第二十一話 人を喰らう者達(後編)
逃亡の果て、綾乃が辿り着いたのは、ひと夜の休息を求めた小さな宿だった。
だがそこは、彼女を追う鬼の手先、人喰い老婆の巣窟。
綾乃は油断の隙を突かれ、捕らえられてしまう。
しかし、かつて老婆に喰われた亡者の囁きに導かれ、
綾乃は拘束を解き放った!
権兵衛は、ふと縄を縛った綾乃の姿に目をやり、蒼白になった。
縄は解け、足元に無造作に転がっているではないか。
権兵衛「あ百瀬婆ぁ、大変じゃ!! 女の拘束が……解かれておるぞ!」
慌てふためいた声が、黒煙の立ち込める屋内に響いた。
百瀬婆は、一瞬ぎろりと綾乃を睨みつけ、口の端を吊り上げて唸る。
百瀬婆「……ほぅ。小賢しい女じゃ……!
逃げられるくらいなら、やはり、この場で殺すしかあるまい!!」
その声音は、憎悪というよりもむしろ、飢えを満たす獣の吠え声に近かった。
綾乃「お前達は……人でありながら、鬼どもと共謀し……
同じ人を、仲間を殺し、食らってきたというのか!!!」
その言葉には、恐怖と同時に、烈しい怒りと悲しみが滲んでいた。
しかし、百瀬婆は一片の後悔も見せず、喉の奥から笑い声を漏らす。
百瀬婆「ふふ……くくく……!
人を喰らおうが何じゃ! 生きるために食べる、これは自然の摂理じゃ!お前に、わしらの何が裁けるかーー!!」
最後の一声は絶叫となり、百瀬婆の声は炎と煙にかき消されるように轟いた。
百瀬婆は台所の出歯包丁を手にとり、権兵衛は御神体の短剣を持って構える!
権兵衛「あじぃぃーーーっ!!!」
短剣を持った権兵衛の右手の平から煙が立ち肉の焼けるような匂いがした!
台所の狭い空間に、緊迫した空気が張り詰めた。
権兵衛は御神体の短剣を握ったまま、目を剥いて叫んだ。
「う、うわあああっ!! あじぃぃーーーっ!!!」
短剣の柄からじゅうじゅうと煙が立ちのぼり、肉の焦げる匂いが鼻を突く。権兵衛の掌の皮膚が焼け、血と膿がにじみ出て、滴り落ちた。
その隙を逃さず、綾乃は低く構えて一歩踏み込む。
「それが神の刃じゃ……汚れた手で触れられるものか!!」
権兵衛は必死に短剣を握り直そうとするが、その度に皮膚が焼けて煙が立ち、呻き声をあげる。やがて悲鳴とともに短剣を取り落とした。
「がああああっ!!!」
転がる刃からは淡い光が放たれ、まるで持ち主を選ぶかのように綾乃の足元で静かに光を宿している。
一方、百瀬婆はその光景に怯むどころか、目をぎらつかせ、出刃包丁を振りかざして突進してきた。
「小賢しい娘がァァ!! 今ここで内臓をえぐってくれるわ!」
百瀬婆の狂気じみた叫びが狭い厨房に響き渡った。
「小賢しい娘がァァ!!!」
出刃包丁が月光を弾き、綾乃の胸元めがけて振り下ろされる。
その瞬間!!!
綾乃は迷わなかった。床に転がった御神体の短剣を両手で掴み取る。刃を握った瞬間、掌に温もりが走り、まるで血肉に宿るかのように体の芯が震えた。
「うおおぉっ!」
振り下ろされた出刃包丁と、綾乃の短剣が交差する。鋼と鋼が打ち合わさり、甲高い火花が散った。老婆の腕は意外にも強靭で、痩せ衰えた姿からは想像できぬ怪力が刃に乗っていた。
綾乃「……なぜだ! なぜ人でありながら、鬼に魂を売った!!」
百瀬婆「うるさいわぁっ! 鬼に従えば腹は満ち、長く生きられるんじゃ! わしは何十人も喰らってきた! 人の肉は蜜の味よォォ!!!」
老婆の目は血走り、泡立つ唾を垂らしながら押し込んでくる。
綾乃は歯を食いしばり、全身の力で短剣を押し返した。
そのとき、短剣の刃が強く輝き、老婆の腕を伝って焼けつくような光が走る。
百瀬婆「ぎゃああああああっ!!!」
腕の皮膚が爛れ、包丁が床に落ちた。老婆は焼ける匂いとともに腕を押さえ、悶え苦しむ。
権兵衛「も、百瀬婆ぁ!!!」
権兵衛は焼けただれた手を庇いながらも、なお綾乃に飛びかかろうとする。しかし彼の足元を、先ほどの霊、あの男の影が掴んだ。
霊「ゃ、や、やめ、」
足を取られた権兵衛はよろめき、火桶に倒れ込み、炎に包まれた。
権兵衛「ぎゃああああああっ!! 熱っ! 熱いぃぃぃ!!!」
綾乃は咄嗟に顔を覆い、外への脱出口を探した。だが背後では、焼け焦げた百瀬婆がなおも這い寄り、血走った目で睨みつけてくる。
百瀬婆「ま、待てぇ……! わしの肉に……なるんじゃぁ……!!」
百瀬婆は、その時、足元がもつれて、体の自由が効かない事に気づいた。
百瀬婆「あれ?どうなっとる!身体が重い!なぜしゃ!なぜじゃ!!」
綾乃には見えていた。彼等が今まで食らってきた多くの人の霊達の手が百瀬婆を掴んでいる
やがて、権兵衛の炎が、まるで意思を持ったかのように百瀬婆の体に燃え移り、凄まじいる勢いで百瀬婆の身体を舐め上げていった。
百瀬婆「ぎゃああああああっ!!! やめろぉ!! 放せ!放せぇぇ!!!」
老婆の細い腕や足を、無数の白い手が地獄の底へと引きずり込むように掴んでいた。
男のもの、女のもの、子供のもの、彼女が喰らってきた者達の怨嗟の霊である。
その顔は皆、苦悶と怒りに歪みながらも、決して離そうとしない。
百瀬婆「あづいぃぃぃ!!」「あづいぃぃぃ!!」
その叫びは炎と黒煙に飲み込まれ、やがて声は途切れた。
炎の渦に包まれ、老婆の姿は崩れ落ち、霊達の群れと共に赤黒い煙となって消えていった。
綾乃はその光景に息を呑み、短剣を強く握りしめる。
彼女の耳に、消えゆく霊たちの声がかすかに響いた。
「……ありがとう……」
「……仇を……晴らしてくれて……」
涙のような温もりと光が、夜風の中で綾乃の頬を撫で、天に帰っていった。
綾乃は荷物を取り戻し、宿を出た。
外の空気は冷たく澄んでおり、月は雲間から彼女を照らしていた。
綾乃「……これも、人の業というものか……」
短剣を腰に収め、綾乃は深く息をついた。
しかし休む暇はない。鬼たちはもう、すぐそこまで来ている。
綾乃は、疲れた身体を引きずりながら、人の通らない獣道を進んでいくのであった。
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