第三十話 隼蠋(しゅんぞく)(伍)
呼吸を整え、胸の鼓動に意識を合わせる。
何度も何度も死線をかわすうちに、彼女の脳裏に一つの確信が浮かんだ。
(あの鬼の攻撃、軌道は荒々しいが、直進が基本……!)
(ならば、闘気の軌道を読むことで、今よりも小さな動きで避けられる! そして……かわした瞬間、逆に私の刃を叩き込むことも出来るはず!)
額を伝う血と汗の中、綾乃の瞳が鋭さを増した。
隼蠋は、その後も攻撃の手を決して緩めなかった。
両の刃が縦横無尽に閃き、雷鳴のごとき速さで綾乃を襲う。
振り下ろし、薙ぎ払い、突き、その一撃一撃は致命を狙う凶刃であり、休む間すら与えぬ容赦のなさであった。
だが、綾乃の回避は回を追う毎に精度を増し、研ぎ澄まされてゆく。
もはや、刃が衣を掠めることすらなくなり、わずかな体重移動や、髪の揺れほどの動きで鬼の猛撃を外してみせる。
隼蠋の攻撃が激しくなるほど、綾乃の回避はより静かに、より確かに洗練されていった。
そして綾乃は悟る。
次の隼蠋の攻撃をかわした後、私が攻めに転じる!!!
綾乃は、あえて隼蠋の軌道へと踏み込み、寸分違わぬ間合いでその刃を紙一重にかわす。
刹那、綾乃の銀の短剣が閃き、鬼の肩を貫いた。肉を裂き、骨に届いた瞬間、両者の力が衝突し、衝撃波のように弾き飛ぶ。
「……や、やった! 一撃、通った!」
綾乃の瞳がわずかに輝いた。
「ぐきゃーー!!」
「この小娘が……ッ! こしゃくなァーーッ!」
隼蠋が怒り狂い、二振りの刃を暴風のごとく振るう。
だが綾乃は再び踏み込み、命を賭した間合いでその嵐をすり抜ける。
回避の直後、光刃が隼蠋の左腕をなぞるように走った。
――ズシャッ。
隼蠋の左腕は肩口から切り離され、宙を舞って後方へ飛んでいった。
「ぐぎゃァァァァァーーーーーッ!!!」
綾乃「やった!!ついに!!!」
綾乃は血に濡れた短剣を構え、鬼を見据えて叫んだ。
綾乃「隼蠋!お前の攻撃は、もう通用しない!」
隼蠋「い、いでぇッ! いでぇェェェーーッ!!」
隼蠋は絶叫し、残された右手で断面を押さえ、のたうち回る。
隼蠋は、腕を失った痛みの中、喉が裂けるほどの声で叫んだ。
「猿ども!!!さるどもーーーっ!!!
この小娘をやれぇぇぇ!!今すぐぶち殺せぇぇぇ!!!」
森にこだまするその怒号。
だが次の瞬間、返ってきたのは従順な咆哮ではなかった。
「……我等は、今までお前の力に恐怖し、仕方なく従ってきた。だが、」
「もう、その必要はない。」
低く響く声が森の奥から幾つも重なり、やがて嘲りの笑いへと変わっていった。
「フフフ……いい気味よ、隼蠋!」
「鬼の親玉が、小娘ひとりに追い詰められるとはな!」
ガサガサと茂みを揺らし、木々を渡っていく音。
無数の気配が、次々と森の奥へ消えていく。
隼蠋は血に濡れた両目を見開き、必死に呼びかけた。
「待て……待てぇぇ!!!裏切る気かぁぁ!!!」
だが、大猿達の姿はもう無かった。
森には、主を見限った静寂だけが広がっていた。
綾乃「ついに手下共にも、見捨てられたようじゃの!!ならば、次で最後じゃ!!!!」
そう叫びながら、とどめをさすため、全速力で隼蠋に向かって走った!!!
綾乃「お前は言ったな! 膳槽様は腕を失っても祈祷を続けたと!
その膳槽様と比べてみよ! 今のお前の無様な姿を!」
「ぐ、ぐぎゃァァァーーッ! やめろ! 来るな、来るなァッ!」
隼蠋は狂乱し、残された俊足を駆って背を向けた。
その身は地を滑るように疾走し、綾乃との距離は徐々に開いてゆく。
「……ちっ! このままでは逃げられる!」
綾乃が歯を噛みしめた、その時!!
胸の奥から、澄んだ幼い声が響いた。
(……ここは、僕たちに任せて!)
「!? この声は……」
綾乃の脳裏に浮かぶのは、呪箱に囚われ、非業の死を遂げた子供達の姿。
(そうだよ、綾乃。僕たちはずっと綾乃の中にいたんだ!
僕達は隼蠋たちの造った呪箱のせいで命を落し、各地の呪箱がすべて消えるまで、
成仏できない。だから、その時まで、僕たちが綾乃の力になるよ!)
「……お前達……!」
その瞬間、綾乃の全身から光が弾けた。
十数の小さな光球が飛び出し、そこから無垢な手の形をした光が伸びる。
「な、なにィッ!?」
逃走する隼蠋の脚に、腕に、次々と光の手が絡みつく。
「や、やめろォォッ! 放せッ! 小癪な亡者どもめェェェ!!」
輝く小さな手は、子供たちの魂そのもの。
その無垢なる光は、闇を喰らう鎖のように鬼の俊足を縛った。
綾乃は、迫り来る決着を悟る。
「……ありがとう、みんな。!」
しかし、それはほんの刹那。
「こんな小細工――ッ!!」
隼蠋は凄まじい闘気を爆ぜさせ、小さな手を次々と振り払っていった。
だが、綾乃に与えられた時間はそれで十分だった。
「今じゃッ!!」
白銀の刀身が、月光を浴びて閃光を放つ。
綾乃は渾身の力を込めて跳び上がり、隼蠋の頭上に刃を振り下ろした。
隼蠋「うぎ、うぎゃーーーーーーーーああああぁ!!!」
隼蠋の断末魔が森を震わせた瞬間、
鬼の頭蓋は内側から裂け、乾いた破砕音と共に骨片が四散した。
砕けた頭骨と脳漿が飛沫となって宙に散り、血の霧が夜気に舞い上がる。
赤黒い飛沫は木々の幹を濡らし、草葉を染め、森そのものを紅に染め上げた。
そして、その身体は前のめりに崩れ落ち、そのまま動かぬ肉塊となった。
森に、静寂が戻った。
ただ、冷たい風に揺れる木々のざわめきと、地に滴り落ちる血の音だけが、激闘の名残を告げている。
「……はぁ……はぁ……か、勝った……!」
綾乃は刀を握りしめたまま、その場に膝を落とした。
肩は大きく上下し、全身が細かく震えている。
「お狐様……子供達……みんなの力を借りて、なんとか……勝てた!」
目に涙をにじませながら、綾乃は天を仰いだ。
胸の奥に熱いものが広がっていく。
お狐様を守り抜いたという誇り。
そして、膳槽、甚平、無念に散った子供たちの仇を討てたという喜び。
それらすべてが、彼女の震える体を包み込み、戦いの傷を忘れさせるほどの力を与えていた。
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