第二十六話 隼蠋(しゅんぞく)(壱)
荒れ果てた森の中。
土煙と折れた木々の匂いが漂い、鬼・厳顔の巨体はすでに沈黙していた。
その傍らに獅子丸と綾乃が立っている。
その時――。
闇の奥から「ズル……ズル……」と不気味な足音が響いた。
姿を現したのは、成人男性位の背丈の小柄な鬼隼蠋。
鋭い目が、まず厳顔の亡骸に、次いで獅子丸に注がれる。
隼蠋(心の声)
「……あの若造、只者ではない……。真正面から挑めば、命を落とすのは我の方……」
その瞳には怒りよりも、計算の光が宿ていた。
隼蠋は己の胸中で素早く算盤を弾くように思考を巡らせる。
隼蠋(心の声)
「だが、親方の命令に、あの男の始末は入っていない。
これからは、ワシはあの小娘の討伐に注力する事としよう……」
舌なめずりをしながら、隼蠋はゆっくりと綾乃へ視線を移す。
その目は、氷のような冷酷さと蛇のような執念に満ちていた。
ーーーーー
獅子丸は、血に濡れた刀を振い、鞘に収めると、ふっと笑みを浮かべて肩を竦めた。
「おい、幸、いや、綾乃! 言い忘れていたが。お前の剣術の捌きは、決して悪くはないぞ」
綾乃はまだ震えを隠しきれずにいたが、それでも顔を上げて問い返す。
「……本当か?」
その問いに、獅子丸は胸を張って力強く頷いた。
「おうとも! 俺が伝授する“攻撃のかわし方”と、お前自身が培ってきた独自の技を組み合わせれば、短期間で、かなりの戦力になるはずだ」
綾乃の瞳に、一瞬希望の光が宿る。
幾度も死線をくぐり抜けてきた経験がある彼女は、理屈よりも“可能性”に敏感だった。
「二十日間くれ! 二十日あれば、いっぱしの剣士に育てあげてみせる!」
獅子丸の声は豪胆でありながら、どこか子どものような期待をはらんでいた。
「そんなに早く……? でも、もう一人の鬼が追って来ている。いや、もしかしたら他の仲間も私を追って来るかもしれん」
綾乃の懸念を聞いても、獅子丸は豪快に笑い飛ばす。
「それは俺に任せておけ! お前を狙う追手が百人束になってかかってきても、蹴散らしてくれるわ! ワハハハハ!」
その笑いの奥には、また“命を懸けた戦い”を望む戦士の血が騒いでいた。
綾乃は考えた。
このまま京都を目指せば、確実に追手に追いつかれる。
けれど、ここで時間をかけて鍛え上げれば――生き残れる。
そして、あの“お狐様”を守り抜けるかもしれない。
綾乃は決意を込めて頷いた。
「……分かった。二十日、あなたに預ける」
獅子丸は目を輝かせ、満面の笑みを浮かべた。
「よっしゃ! そうと決まったら、まずは休め! お前の体力はまだ戻ってはいない。稽古は疲れが癒えてからだ!」
綾乃は安堵と共に、素直に頭を下げた。
「――ありがとう。頼りにしている」
――決断は下された。命を繋ぐための修行が、ここから始まる。
その夜。
小屋の中に焚かれたかすかな灯りが、綾乃の横顔を赤く染めていた。
獅子丸は隅で丸太を枕に大の字で眠りこけている。外では虫の声が絶え間なく響き、静けさの中に生命のざわめきが満ちていた。
綾乃は藁の上に寝そべってそっと天井を見つめる。
(……これまでの戦い、すべてが鮮やかに蘇ってくる)
甚平との修行。
死地を幾度もくぐり抜けたあの日々。
そして――あの洞窟。
顎髭の鬼に立ち塞がれ、絶望の淵に立たされた時。
自分の身体を包み込んだ、あの光。
お狐様の他に封呪箱に囚われていた子供たちの魂が寄り添ってくれたあの感覚。
その力が一つとなり、鬼を倒す事が出来た。
あれは偶然の奇跡に過ぎぬのか。
胸に手を当てる。
静かな鼓動の奥に、私の守護神であるお狐様と沢山の小さな光。
「……あの子供達の力が、まだ私の中に眠っているのなら……」
綾乃は目を閉じる。
「いつか、自分の力として呼び覚まさねばならない」
眠りに落ちる直前。
耳の奥で、子供たちの笑い声がほんの一瞬だけ、聞こえた気がした。
翌朝――
まだ空は群青に沈み、鳥の声すらまばらな時間。
小屋の中に突然、雷鳴のごとき大声が響きわたった。
獅子丸「綾乃!!! こら――あ――や――の――――っ!!!」
藁の上でまだ深い眠りについていた綾乃は、驚いて跳ね起きる。
綾乃「うっ……! な、なにごとじゃ!」
獅子丸は腕を組み、仁王立ちで彼女を見下ろしていた。
その顔は、まるで遊びたくてウズウズしている子供のようだった。
獅子丸「いつまで眠っている!!! このままでは日が暮れてしまうぞーーー!!」
綾乃は慌てて外の光を見やる。
確かに辺りは薄暗く、もう夕刻のようにも見えた。
綾乃「はっ!! ま、まさか……わ、私、一日中寝ていたのか!?」
獅子丸は口を大きく開け、盛大に笑った。
獅子丸「何を寝ぼけている!!! 今は夜明け前だ!!」
綾乃「なっ……夜明け前!? それなら……もう少し……」
獅子丸「だーーーめーーーーだっ!!!!」
獅子丸「これから“朝練”の始まりだ!! すぐに顔を洗って、表に出ろ!!」
外では、夜明け前の空がわずかに朱色を帯び始めていた。
その光に照らされる獅子丸の姿は、美しい毛並みの男獅子そのものであった。
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