第十八話 旅立ち 膳槽との別れ(後編)
神社を守る鳥居は倒れ、白晨狐神社の結界は大きく揺らぎ始めていた……。
神殿の奥....。
香の煙が立ち込める中、膳槽は正座したまま、古より伝わる祈祷を絶え間なく唱えていた。
その声は震えず、まるで天と地を繋ぐ柱のように揺るがない。
だが背後から迫るのは、圧倒的な妖気。
隼蠋と厳顔の二体の鬼が、じりじりと膳槽へ歩み寄っていた。
隼蠋「やい、人間よ! オレ達が探しているヤツらは誰かわかっているよなぁ!」
隼蠋「……何処に匿ったんだ?」
嘲るように声を投げかけても、膳槽は微動だにせず、まるで聞こえぬかのように祈祷を続ける。
その声音は静かでありながら、鬼達の胸に苛立ちを募らせる不思議な響きを帯びていた。
隼蠋「ほう! 耳が聞こえぬ訳ではあるまい……。ならばこれでどうじゃッ!!」
隼蠋の指先が怪しく光り、次の瞬間、白い閃光が走った。
「ズバァッ!」
膳槽の右腕が肩から先の全てが吹き飛び、鮮血が畳を朱に染めた。
だが!!!!
膳槽は呻き声ひとつ漏らさず、瞳を閉じたまま祈りを紡ぎ続ける。
切り口から血が溢れ出すたび、祝詞の声がより強く、澄んで響いた。
厳顔「おお! いいねぇ! コイツは、なかなか肝が座っているようですぞ!」
その声音は楽しげですらあった。だが隼蠋の表情は正反対に歪み、獣のように牙をむき出した。
隼蠋「チッ……。爺め……強情だな!」
舌を湿らせる生臭い音を響かせながら、隼蠋は膳槽の鼻先にまで顔を寄せる。目は赤く爛れ、口角からは涎が滴った。低く唸る声は、獲物を嬲る獣のそれであった。
隼蠋「……我等はあの女に弟を殺され、童達まで奪われた。この落とし前は、きっちりととらせて貰わねえとなぁ!」
言葉と同時に、鋭い爪が閃いた。
肉が裂け、骨を砕く生々しい音。
膳槽の右耳が、まるで枯れ葉のように引き千切られた。
血が噴き、床石を赤黒く染める。
それでも膳槽は眉ひとつ動かさず、ただ祝詞を唱え続けた。
声は揺らがない。
むしろ血の匂いと痛苦を越えて、なお清らかに、澄み渡っていく。
神殿に並ぶ灯火が風もないのに揺れた。
炎の影は壁を這い、天井に映り、やがてひとつの大きな影となって神の威容を示すかのように膨らんでいく。
隼蠋が再び腕を振り上げる。
爪が光を裂き、次の瞬間には老僧の喉を抉るはずだった。
だがその刹那!
