第四十五話 生き神(伍)
神殿の裏手へ回ったその瞬間。
「っだあ!!」
バゴォッ!!
蛇楽の蹴りが、斬黒の尻に直撃した。
「いってぇぇぇ!! 何しやがる蛇楽!!」
振り返った斬黒に、蛇楽は顔を真っ赤にして怒鳴る。
「お前!な、何デレデレしておるんじゃ!! あのお方は、お前の母親ほどの歳じゃろうが!
それを、わかっておるのか!!」
斬黒はきょとんとした後、ニヤァと口の端を上げる。
「なんだよ蛇楽、今日はずいぶん強気じゃねぇか。
……お前、もしかして、焼いてんのか?」
「ッ!!?」
蛇楽の耳まで一瞬で真っ赤になった。
「ち、違う!! 違うに決まっておる!!
な、なにを言っておるんじゃバカ斬黒!!」
その瞬間だった。
蛇楽の身体から、目には見えぬ幻蛇が何匹もスルリと現れ、斬黒の身体に巻きつく!
「うおお!? い、いててて!!」
斬黒は締め上げられ、情けない声を上げる。
「や、やめろ蛇楽!! じょ、冗談だって!! 本気で締めるなぁぁ!!」
蛇楽はプイッと顔をそむけながら言った。
「……知らん! 次からは言葉を選べ!」
その時だった!!神殿の祭壇の方から、珠妃の悲鳴が響き渡った!!!
「きゃーーーーーー!!!!」
斬黒「!!!!」
「しまった!!珠妃様の、声だ!!!」
空気が一気に張り詰め、斬黒と蛇楽は同時に地を蹴った。
石畳を駆け抜け、祭壇へ飛び込む。
斬黒「珠妃様!!」
珠妃は祭壇の前で膝をつき、蒼ざめた顔で震えていた。
斬黒は思わずその肩を両手で支え、叫ぶ。
「珠妃様! ご無事ですか!」
珠妃「わ、私は、だ……大丈夫です……。でも……さっき、
祭壇の前にあれが!邪悪な怨霊が……!」
震える声音。今にも消えてしまいそうな息。
斬黒の目が鋭く光った。
斬黒「怨霊……? 悪霊がまた現れたのですか!」
その時!
蛇楽「ざ、ざざ……斬黒っ!! さ、さ……祭壇の“指”がぁぁぁ!!」
人前では無表情を貫くはずの蛇楽が、完全に取り乱し、尻餅をついていた。
震える指で、祭壇の方を指している。
「落ち着け、蛇楽。いつもの所作を忘れんな!!」
斬黒が蛇楽を嗜め、祭壇へ視線を向けた瞬間。
息が、止まった。
そこには!!!
山のように積み上げられた“切り落とされたばかりの指”が、
干し柿のように干からび、黒く変色し、じゅう……じゅう……と黒い湯気を立ちのぼらせていた。
斬黒「な!なんじゃこれは!まるで生気を抜き取られたようじゃ!!!」
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翌日。
綾乃はお美代を連れて人のいない林道を歩いていた。
「お美代殿。これから、ひとつ告白をいたします。」
唐突な言葉に、お美代は首をかしげる。
「……告白?」
綾乃は静かにうなずき、真っ直ぐ前を向いた。
「私は、幼き頃より“亡者を見る目”を持っております。」
「亡者……を見る、目……?」
「はい。今も、私達の前方を、一人の亡者が歩いております。
その亡者が導くままに、私はこの道を選びました。」
お美代の顔色が、みるみる青ざめていく。
「な、なんと恐ろしい……! なぜそのような行動をとるのです……!」
「理由はすぐにわかります。……」
綾乃はふっと歩みを止めた。
「見えてきました。あそこだそうです。」
指差した先。
村で最も高いといわれる“一本杉”。
その天を突くような巨木の先端に、
何かが、ぶら下がっていた。
お美代は目を凝らし、屍がぶら下がっている事を認識する。
そしてその屍がまとっている着物を見た瞬間、息を呑んだ。
あの柄!!!!
「……あ……あれは……!」
お美代の脳裏に、過去の思い出が走馬灯のように駆け巡る!!
お美代「玄二郎ッ!!!!」
悲鳴にも似た叫びが、朝の静寂に突き刺さった。
綾乃は、お美代の背に向けて静かに頭を下げた。
「……すみません。私は止めようとしました。ですが、
玄二郎殿の魂が、“封巫の儀”を前に、どうしてもあなたへ伝えておきたい、と……。
それで、やむなくお連れしたのです。」
お美代「玄二郎……ッ!!」
大きな一本杉に吊られたままの亡骸を見上げ、膝をつき、叫ぶ。
「なぜじゃ……! なぜこんな無残な姿に……!!」
綾乃「……!」
お美代は涙を拭いもせず、振り返る。
「だが……おかしいではないか!
玄二郎は、確かにお主ら《綾乃たち》をここへ導いたのであろう!?
それなら……どうして自らは……!」
綾乃はゆっくりと首を振った。
「だから申し上げました。私は、亡者が見えると。
私達を此処へ導いたのは、玄二郎殿の“霊”です。」
お美代「玄二郎の……霊……!」
「そして……」
綾乃は、お美代の背後へ視線を移した。
「今も……此処におります。」
風が止み、森の空気が凍りついた。
お美代の肩越しに、
綾乃の視線は、はっきりと“そこにいる誰か”を捉えていた。
綾乃は静かに口を開く。
「玄二郎殿は……命を落としてなお、あなたを想い続けています。
あなたのために、亡者になっても……こうして私達を此処へ導いたのです。」
風がわずかに揺れ、一本杉の枝がきしむ。
「どれほど……どれほどあなたを深く愛していたことか……」
お美代は、胸を抉られたようにその場に崩れ落ちた。
「う……うぅ……なんと……なんということじゃ……」
「玄二郎!! 玄二郎ぉぉぉ!!」
その叫びは山に吸い込まれ、こだまのように返ってくる。
綾乃はそっとお美代の隣に膝をつき、優しく言葉を重ねた。
「玄二郎殿の想いに報いるためにも……あなたは生きてください。
古い風習や理不尽な掟に心を縛られることなく……自分の人生を、しっかりと歩んでくだされ。」




