第二十八話 隼蠋(しゅんぞく)(参)
獅子丸は、綾乃が一歩踏み出そうとしたのを見て、必死に制した。
「綾乃!これはどう見ても罠じゃ!絶対に行ってはならん!!」
だが綾乃の瞳には決意が宿っていた。
「……膳槽様は、私にとって父のような存在……!何があろうと、私は行く!」
「くーーっっっっ!!!」
獅子丸は頭を掻きむしり、天を仰いだ。
「仕方がないのう! それならばワシもついて行ってやる!!」
だが――大猿はその言葉を無情に遮った。
大猿「ダメだ。お前がこの広場から一歩でも出た時点で……膳槽の命はないと思え」
その冷酷な一言に、空気が凍りつく。
獅子丸の毛並みが逆立ち、鋭い牙が光を弾いた。
獅子丸「な、なんだと!!」
怒りに燃えるその目は、まさに剣呑そのもの。
しかし大猿は嘲るように鼻を鳴らす。
大猿「我等を斬っても無駄な事! 森の中から我等の仲間達が見ておるからな」
その言葉に、綾乃は唇を噛みしめた。
そして、覚悟を決め、獅子丸に言った。
綾乃「……獅子丸! 膳槽様の命がかかっておる。お願いだから、この猿達の言う通り……しばらくの間、この場から動かないでほしい」
獅子丸「し、しかし……!」
揺れる獅子丸の声を、綾乃は強い眼差しで受け止めた。
そして、深く息を吸い込み、懐から、御神体の短剣と巻物を取り出す。
綾乃「そして……誠に申し訳ないのだが、もう一つの頼みも聞いてはくれぬか」
獅子丸「な、なんだ!」
綾乃は両手で短剣と巻物を差し出しながら、静かに言葉を重ねた。
綾乃「この御神体の短剣――私の代わりに預かって頂きたい。そして……もしも私の身に何かあったなら、この巻紙に記された場所へ、この剣を届けてはくれぬか」
綾乃は両手を握りしめ、深く頭を垂れた。
その声音には震えがありながらも、揺るぎない決意が宿っていた。
綾乃「獅子丸!……命を助けてもらった上に、こんな図々しいお願いをして真に申し訳無いのだが……どうか、これを引き受けてほしい!」
夜気を裂くような叫びに、獅子丸の美しい瞳が大きく見開かれる。
次の瞬間、彼は牙をむき出しにする獣のような迫力で一喝した。
獅子丸「……嫌だ!! 絶対に嫌だ!! そんな物、預かれるか! 図々しいにもほどがあるぞ!!」
獅子丸の声は怒号でありながら、震えるような葛藤を含んでいた。
綾乃は一歩踏み出し、必死に食い下がる。
綾乃「獅子丸!!!」
綾乃が声を張ると、獅子丸は一歩踏み出し、彼女の瞳を射抜くように睨み返した。
獅子丸「……お前が必ず生きて帰り、その使命を果たせ!!!」
一喝が胸を貫いた瞬間、綾乃の迷いは霧散した。
彼の拒絶は拒絶ではなく、命を繋ぐ誓いであることを悟ったのだ。
綾乃は小さく頷き、力強く応えた。
「……わかった! 必ず行って帰る!!」
その瞳はもう迷わぬ決意に燃えていた。
ーーーーー
綾乃は息を切らしながら、先導する二匹の大猿の後を必死で追った。
森の木立を抜け、足元の根や岩を踏み越え、胸の鼓動は耳まで響く。どれほど走ったか、やがて視界が開け、目の前に朽ち果てた山小屋の廃墟が現れた。
屋根はところどころ抜け落ち、煤けた梁が斜めに突き出している。かつて人の暮らしがあったであろう場所は、時の流れと炎の爪痕に侵されていた。大猿たちは足音を落とし、ゆっくりと速度を落として廃墟の前で停止する。
「ここか……」
綾乃は力なく立ち止まり、震える声で問いかけた。胸の中で膳槽の姿が揺らぐ。
そのとき、廃屋の暗がりから小さな影がぬっと現れた。小鬼――と呼ばれる存在だが、その身長は成人男並みで、全身から立ち上る闘気は周囲の空気を圧するほど強かった。小鬼の存在そのものが、これまでの鬼たちより大きく、重く感じられる。
綾乃は震える声で叫んだ。
「膳槽さまは、どこにいる! その廃墟の中にいるのか!?」
血のように光る眼を細め、薄ら笑いを浮かべる。
「クククク……愚かな娘よ」
「お前の言うあの男なら、――俺様がとっくに始末しておる」
綾乃の体が強ばる。言葉が耳を突き刺し、思考が一瞬止まった。
「な、なんじゃと……!!」
隼蠋の笑い声が冷たく森に波紋を広げる。彼はゆっくりと、残酷さを楽しむかのように語り始めた。
「お前の冥土の土産に、膳槽の最後を教えてやろう」
その声に、綾乃の胸の中で何かが音を立てて崩れる。隼蠋は涼しい顔で、まるで物語を披露するかのように続けた。
「我らが神社に攻め入ったとき、奴は祈祷を唱えておった。大した男よのう。腕を切り落としても、耳を引きちぎっても、奴はなお祈祷をやめんかった」
その言葉が綾乃の心臓を氷のように締め付ける。
膳槽の祈りの姿が、炎に包まれながらも毅然としていた光景が、走馬灯のように蘇る。綾乃の目から、抑えきれぬ涙がぽたりぽたりと絶え間なく零れ落ちた。
隼蠋は目を細め、楽しげに続ける。
「そしてだ――奴の祈祷が終わった時、強力な結界が我らを包み込んだのじゃ。正直、あの時はワシも観念しそうになったわい」
綾乃の体は小刻みに震えた。だが隼蠋はさらに口端を引き上げ、声に嬉々とした響きを混ぜた。
「じゃが! 天は我らに味方したのだ。燃え盛る炎が、結界を破ってくれた!」
その言葉とともに、隼蠋は肩をすくめ、まるで勝利の原因を派手に述べるかのように嘲る。
「哀れな男よのう。これで奴のもくろみは水の泡よ。炎に巻かれる前に、ワシが奴をバラバラに切り裂いてやったわ」
綾乃の視界は赤く滲み、言葉が喉を通らない。胸の内側から、膳槽の祈る姿が震えるように浮かび上がる。
「膳槽さま……!」
綾乃は嗚咽するほどに泣きじゃくり、地面に膝をつく寸前で歯を噛みしめる。怒りと悲しみが渦を巻き、肝が冷えるような虚無が胸を満たした。
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