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第三十五話 京都 新たな世界(後編)

膳槽から託された、白晨狐神社びゃくしんこじんじゃの御神体の短剣。

その《御霊》が清正の掌へと移った瞬間、綾乃の胸に広がったのは深い安堵。

長き旅路、幾多の苦難を越えて、ようやく果たされた使命。

だが同時に、彼女を護り、共に歩んできた御神体との別れは、胸の奥を締めつけるような寂寥を残した。


綾乃は深く一礼し、静かに言葉を紡いだ。

綾乃

「……これにて、私の使命は果たされました。

それでは....これで失礼いたします。」


踵を返そうとする綾乃に、清正の声が鋭く響いた。


清正

「待ちなさい!」


綾乃

「……?」


振り返った綾乃の瞳を、清正は真剣な眼差しで見た。


清正

「膳槽殿の書状によれば、

白晨狐神社を焼き払う原因となったもの……

それは、“封呪箱”に他なりません。」


呼吸置き、清正は低く厳かな声で続けた。


「我が神社は、朝廷より下された御璽ぎょじを賜りし神域。

“御霊封じ”の大役を、我らが担い続けてきたのです。」


言葉と共に、清正の背後の神殿から、静かに流れる冷気のような気配が漂った。

その気配に綾乃は思わず息を呑む。


清正は厳しい面持ちのまま、綾乃をまっすぐ見据えた。


「綾乃殿!膳槽殿は、おそらくこの事を見越しておられたのでしょう。

今、“封呪箱”は各地で目撃され、先々で様々な災いを引き起こしております。

そして我が神社も、その件に関して、調査をはじめた所です」


清正はしばし綾乃を見つめ、その眼差しに静かな驚きを宿した。

「……お見受けするに、あなたの身体より、清らかにして膨大な霊力が絶え間なく溢れております。

数多の困難を越え、この旅路を無事に歩み抜かれたのも、まさしくその力あってこそ。」


清正は綾乃の瞳を正面から見据え、静かに言葉を紡いだ。


清正

「……此処で我らと共に暮らし、その力をお貸し願えぬだろうか。」


その声は決して強要ではなく、深い敬意と願いが込められていた。



綾乃の脳裏に、焼き払われた白晨狐神社の残像がよぎる。

膳槽と甚平に手をかけた鬼は討ったものの、彼らを操る本当の敵の正体は依然として闇の中にあった。

その鍵を握るのが、あの“封呪箱”。


そして、帰るべき神社も、共に生きた人々も、すべて失われてしまった。

今や天涯孤独の身となった綾乃には、身を寄せる場所さえ残っていない。


だからこそ、清正の言葉は、彼女の心に深く響いた。

その声は、失われたすべてを埋めるように、胸の奥へと沁み込んでいった。


綾乃は唇を噛み、しばし俯いた後、静かに顔を上げた。


「……こんな私でよければ……ぜひ、ここでお役に立たせてください。」



それを聞いた清正は懐から一振りの短剣を取り出し、綾乃の前へと差し出した。

それは鋼の片側が蒼白、もう片側が黄金のように艶めく、二色の光を宿した神秘の短剣であった。


清正「この剣は、姉妹の御神がひとつに還る証。どうか、そなたの手に。」


光を帯びる刃を見つめながら、綾乃の目に再び熱い涙が浮かんだ。



綾乃「わ、私のような者に……このような尊き宝を賜るなど!」

感極まり、言葉が震えた。


すると清正は、静かに頷きながら口を開いた。

清正「実は、昨晩のこと。わたしの夢枕に、この社の御狐様がお出ましになったのです。」


綾乃「……夢枕に、お狐様が……」


清正は神妙に目を閉じ、言葉を続けた。

清正「金狐様はこう告げられました。

『明日、この社を訪れる少女に二色の短剣を授けよ。明日より我は、白晨狐神社の銀狐と共に、この少女の守護にあたる』と。」


その言葉を聞いた瞬間、綾乃の胸にざわめくような熱が広がった。

使命を果たした喜びと同時に、さらに重き役目を背負わされたのだと悟ったからである。


清正「この剣は、もはやそなた自身のためのもの。これを、胸に抱き、歩みを進めてください。」


綾乃は深々と頭を垂れ、震える手で二色の刃を受け取った。

。その瞬間、短剣の鋼が淡く光を放ち、まるで金狐と銀狐の二柱が彼女の傍に立ち並んでいるかのように思えた。



狐たちの再会に場が清められたその時、空気をぶち壊すように斬黒が口を開いた。


「なーんかズルイよなぁ、お前! おいらなんざ、呪われた剣一本でやり合ってんだぜ?!」

そう吐き捨てるように言いながら、斬黒は腰の刀をぐいと引き抜き、しかし刃は見せず、鞘ごと綾乃の目線まで持ち上げてみせた。


たちまち、ぞわりと空気が淀む。

刀身が露わにならずとも、その封じられた邪気は濃密に漏れ出し、綾乃の肌を刺すように撫でていく。

「……なんと醜悪な……」

綾乃は思わず眉をひそめた。


「斬黒!」

夜叉姫がピシャリと声を飛ばす。

「ここは清正様の御前。はしたない振る舞いはお慎みなさい!」


「へいへい……」と斬黒は口を尖らせたが、どこか楽しげでもある。

そして、付き人の女は相変わらず、無表情なまま斬黒の後ろにたたずんでいた。


そんな三人を見渡しながら、清正はにこやかに声をかけた。

「まあまあ、よいではないか。」

彼の声音はあくまで柔らかで、しかし底に揺るぎない威厳を孕んでいた。


「綾乃殿、こちらは斬黒、斬黒の後ろにいるのが蛇楽、そして夜叉。これから、そなたと寝食を共にすることになる仲間じゃ。」


清正の言葉は告げるようでいて、どこか“定めを下す”響きを持っていた。


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