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第五十五話 斬黒と蛇楽(弍)

蛇楽は、三姉妹の末っ子として生まれた。

よく笑い、よく走り回り、村の誰もが可愛いと目を細める、そんな子どもだった。


家のすぐ近くには、白蛇を祀る小さな祠があった。

そのせいだろうか、蛇楽は幼い頃から、白く光るような蛇をたびたび目にした。

祠の周りに佇む姿は不思議と神々しく、蛇楽はどこか懐かしいものを感じていた。


――八歳の夏の日。


村は蒸し暑く、蝉しぐれが耳を刺すように鳴いていた。

家の前の道で、歳の近い子どもたちが集まって騒いでいるのが見えた。


「蛇楽〜!こっち来てみろよ!」


山太郎が手を振り、蛇楽を呼び寄せる。

顔見知りの仲間たちは、蛇楽を見るなり「きゃっきゃ」と笑い、いつものように迎え入れてくれた。


だが、その中心に置かれた竹籠を目にした瞬間、蛇楽の足は止まった。


「……え?」


竹籠の中には、二匹の白蛇。

つがいらしく、身を寄せ合うように絡まりあっている。

白い鱗は濡れたように艶めき、息を潜めるように震えていた。


だが、子どもたちはその美しさに気づくことなく

「うぇ〜、気持ちわりぃ〜」

「動いたぞ!ほら、突け突け!」

木の枝で無邪気に突き回していた。


その光景に、蛇楽の胸が焼けるように熱くなった。


「ダメぇぇぇぇ!!!」


反射的に叫び、蛇楽は竹籠へ飛び込むように覆いかぶさった。

全身で守るように、白蛇たちを抱きしめる。


「な、なにすんだよ蛇楽!」

山太郎が怒鳴る。

小吉も面白がるように顔を近づけた。


「まさかお前……名前に“蛇”ってついてっから、仲間なんじゃねーのか?」


小吉の嘲りが、胸に突き刺さる。


「違う!!」


蛇楽は声を振り絞った。

小さな体は震えていたが、その瞳だけは必死に白蛇を守ろうと燃えていた。


「みんなだって知ってるでしょ!あの祠……!!

白蛇様は、この村の守り神なんだよ!こんなこと、しちゃダメだ!!」


陽炎の揺らめく夏空の下、蛇楽の叫びだけが虚しく響いた。


しかし山太郎は、怒気を込めて歯をむき出しにする。


「うっせぇ!!これは俺が苦労して捕まえた蛇だ!返せって言ってんだろ!!」


蛇楽は震える腕で竹籠を抱えこむと、そのまま踵を返し走った。


息が切れるほど必死に、ただ白蛇たちを守るためだけに。


草むらまで駆け込むと、蛇楽は急いで籠のふたを開けた。


「逃げて……!早く……!」


白蛇のつがいは一瞬だけ蛇楽を見つめ、すうっと草むらの奥へ消えていった。


「せっかく捕まえたのによ……どうしてくれるんだよ!!」


山太郎の怒号が耳を裂く。


「みんな!こいつは“蛇”の仲間だ!

もうこいつとは口きくんじゃねぇぞ!!」


その日を境に、

蛇楽は村の子どもたちから、完全に仲間外れにされた。


小さな心は、ぽっきりと何かが折れたまま。


ーーーー


父・清五郎は、奉行所に勤める下級武士だった。

質素ながらも誠実で、家族を何より大切にする男。

蛇楽が幼い頃から「正しいことを正しいと言える人」それが清五郎だった。


その日の夕暮れ。

門が静かに開き、清五郎が帰宅した。


だが、その表情はいつになく硬い。


母・松美が心配そうに駆け寄る。


「どうしたのです、あなた……何かあったのですか?」


清五郎は深い溜息をつき、声を落とした。


「今日……奉行所の、とんでもない秘密を知ってしもうた。」


家の空気が、一瞬で凍りつく。


「奴ら……役場の連中が、百姓から基準以上の年貢を取り立て、

 それを役人同士で横流ししておった。」


「えっ……!」


清五郎は拳を握りしめる。


「わしにも仲間に入れと誘いがあった。だが、そんな腐れた真似……断ったわ。」


松美は顔色を失い、声を震わせた。


「大丈夫なのですか……そんなことをしたら……!」


長女・華楽がらくが、父の手をぎゅっと握る。


「お父様……立派です。私は、そんなお父様を心から尊敬しております。」


次女・貂楽ちょうらくは怒りに目を燃やした。


「そんな悪党ども、お殿様に直に訴えればいいのです!

 百姓を苦しめるなんて……絶対に許せません!」


清五郎はうなずいた。


「うむ……百姓たちは払う必要のない年貢をむしり取られ、

 そのせいで飢え、苦しんでおる。

 わしは……これを見過ごすわけにはいかん。」


その言葉に、家族は静かにうなずき、決意を固めた。


だが、それは、杉田家の破滅を決定づける夜でもあった。


ーーーーー


翌朝。

まだ夜明けの薄明かりが村を照らす頃。


伝吾「謀反人、杉田 清五郎並びに一味!!

 全員、いますぐ表に出い!!」


怒号が家を揺らした。


家族が驚き、外へ駆け出すと、

そこには、武装した奉行所の役人たちがずらりと並んでいた。


「な……なにゆえ……!」


清五郎が声を失う間もなく、役人たちは無慈悲に縄を投げつけた。


「おい!抵抗するな!」


「天下徳川への謀反を企てた大罪人め!」


あっという間に、清五郎も松美も、華楽も貂楽も……そして蛇楽までもが、荒縄で縛り上げられた。


伝吾「こやつは大罪人にして人をたぶらかす狡猾な輩よ。

 今後どんな虚言を吐くかわからん……

 この場で舌を切り取っておけ!!」


その一声に、蛇楽の心臓が凍りついた。


「や、やめ──!」


叫ぶ間もなく、数人の役人が一斉に清五郎へ飛びかかった。


「ぐああああああああああッ!!」


耳をつんざくような悲鳴が、村じゅうに響き渡る。

蛇楽は声にならない声をあげて叫び、涙が滲んだ。


長女・華楽は震えながら父を呼び続け、

次女・貂楽は怒りに目を血走らせた。


貂楽「……計ったな……!!」

「お前ら……最初からグルだったのか!!」

「なにが役人だ!なにが正義だ!!」

「お前ら、そんな者が……人間かぁぁッ!!」


伝吾が貂楽の頬を荒々しく叩きつけた。


伝吾「黙れ、小娘!!」

  「徳川に楯突く者は、老若男女関係なく、即刻死罪じゃ!!」


縄を締め上げられ、家族は次々と引きずられていく。


清五郎は血まみれの口元を押さえながら、

それでも、蛇楽たちを守るように背を張って立っていた。


敵意にも、嘲笑にも屈しない

蛇楽が見続けてきた“正義の父”そのものだった。


伝吾「連行せい!!」

  「こやつら一族、すべて奉行所へ連れてゆけ!!」


怒号と共に、役人たちは家族を無慈悲に引きずり出す。


蛇楽は必死に父へ手を伸ばした。


「とう……さ……っ!!」


その指先が触れることは、一度としてなかった。


そして

それが蛇楽の知る、“正義の父”と家族の最後の姿だった。





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