膳槽の声が、突如として一段と強く響き渡った。
それは痛みも恐怖も超越した、神域に届く清音。
床に刻まれた古代の紋が赤々と発光し、血で濡れた石畳の上に幾重もの光の陣が浮かび上がる。
轟音。
大地が唸り、結界が完成したのだ。
隼蠋の振り下ろした爪が、光の壁に阻まれて弾かれた。
焼け焦げる匂いと共に、化生の肉体から煙が上がる。
隼蠋「なんだこのジジイ!このためにオレ達の言葉に耳を貸さなかったのか!!」
先程、鬼達が暴れた事で、明かり取りの蝋燭が床に落ち、所々で炎が上がっていた。
膳槽は祈祷をやめ、ようやく口を開いた。
膳槽「鬼供よ、ワシと一緒に此処で朽ち果てるがよい!」
厳顔「おのれ!図ったな!」
______
夕闇が広がり、綾乃は山頂近くの岩陰に腰を下ろしていた。
背に布を敷き、旅装束の小さな荷を枕にする。草の匂い、木々のざわめき、虫の声。
ここからなら、6年間過ごした町並みが一望できた。
──膳槽と別れたばかりの心は、まだ落ち着かない。
胸の奥で、重たい石を抱えているようだった。
「甚平殿、膳槽様……」
ぽつりと呟き、夜空を仰ぐ。
東の空には丸みを帯びた月が昇り始め、淡い光を放っていた。
その光に導かれるように、綾乃の瞼は次第に重くなっていく。
疲れと涙の余韻が、眠気を誘っていた。
ーーだが、その時だった。〜ー
遠くの町並みに、不自然な揺らめきが見えた。
綾乃は目を凝らす。
「……あれは、白晨狐神社がある場所……」
視界に映ったのは、赤く燃え広がる炎だった。
町の外れの神社がある場所から、炎が上がっていた。
燃え上がる火柱は夜空を赤黒く染め、風に煽られた火の粉が星々と混じり合う。
「あれは、嘘……! まさか……もう、奴らが……」
胸が締めつけられるように痛んだ。
綾乃は思わず立ち上がる。
握りしめた拳が震える。
綾乃「膳槽様!」
私は……どうすれば……!
綾乃は、燃える町を見下ろしながら、拳を握りしめて立ち尽くしていた。
胸の奥で、怒りと悲しみが渦を巻き、足は今にも町へ駆け下りようと震えている。
ーーその時だった。ーー
背後の闇の中から、かすかに鈴の音のような響きがした。
同時に、お狐様の声が頭の奥に直接響いた。
狐「綾乃よ.....、今戻れば、膳槽の思いを踏みにじる事となる」
「お前が今出来る事は、前を向いて歩く事だけじゃ!」
「……膳槽様……」
綾乃は唇を噛み、視界が滲んだ。
綾乃は顔を上げる。
その瞳には、涙を越えた決意の光が宿っていた。
夜風が髪を揺らし、燃える町を背に、綾乃はゆっくりと立ち上がる。
白狐が静かに後ろを振り向き、山道の先を示す。
「行け、綾乃!その道の先にこそ、答えがある」
綾乃は深く息を吸い、歩き出した。
もう迷いはなかった。
ーーーーー
翌朝
白晨狐神社 の境内には、重苦しい沈黙が漂っていた。
本殿は跡形もなく焼け落ち、灰と煤にまみれた瓦礫が無惨に積み重なっている。
焦げた木材は黒くねじれ、瓦は粉々に砕け、風が吹くたびに細かな灰が宙を舞った。
神聖であったはずの地は、もはや戦場の残骸にすぎなかった。
そのとき!!
「ガラガラッ!!」
瓦礫の山が音を立てて崩れ落ちる。
漆黒の粉塵を突き破り、緑の巨大な手がぐいと突き出された。
指先からは火傷の痕のように蒸気が立ち上り、爪は黒く焼け焦げている。
続いて。
「ガゴォーーン!!」
瓦礫の山を吹き飛ばす衝撃音とともに、地面が震えた。
砂塵が巻き上がり、朝陽を遮って二つの影が浮かび上がる。
一人は、黒煙の中で悠然と肩を回し、満足げに息を吐いた。
厳顔「ふぅ〜〜っ……痺れるねぇ。」
もう一人は、赤く爛れた腕を振り払いながら、にやりと笑う。
隼蠋「なかなかの手練れであったな。敵ながら天晴れじゃ!」
粉塵が晴れると、二人の姿は全身煤にまみれ、衣はところどころ焼け落ちていた。
それでも、眼光は鋭く、生き延びたことに誇りを感じているかのようだ。
厳顔は腰を押さえ、苦笑いを浮かべる。
厳顔「いててて! 尻を火傷しちまったぜ!」
その言葉に、隼蠋は声を立てて笑った。
焼け野原と化した神域に、化生の笑い声がこだました。
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