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第四十九話 生き神(玖)

 綾乃と斬黒は、必死に秘密通路を駆け抜け、荒い息のまま神殿裏へ飛び出した。


綾乃「斬黒! 追うぞ!!」


斬黒「で、でも……どうやって追うんだよっ!? あいつ、空に!」


焦りで声が裏返る斬黒をよそに、綾乃はすでに両手の指を素早く組み替えていた。


“狐の窓”の印。


綾乃はその印にふっと息を吹きかける。

次の瞬間、印から金と銀の光が弾け飛び、

夜の闇を裂くように二匹の巨大な狐の霊獣が現れた。


ひとつは月光のように白銀に輝く銀狐。

もうひとつは焔のように金色に揺らめく金狐。


綾乃「お狐様……どうか、力をお貸しください!」


綾乃の呼びかけに応えるように、銀狐がしなやかに身を伏せ、彼女を背に乗せた。

同時に金狐も、斬黒の前で鼻先を軽く当てる。


斬黒「ま、まじかよ……! オレも乗っていいのか!?」


金狐はまるで「さっさと乗れ」と言わんばかりに尻尾で斬黒の腰を押した。


斬黒「うおっ!? わ、分かったよ! 乗るって!!」


二人が背に跨がった瞬間!


銀狐と金狐は地を蹴り、天へと弾かれるように跳び上がった。


風が身体を切り裂くように吹き抜け、

神殿の屋根すら一瞬で置き去りにする。


夜空を駆ける二つの光の尾が、物怪の影を追って一直線に伸びていった。


ーーーー


蛇楽「ヒィ~~!! た、助けて~~~!!!」


蛇楽は物怪に両腕を掴まれたまま、

涙と鼻水と尿を同時に垂れ流し、もはや情けない悲鳴しか出てこなかった。


物怪「まったく……情けない娘ですねぇ。ですが、仕方がありません」

物怪「こうなった以上、数年間、あなたの身体を“代用”させていただきましょう」


黒羽の物怪は、蛇楽の身体へ侵入するための“宿り木”を選別するように、

蛇楽の首筋へ爪をゆっくりと伸ばす。


その瞬間。


上空から影が落ちた。


斬黒「おおおおおおおッ!!!!!」


斬黒は金狐の背から真っ逆さまに落下し、

刀をまっすぐ物怪の頭上へと向けていた。


物怪「!!!ッ!?」


違和感に気づいた時にはもう遅い。


ザクアアアアアッ!!!!


黒い羽がばらばらと散り、物怪は断末魔をあげる間もなく崩れ落ちる。

同時に重力に引かれ、斬黒と蛇楽も落下する。


綾乃「斬黒!! 蛇楽!!」


斬黒の落下点には、あらかじめ待っていた金狐がふわりと飛び込んだ。

見事な受け身で、斬黒を優しく背中に受けとめる。


斬黒「……た、助かった……!」


一方の蛇楽は、綾乃が必死に手を伸ばすも、


綾乃「あと少し……! 届かない!!」


蛇楽「ぎゃーーー!! お蛇さまーーーーーー!!!!」


その叫びと同時に、蛇楽の身体の中から、幻蛇たちが一斉にうねり出す。


数匹が綾乃の腕へ、数匹が蛇楽の身体へ伸び、

互いを結び合うように繋がり、一本の生きた“命綱”となった。


綾乃「つかんだ!!」


綾乃は幻蛇ごと蛇楽を引き寄せ、銀狐の背へ抱き留める。


落下は止まり、地面すれすれでふわりと浮かぶ。


綾乃「ふぅ……危なかった。ほんとにしくじるところだった!」


蛇楽「“しくじるところだった”じゃないわ!!

