第四十七話 生き神(漆)
翌朝。
まだ朝靄の残る村に、祭り囃子と太鼓の音が突き刺さるように響き渡った。
ドン、ドン、ドン、ヒューリラルー、ドン、ドン、ドン、
まるで村全体を無理やり目覚めさせるかのような、異様に高揚した音色。
篠笛と太鼓の拍子に合わせ、、お美代の家に、村人達が総出で列を成して押し寄せてくる。
先頭に立っているのは村長・宗兵衛。
白い装束と奇妙な黒い鳥の面をつけ、まるで神降ろしの司祭のような雰囲気を漂わせていた。
その後ろでは、若い衆たちが重々しい神輿を担いでいる。
神輿には人が座れるほどの座席がつくられ、朱と金の装飾は、朝日を浴び、異様な輝きを放つ。
そして、先頭の宗兵衛が家の前まで辿り着くと、村人たちが声を合わせ、一斉に唱え始める。
「ハルヒヤ、ハルヤ……ヨモツノカゲヨ……
ワレラガコエヲ キキタマエ……
ミヅカラヲ ササゲ、イノチヲ ワケ……
イデヨ……クチナキ オモテナキ モノ……ハルヒヤ、ハルヤ……」
その響きは、祭礼の掛け声のようでもあり、呪言のようでもあった。
少しして、家の中から、お美代と家族が現れた。お美代は白装束に、宝玉の散りばめれた首飾り、そして何故か顔は、白い布で隠され、布には墨で“産神“と書かれている。
神輿の男達は、お美代の前に神輿を置き、お美代を乗せたあと再び担ぎ上げた。
「ハルヒヤ、ハルヤ……ヨモツノカゲヨ……
ワレラガコエヲ キキタマエ……」
そして、一行は、神社に向かって歩き始めた。
ーー蔵の中ーー
「どうするんだ綾乃!
このままでは、儀式が始まっちまうぞ!」
斬黒が焦りで声を荒らげる。
綾乃は首を横に振った。
「玄二郎の霊によると、この蔵には、外から鍵がかけられておるそうじゃ。
私も夜明けまで手を尽くしてみたが……どうにもならん。」
重苦しい沈黙が蔵を満たす。
その時、これまで俯いたままだった蛇楽が、肩を震わせながら口を開いた。
「……あ、あの……。
わ、私が……や、やってみる!」
綾乃は思わず目を見開いた。
「じゃ、蛇楽……! お前!喋れるのか!」
出会ってから初めて聞く蛇楽の声だった。
斬黒はにやりと笑って肩を叩く。
「おうよ蛇楽、やってみろ!
綾乃のやつは、ちぃと頼りねぇが、ここまで一緒にやってきて信用できる女子だ。
そろそろ気ぃ許しても良かろう。」
蛇楽は真っ赤になりながら、こくりとうなずいた。
「……う、うん、わ、わかった。
あ、綾乃殿……よ、よろしく頼む。」
そんな蛇楽に、綾乃は気持ちを察し、優しく微笑む。
「こちらこそじゃ。
私は、お前を決して傷つけん。
そして、もしお前に何かあったら、全身全霊で守る事を誓う。
ゆえに、安心してくれ。」
それは、蛇楽がかけて欲しかった言葉だった。
蛇楽は顔を上げて、にっこりと笑った。
そして、
蛇楽の身体から、幻蛇たちが次々と這い出し、空気をくねりながら漂い始めた。
蛇楽が囁くように声をかける。
「蛇様、蛇様……。
蔵の鍵を、探してくだされ。」
幻蛇たちは壁をすり抜け、そぞろそぞろとお美代の家の方向へ向かっていく。
斬黒は腕を組んで歯ぎしりした。
「むぅっ……!
こうしている間にも儀式が始まっちまう!
珠妃様の身が心配じゃ!!」
斬黒は蛇楽を振り返り、さらに声を張る。
「蛇楽!
悠長に、ゆっくり にょろにょろ している場合ではないぞ!
蛇どもに、もう少し急ぐよう、厳しく言いつけてくれ!!」
蛇楽は、ぷくっと頬をふくらませて言った。
「バカ斬黒!蛇様を愚弄するでない!!みんな、精一杯やってくれておるのじゃ!!」
綾乃「そうじゃ!今は、蛇楽の蛇様に託すしか手はない!
がたがた言わず、黙って見ておれ!」
「ぬ、ぬう……!」
斬黒は、女子二人を交互ににらみつける。
「打ち解けたと思うたら、もうこれだ!途端に 女子二人で結託 しおってからに!」
ぶつぶつ文句を言いながらも、斬黒は黙って扉の前に仁王立ちする。
その背中を見て、綾乃と蛇楽は小さく笑い合った。
ーーーー
神殿の前には、白銀の装束をまとった珠妃が静かに佇んでいた。
神輿の男達は、お美代を降ろし、珠妃の前へ立たせる。
珠妃は、布で前の見えないお美代の手を取り、優雅な微笑みとともに神殿の奥へと導いていく。
二人が神殿の中へと姿を消すと、神輿を担いできた若い衆たちは無言のまま、巨大な観音扉へ手をかけた。
ギィ……バタン!
重厚な扉が閉ざされる音が境内に響く。
緊張した空気が流れる中、異教神社の境内では、なおも村人たちが、なおも唱え続けていた。
「ハルヒヤ、ハルヤ……
ミヅカラヲ ササゲ、イノチヲ ワケ……
イデヨ……クチナキ オモテナキ モノ……ハルヒヤ、ハルヤ……」
その声は波のように神殿へと押し寄せていく。
扉をとざされた、うす暗い神殿の中、珠妃がそっとお美代の顔布を外した。
お美代は、目の前に立っている珠妃を見た!
透き通る肌、魅惑的で慈母に満ちた瞳、
そして不思議な事に、
珠妃の身体は、ほのかな、青白い輝きを放っている。
その美しさに、お美代は息を呑み、思わず見惚れてしまう。
だが、それはほんの一瞬のことだった。
珠妃が天井を仰ぎ、喉を震わせ始めた。
「……コ、ココココ……コココココ……」
それは言葉ではなく、何かを吐き戻すかのような、湿った小さな呻き声。
ボコッ!べゴッ!ベコココッ!!
珠妃の首は、音をたてながら徐々に変形していき、顔の大きさ以上に広がっていく!!
(いや……いやじゃ……!)
お美代はその異様な光景に、恐怖を覚え、逃げようと足に力を込める。
しかし、身体は石のように固まって動かない!!
声を出そうとしても、喉がきゅっと締めつけられたように一音も漏れない!!
そして!!!!
珠妃の口が、ばくり、と不自然に開いた。
その奥から。
鴉の足のように黒く、長く、鋭い爪を持つ“二本の腕”が、
天井に向かってぬめり、ぬめりと伸びていく。
「ハルヒヤ、ハルヤ……ハルヒヤ、ハルヤ……」
村人達の祈祷が繰り返される中、それは、ゆっくりと静かに姿を現した.....。




