた。


「今じゃ、あそこに立ち寄る者は一人もおらん」

「……領主様がご乱心し、使用人も、家族も……次々に、皆殺しにしたからじゃ」


焚き火が、ふっと低く揺れた。


「その後……お上の者が話を聞きつけてな」

「領主様を拘束するため、人を送り込んだ」


権治の額に滲んだ汗が、火に照らされ鈍く光った。


「だが……館から戻った者は、一人も正気ではおらんかった」

「笑い、叫び……訳の分からぬことを喚き続け……やがて……」


喉を鳴らし、男は言葉を詰まらせる。


「……廃人同然になって、死んだ」


夜叉が、低く息を吐く。


「呪い……ですか?」


権治は、小さく頷いた。


「それだけでは終わらん」

「館から戻った者の家族まで……皆、倒れた」

「原因も分からぬ病に罹り、血を吐き、骨と皮ばかりに痩せ衰えて……」


震える声で、男は続ける。


「まるで……」

「館に足を踏み入れた者の“血そのもの”が」

「呪われてしまったかのようでな……」


沈黙が、焚き火を囲む三人の間に重く落ちた。


ぱちり、と。

焚き木が爆ぜる音が、やけに大きく夜に響く。


「それ以来じゃ」

「奉行所の調べは、途中で打ち切られた」

「記録は封じられ……地図からも」

「あの館は、消された」


焚き火が、ふっと大きく揺れた。


「なるほど……」


淡々とした声音で、夜叉は頷く。


「では、申し訳ないのですが、

 お約束通り、その館まで、案内していただけますか?」


権治は、思わず目を見開いた。


「……ああ、分かっとる」

「だがな、これは……命懸けの案内じゃぞ」

「本当に、報酬は、貰えるんじゃろうなぁ?」


試すような視線が向けられる。


夜叉は微笑みを崩さず、懐に手を入れた。


「もちろんです」

「ではまず……前金を、お支払いしましょう」


夜叉は、権治に五百文の入った袋を手渡した。


「...........」


ジャリッ、

権治は、夜叉の手からおもむろにお金を受け取り、中身を確認した。


「...........」

「仕方ねぇ、ついてまいれ!」


権治が、二人を連れて館に向けて歩こうとした、その時だった!!


焚き木から十尺ほど離れた闇の中に、

四つの影が、いつの間にか佇んでいるのが、綾乃には見えた。


侍姿の男。

その傍らに寄り添う女房。

そして、裾にしがみつくように立つ、幼い子供たち。


霊.....。


四人の霊は、縋るように綾乃を見つめている。

声なき声で、助けを乞うように。


綾乃は、彼らの方へ一歩踏み出した。


「……貴方達が」

「話にあった、領主様を拘束に向かわれたお役人の方と……そのご家族ですね」


侍の霊が、驚いたように目を見開く。

そして、必死の形相で叫んだ。


だが。


その叫びは、空気を震わせることすらない。

音なき言葉だけが、綾乃の胸に直接、流れ込んでくる。


「……い……い……ぐ、な……」

「……い、い、ぐ、な……」


ーー行くな。

――館へ、行くな。


綾乃は、その想いを受け止め、静かに微笑んだ。


「安心して下さい」


焚き火の橙色の光が、彼女の横顔を優しく照らす。


「今から、私達が……あの館を浄化してまいります」


霊たちの瞳が、わずかに揺れた。


「どうか、それを見届けて下さい」

「そして……成仏なさって下さい」


次の瞬間


ガタタタタタタタ!!


「おめえ!!」


権治は悲鳴に近い声を上げ、尻餅をついたまま後ずさった。


「おめえ!! おめえ、何を、何をしとる!!」


男は綾乃の視線の先を追い、闇の奥へと必死に目を凝らした。

だが、そこにあるのは、月明かりすら吸い込むような、ただの漆黒。


「……な、何と話しとる!!!」

「いったい……いったい、おめえら、何者だ!!」


顔を引きつらせ、恐怖に歪めたまま、じりじりと後ずさる。


夜叉ははっとして立ち上がり、慌てて二人の前に出た。

両手を広げ、敵意がないことを示すように、必死に声を落とす。


「お、落ち着いてくださいませ」

「私ども、決して怪しい者ではございませんから……」


しかし、その言葉は、すでに恐怖に支配された男の耳には届かない。


「お前もじゃ!!」

「その頭の後ろの……気持ちの悪ぃ面は、なんじゃ!!」


夜叉は思わず、能面に手を添えた。


「こ、これは……その……」


言い淀む夜叉を見て、権治は完全に錯乱したように叫び散らす。


「この薄気味悪い女どもめ!!」

「さっき……さっき言っとったじゃろうが!!」

「今、この館を“浄化する”とか……言うておったのう!!」


とんでもない相手に関わってしまった

その事実に、ようやく気づいたのだろう。


権治は血走った目で二人を睨み、喉を引きつらせながら、ぶるぶると震えて叫んだ。


「や、やめてくれぇ!!」

「わ、わしを……巻き込むでねえ!!」


その叫びに、夜叉は一歩前へ出る。

声を張らず、しかしはっきりと告げた。


「……わかりました、権治殿」

「玄関までで結構です」

「表門を通り、玄関の鍵を開けていただければ……」

「残りの報酬は、必ずお支払い致します」


しばしの沈黙。


やがて、権治は歯を鳴らしながら舌打ちした。


「……ちっ!」

「し、仕方ねぇ……」

「約束は、守れよ!!」


恐怖に怯えながらも、金への未練だけは、最後まで捨てきれなかった。

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