   こっちはマジで死ぬところだったんじゃあああ!!」


ーーーーー


地面へ叩きつけられた物怪の正体は、

二十年ごとに寄生する人間を取り替えながら己の命を繋ぎつづけてきた《大鴉おおがらす》の化け物であった。


その屍は、もはや生き物の形をなしていない。

黒羽は泥のように腐り落ち、骨と肉は境目を失い、濁った体液が土の上へじわじわと広がっていく。


まるで

村人を欺きつづけた“偽りそのもの”が、醜悪な塊となって転がっているかのようだった。


村人たちは、次々に膝を折り、震える声で呟いた。


「……これが、生き神の……正体、だったのか……?」


「いや……違う! 違うはずだ!!」

「こんな化け物が、神であるわけがないッ!!」


「だったら、俺たちは……」

「俺たちはなんのために……指を捧げ、娘を差し出し……」

「なんのために……なんのために信じ続けてきたんじゃ……!」


誰かの叫びが、境内の空気を決壊させ、嗚咽があちこちで噴き上がった。


その横で、お美代の両親、哲二と佳代が地に手をつき、崩れ落ちていた。


哲二「うぅ……! あの時……あの人達の言葉を、信じていれば……!」


佳代「お美代……! お美代〜〜……!!」


綾乃がお美代の両親へ視線を向けると、その背後に、お美代と玄二郎の霊が静かに立っていた。

二人は、もはや痛みも苦しみもない、穏やかな笑みを浮かべている。


霊たちは綾乃へゆっくりと頭を下げた。


直後、その身体はまばゆい光に包まれ、

桜の花びらのように、はらはらと散りながら、空へと消えていった。


綾乃「……安らかに……」


綾乃は胸の内でそっと祈りを捧げた。


やがて、村長・宗兵衛が、哀しみとも狂気ともつかぬ表情を浮かべ、村人たちに語り始めた。


 宗兵衛「……こうなってしまえば、話さねばなるまい。わしの家に伝わる、二百年前の伝説を……」


宗兵衛の声は、どこか壊れかけた木の枝のように力を失っていた。


「その昔、この地は貧困に喘ぎ、作物も実らぬ荒れ地じゃった。

 大飢饉の年には、多くが餓死し、放置された死体に鴉が群がった。

 そんな折、村一番の美しい娘が道端でのたれ死んでおった。村人達は、鴉が群がっておったので追い払おうとしたところ……

一羽の鴉が、娘の……口の中へ……入っていったのじゃ」


ざわり、と村人たちが震えた。


「すると、死んでいた娘が、息を吹き返した。

 娘は告げた、“我が名は、ハルヤ ”

 毎年、村人の指を捧げよ。二十年ごとに、美しい娘を差し出せ”。

 さすれば、この荒れ地は肥え、村は栄える……とな」


「そんな迷信、たまるか!!」

「その迷信のおかげで、どれだけの者が苦しんだと思ってる!!」


「宗兵衛!! その迷信を守り続けた、お前の家の罪は重い!」

「今すぐ村を出ろ! さもなくば、なぶり殺しにしてくれるわ!!」


怒号が巻き起こる中、宗兵衛はうつろな瞳のまま、ぽつりと呟いた。


宗兵衛「……安心せい。もとより、そのつもりじゃ……」


口元に浮かぶのは、涙か笑いか分からぬ歪んだ笑み。


「へへ……へへへ……」


その言葉が示すものを理解した者は、この時、ひとりもいなかった。



ーー綾乃たちが時次〈ときつぎ〉村を去ってから、三年が経ったーー


 今、この土地に暮らす者は、誰ひとりいない。


 長く村を覆っていた“大いなる穢れ”が討ち払われたことで、

 歪んだ加護もまた、完全に失われた。


 穢れが薄れた土壌は、ただの痩せた荒れ地へと変わり果て、田畑は枯れ続けた。

 虫害と疫病が重なり、人々は次々に倒れ、わずかに生き残った者も、この地を見捨てた。


 かつて祭りの声と笑いで満ちていた家々は、今や朽ち果てた骨のように沈黙している。

 虚ろな軒下を、冬の空っ風だけが寂しげに吹き抜けていく。


 この村に、再び灯りがともる日は、永遠に訪れない。



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