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第三十四話 京都 新たな世界(中編)

綾乃は目の前の女に鋭い眼差しを突き立て、憤怒の声を上げる。

「騙したな!!!」


ゴロツキも綾乃を見つけ、獲物を見つけた獣のように目を見開いた。

「なぁんだ!? お前はさっきの女じゃねぇか!!!」


綾乃が腰の刀に手をかけ、戦闘の構えを取ろうとした瞬間!

女が慌てたように手を広げ、困り顔で声を張った。


「待って! ほら、ちゃんとこれを見て!」


女の指差す先....木立に掲げられた一枚の古い看板があった。

半信半疑で綾乃が目を凝らすと、そこには確かに墨痕鮮やかにこう刻まれていた。


《清蓮神社》


「……これは……どういうことだ……?」

綾乃の眉が疑念に歪む。


するとゴロツキが怒りながら叫んだ。

「だから言ったろうが!! 《清蓮神社》に案内してやるってなぁ!!!」


綾乃が呆気に取られて立ち尽くしていると、手を引いて案内してくれた女がすっとゴロツキの前へ進み出て、軽やかに声をかけた。


「……さあ、斬黒ざくろくん。清正様を呼んで来て頂戴。」


「けっ……! 人使いの荒い女だなァ……!」

舌打ち混じりに悪態を吐きながらも、ゴロツキ...いや、《斬黒》は、女の指示に逆らうことなく神社の奥へと歩を進める。

その背を追うように、華奢な付き人の影がひっそりと続いていった。


境内に再び静けさが落ちると、女は綾乃へと振り返り、しとやかな笑みを浮かべて告げた。


「私の名は、夜叉。以後、お見知りおきを。」


「……わたしは綾乃じゃ。」

綾乃は険しい眼差しを崩さぬまま、周囲を見回した。

「それにしても、これほどまでに厳重な結界が張られた場所……初めて見た。そんな場所に、見ず知らずのわたしを案内するとは……大丈夫なのか?」


夜叉は扇を口元に寄せ、涼やかに笑った。

「何を仰います。あなたの身を包む霊気を見れば、一目瞭然ですもの。清らかに澄みきったその気配……あなたがこの神社を訪ねて来た意味など、おのずとわかりますわ。」


そして夜叉は一歩近づき、じっと綾乃を見つめた。

「ふむ……守護しているのはお狐様ね。それに、背後から漂っている……これは、子供たちの御霊……」


その声は、柔らかでありながらも鋭く心の奥をえぐるような響きを持っていた。

綾乃の胸に、言葉では説明できぬ寒気と、不思議な安堵が同時に走る。



しばしの時を経て、鳥居の向こうから足音が戻ってきた。

先頭に立つのは斬黒そして半歩後ろに付き人の女、更にその後ろには、神々しき気配を纏った一人の宮司の姿があった。


宮司は、長く流れる黒髪を肩に垂らし、狐を思わせる細い目元と鋭い輪郭を持つ。

白と紫の神主装束を端然と着こなし、まるで人と神の狭間に立つ存在のようであった。


「清正様! この女子でございます!」

斬黒が声を張り上げる。


宮司 清正は、唇に柔らかな笑みを浮かべ、綾乃を一瞥した。

「……ほぅ。これはこれは……」


その声に呼応するように、彼の背後から一筋の光が差す。

見ると、黄金に輝く美しい雌狐が姿を現した。

その毛並みは燦然と光を放ち、まるで雷光を宿すかのように神々しい。


綾乃が息を呑んだその時、ふと背後に涼やかな気配を感じる。

振り返れば、銀の毛並みを持つ狐が彼女の傍らに立ち、しなやかに尾を揺らしていた。

それは紛れもなく、綾乃を守護する銀狐の顕現であった。


そして二匹の狐は、まるで久方ぶりの旧友に巡り合ったかのように駆け寄り、鼻先を寄せ合い、身を擦り合わせる。

金と銀ーー光と月。

二体の霊狐が喜びを分かち合う姿に、境内の空気はひときわ神聖な輝きを帯びた。


綾乃「もしかして……この神社のお狐様と、わたしのお狐様は……!」


清正は微笑を浮かべて頷いた。

「そうです……二柱は、元来“姉妹”の守護神。

されど、百五十年前の騒乱により御神体は引き裂かれ、

互いに遠く隔てられてしまった。


……その銀狐様が、時を越え、我が社へとお姿を現されるとは、

まことに、驚くべきこと。」


清正は深く息を整え、しかし次の瞬間、その表情を曇らせた。


清正

「……まさか!!?白晨狐神社の膳槽殿に、何かよからぬ事が……!」


綾乃「清正殿これを!」

綾乃は懐から、膳槽のしたためた書状を取り出し、両手で清正に差し出した。

清正はそれを受け取り、眉を寄せながら一字一句を逃さぬように目を走らせる。

紙の擦れる音と、重苦しい沈黙だけが社殿に満ちた。


やがて書状を読み終えた清正に、綾乃は静かに口を開いた。


綾乃「その後……白晨狐神社は鬼の手によって焼き払われ、膳槽様も……討ち死になされました。」


清正「……そうでしたか。」


綾乃の声にはかすかな震えがあった。

彼女は懐に抱いていた布包みを解き、慎重にその中身を取り出す。

月光を受けてひときわ輝く、御神体の短剣。


綾乃「そして私は、この御神体をあなたにお渡しするために、遥々この神社へまいりました。」


そして、彼女はまるで幼子をあやすように両の手で短剣を捧げ持ち、清正へと差し出した。


清正は静かに目を閉じ、深く息を整えると、重々しく頷いた。

そして短剣を受け取る両手を差し出しながら、低くも力強い声で告げる。


清正

「……さぞや、苦難に満ちた旅路であったことでしょう。

その御心、確かに受け止めました。

謹んで、お預かりいたす。」



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