第三十二話 修行の終わり、獅子丸との別れ(後編)
綾乃「そうであったか……。
わたしは鬼に追われ、お前は昔の仲間に追われておる。
……なんだか、似たもの同士じゃな。」
(綾乃はかすかに笑みを浮かべるが、その瞳には一瞬、深い哀しみが宿る)
獅子丸「ふむ……似たもの同士、か。」
(しばし沈黙したあと、いつもの豪快な笑みを浮かべる)
獅子丸「綾乃!!もしかしたら忘れておるかもしれないが!
お前の修行は、まだ終わってないぞ!!」
綾乃「えっ……!」
獅子丸「体調が戻ったなら、明日から再開だ!!
手加減はしないからな!!」
(綾乃は少し呆れたようにため息をつくが、すぐに口元をほころばせる)
綾乃「そ、そうであったな……。
よろしくたむ、師匠殿。」
(焚き火の炎がゆらめく。
二人の影が壁に並び、まるで“師と弟子”というより、
“戦いの宿命を共に背負う仲間”のように見えた。)
ー7日目の夕刻ー
獅子丸は、夕陽に照らされた森の中で静かに口を開いた。
「綾乃、今だから話すが、本当はお前に教える事は、五日目、あの鬼を倒して来た時点で、もうすでになくなっていた。」
獅子丸はふっと目を細め、どこか寂しげに微笑む。
「だが……お前と共に過ごす時間が、あまりにも楽しくて。一刻も早く目的を果たしたいお前の気持ちを知っておきながら、つい、己のわがままで、お前の出発を引き延ばしてしまった。」
大きな獅子の瞳に、寂しさと温もりが入り混じる。
獅子丸は、綾乃の前に正座すると、その美しい身体を折り曲げ、深々と土下座をした。
「この通りだ!……本当に、すまなかった!」
あまりの突然の行動に綾乃は慌て、思わず声を上げる。
「待て待て獅子丸!わたしはお前に感謝することはあっても、謝られるような事など何一つないぞ!」
「!!!!……本当か?」
獅子丸は顔を上げ、犬のような上目遣いで綾乃を伺った。
綾乃はしっかりと頷き、笑みを浮かべる。
「本当だから、さあ立ってくれ。
.....それに.....わたしも、獅子丸との修行の日々、本当に楽しかったぞ!」
「お?そうか!?そうだろ!!そうだろ!」
獅子丸は尻尾を振りそうな勢いで声を弾ませた。
「なんなら、これからもずっと……」
獅子丸はそう言い、思わず手を伸ばしかけたが、途中で動きを止める。
「……いや、なんでもない....。今のは忘れてくれ。」
そして、獅子丸は仁王立ちになり、胸を張って言い放った。
「次が最後の手合わせだ! 最後だから、お前に俺の全力を見せてやる! お前も!お狐様の力、子供達の霊の力、すべてを使って俺に挑んで来い!」
綾乃は目を閉じ、心の中で仲間たちに問いかける。
(よろしいでしょうか……?)
狐〈仕方がありませんね〉
子供たち〈いいよ! みんなでやろう!〉
綾乃は目を開け、力強く頷いた。
「よし! やろう!!」
指先を組んで狐の窓の印を結ぶと、足元から風が巻き起こる。
両足の速さを強化し、気迫に満ちて立ち上がった。
子供たちの声が重なる。
〈僕たちが獅子丸の動きを止める! その隙に決めて!〉
「行くぞ! 獅子丸!!」
綾乃が踏み込むと同時に、獅子丸も闘気を全身から放つ。
「はっ!!!」
その掛け声とともに、獅子丸の闘気は嵐のごとく広場全体を覆い尽くした。
「――――!!!」
その膨大な闘気を前に、綾乃の身体は一瞬で痺れたように硬直し、気づけば手の中の木刀は落ち、尻餅をついていた。
獅子丸は、あっけに取られた綾乃の前まで近づいてきてしゃがみ、満面の笑みで見下ろして言った。
「どうだ!!!?」
綾乃は震えながらも笑みをこぼした。
「お……お前、本当にすごいな!!!」
獅子丸はさらに胸を張り、誇らしげに吠える。
「そうだろ!!どうだ! 俺に惚れただろ!!!」
「.............. た、たしかに惚れた! ......お前のその力にな!」
「な、なんだーーそりゃーーー!!!」
獅子丸は大きくのけぞり、口を開けて笑い、
「ハハハハハ!」
綾乃も腹を抱えて笑った。
――最後の修行は、激しさと同時に、二人だけの絆を深める笑いで幕を閉じた。
ーーー旅立ちの朝ーーー
朝靄に包まれた森の中、綾乃は獅子丸の前に正座し、深々と頭を下げた。
「獅子丸……お前は、わたしの命の恩人であり、二人目の師匠じゃ。
わたしにとっては、甚平殿や膳槽様と並ぶほど、大切な存在となった。」
綾乃の声は清らかで、その瞳は真っ直ぐだった。
「いつかまた会おう。その時には、この恩義を十倍にして返してみせる!
それまで楽しみに待っておれ!」
獅子丸は大きな口を開け、豪快に笑った。
「大きく出たな、綾乃! よし、約束だ。
次に会う時には、少しは歯応えのある剣士に成長しておけよ!
もちろん、その時にはこの獅子丸、日の丸一の剣士になっているがな!! ワッハッハ!」
その笑い声の後、獅子丸はふっと真顔になり、両腕を広げた。
「……お別れだ、綾乃。最後に、別れの抱擁をさせてくれ!」
綾乃は目を細め、じっと睨んだ。
獅子丸は慌てて手を振る。
「いや!違う!違う!いやらしい気持ちは微塵ももってない!」
綾乃は小さくため息をつき、そして微笑んだ。
「仕方がないのう……」
二人は力強く抱き合った。
その瞬間、獅子丸の肩がわずかに震え、熱い雫が綾乃の頬を濡らした。
「なんじゃ獅子丸……肩が冷たいと思ったら、泣いておるのか?」
「う、うるさい!!」
獅子丸は慌てて顔を背けたが、涙は隠しきれなかった。
綾乃はそっとその背を叩き、笑みを浮かべた。
「獅子丸……本当にありがとう。達者でな。いつか必ずまた会おう!」
そう言い残し、綾乃は振り返ることなく、小屋を後にした。
朝の光が差し込む森の中、その背中は決意に満ちて輝いていた。
これで第一部終了となります。
僅かな人数でしたが、
これまで読んで頂いた皆様。
本当に、本当に、ありがとうございました。




