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第三十三話 京都 新たな世界(前編)

鬼襲来──白晨狐神社、炎上。

ただ一人生き残った綾乃は、御神体を胸に京都・清蓮神社へ。

だがその地で待つのは、新たな仲間と、逃れられぬ大いなる試練だった。

綾乃、京都にて


綾乃はついに京都の町へ足を踏み入れた。

石畳が連なる大通り、軒を連ねる茶屋や呉服屋、遠くに見える五重塔

古都独特の雅な香りが漂う。


しかし、胸の奥に抱えるのは期待ではなく焦燥だった。

膳槽が告げた《清蓮神社》という名を頼りに探し回ったが、どこを訪ねても知らぬと首を振られるばかり。

名のある神社ならば誰かが知っているはず…そう考えるほどに、答えのなさが不気味に思えてくる。


日も傾きはじめ、町中に提灯の赤い灯が揺れ始めたころ、綾乃は茶屋で再び尋ねてみた。

茶屋の女将も「そんな神社、聞いたこともございませんよ」と申し訳なさげに答える。

綾乃は軽く頭を下げ、諦め半分に暖簾をくぐったその時、


「……おい、嬢ちゃん」


低くざらついた声が背後からかけられた。


振り向いた綾乃の視線に映ったのは、一人の若い男だった。

年の頃は十八前後、獅子丸と同じくらいの年齢か。

しかし、獅子丸の精悍さとは対照的に、男は背を少し猫のように丸め、担いだ刀を無造作に肩に引っかけている。


その目はギラギラと血走り、獲物を探す獣のような光を放っていた。

頬はこけ、無精髭が薄汚れた顔に影を落としている。

着流しも袖がほつれ、帯は緩みきっていて、まるで牢から出てきたばかりの浪人のようだ。


そして、その男の後ろに控えていたのは、華奢な女性だった。

女は男の半歩後ろに寄り添うように立ち、目を伏せている。

色白で細身、髪は長く艶があり、清楚さを漂わせるが、どこか無表情で死人のようにも見えた!


胸の奥に嫌悪感が走る。

男は理で語る相手ではない、刀と血でしか己を証明しない類の人間だ。その確信が綾乃の背筋をぞくりと冷やす。さらに、肩に担いだ刀からは、常軌を逸した量の邪気がほとばしっていた。風がそよぐたびに、刃の冷たさが肌に刺さるように感じられる。関わってはならぬ、と綾乃は内側で強く呟いた。


「嬢ちゃん!今お前、《清蓮神社》とか言ったよなぁ!」

男が声を張り上げる。声には下品な自信と、獣のような嗜虐の輝きが混じっている。薄笑いを浮かべ、片手で刀の柄を指先で弄ぶようにして綾乃を誘う。


綾乃は男を一瞥して、冷ややかに返した。

「お前には、聞いておらぬ。」


男の笑みが少し歪む。男は舌打ち混じりに喉を鳴らすと、不遜に肩をすくめて続けた。

「なんだ!? その態度は! オレ様が親切に案内してやろうってのによォ!!」


綾乃の目がさらに細くなった。周囲の客が何気なくこちらを見やる気配がする。だが綾乃の声は低く、刃のように鋭い。

「どうせ、人気のない所へ連れて行って、脅して金目の物でもたかるつもりじゃろう。今すぐわたしの前から消え失せろ。」


男の顔に怒気が走る。

「なんだと!! 女だと思って聞いてりゃあ生意気な口ききやがって!!」


その時!!!

綾乃の腕を、するりと冷ややかな手が掴んだ。

振り返れば、そこに立つのは、艶やかな絹の着物を纏った一人の美しい女。

雪のように白い肌に紅を差した唇、凛とした目元、その姿はまるで都の舞姫のようであった。


だが、次の瞬間、綾乃は息を呑む。

女の後頭部には、白く冷たい能面が、まるで生き物のように貼り付いていたのだ。

能面の眼孔は、背後を見据え、不気味に光を宿している。


さらに綾乃の眼には、その能面から黒い影のような「無数の手」が伸びかけては引き戻される様が映った。

何者かが内から這い出ようとするのを、強烈な封印の力が強引に押し止めている……そんな異様なの気配だった。


「こっちよ! ついて来て!!」

女は紅を差した唇で叫ぶ。

その声音は焦燥と優美さを併せ持ち、不気味な面の存在とあまりに対照的で、綾乃の心に不安と好奇心を同時に呼び起こすのだった。


次の瞬間、竹林に甲高い怒声が響く。

「待て!! まちやがれぇぇっ!!」

先程のゴロツキが狂犬のように喚き散らす声だった。


女は綾乃の手を強く引き、竹の合間を縫うように駆け抜ける。

綾乃の草履は土を蹴り、息が乱れる。それでも女は振り返らず、ただ前だけを見据えて走り続けていた。


(もう十分に距離をとったはず……! なのに、なぜまだ走るのか!?)


綾乃は息を切らしながら女に問う。

「い、いったい……どこへ……?」


女はちらりと振り返り、紅い唇に微笑を浮かべた。

「清蓮神社に行きたいんでしょ? 

 私が、連れて行ってあげる!」


綾乃の胸がどよめく。

「清蓮神社をご存知なのですか?」


女は前方を指さし、なおも駆け続けながら答える。

「もうすぐよ……!」

 

果てしなく続く竹林の中を駆け抜けた先、

ぽつりと、場違いなように佇む一基の鳥居が姿を現した。


それ以外には何もない。

社も祠も見えぬ。ただ竹が風にざわめき、薄明かりの中に鳥居だけが浮かんでいる。


綾乃の胸に、不吉な直感が走る。

(……まさか……わたしは騙されたのか?)

不安が喉を締めつけ、思わず足を止めかけたその瞬間!


「こっちよ!」

女は一切ためらうことなく、綾乃の手を強く引き、鳥居の内へと導いた。


くぐった刹那。


竹林は霧散し、目の前に、漆喰の白壁に朱塗りの欄干を備えた、堂々たる伽藍が忽然と姿を現した。

瓦屋根が幾重にも連なり、鐘楼と山門が厳かに並び立つ。

つい先ほどまで、影も形もなかった神社が、まるで夢から醒めたかのようにそこに在ったのだ。


綾乃は息を呑む。

「……これは……幻術……?」


女の横顔には微笑が浮かんでいる。

その笑みは導きの慈悲か、それとも罠の序章か!判別できぬまま、綾乃はただ佇むしかなかった。


清蓮神社の山門へと足を踏み入れようとした刹那!

背後の鳥居がぐらりと揺らぎ、空気を裂くように二つの影が結界を破って侵入してきた。


その姿を目にした綾乃の心臓が凍りつく。

「……!!!」

現れたのは、つい先ほど街中で言い争いとなったあのゴロツキと、その背後に寄り添う華奢な付き人だったのだ。

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