第7話:思い留まる者
仮名頭リンは真っ暗な闇の中にいた。
自分の身体について夜目が利く方だと自己分析していたが、全く周りの状況がわからない漆黒の闇だった。
また、彼女がいる場所は音のない世界だった。
(嗚呼…私死んだのね…)
彼女は渓谷に架かる橋から身を投げたことを思い出していた。
(早まったかな?ううん、今の私に生きる価値も意味なんてない。後悔なんてしてない!)
そんなことを思いながら自分の魂の行く先を考えるリン。
すると、遥か前方に薄っすらと金色の光が射すのが見えた。
(きっと自分で命を絶ったんだから地獄行きよね…)
突如光がリンの方へ向けて速いスピードで近づいてきた。
(いよいよか)
リンは腹を括った。
(楽しくない人生だったけど地獄へ行ったらまずは懺悔しよう。そして、もしも生まれ変われるなら今度は母親に愛されるものになりたい!)
金色の光が彼女の身体を包み込む。
「ハッ…!」
リンは目を覚ました。
辺りを見渡すと、またもや闇の中にいた。
しかしながら、さっきいた漆黒の闇とは明らかに違う場所である。
まず、音があった。
リンの耳に聞こえるのは川の流れる音、それからフクロウと思われる鳥の鳴き声が響いている。
また、闇の中におぼろげながら木々が見えた。
「どういうこと?」
彼女は自分の置かれている状況をすぐには理解できなかったが、やがて自分が死んでいないことを悟った。
「私飛び降りたよね?」
リンは自分が生き延びた理由について思考を巡らせる。
思い出したくない存在が浮かんできた。
消そうと思っても消すことのできない忌まわしい存在。
「リンさん、気がついたんですね!」
その忌まわしい存在の声が聞こえてきたことで、彼女の全身に悪寒が走る。
自分が無事だった原因が人面瘡にあることはハッキリとわかる。
けれども、化け物が一体どのようにして自分を救ったのかについては想像の範囲を超えており、悩まずにはいられなかった。
「無茶をしましたね。貴女の気持ちはわかりますが、自分で死のうとすることはいけません」
人面瘡の双が穏やかでありながらも厳しさを湛えた口調でリンに語りかける。
それが彼女の癇に障った。
「だ、誰のせいで…」
「はい?」
「誰のせいで死のうとしたかわからないの?アンタが原因なのよ、この化け物!しかもその張本人に助けられるなんて!アンタなんかに私の絶望と屈辱は理解できないでしょ!」
怒りに任せて捲し立てているうちにリンの両眼から涙が溢れてきた。
「ウッ、ウッ、ウワァーッ!」
川の流れやフクロウの鳴き声にリンの嗚咽が加わる夜の渓谷だった。
リンの嗚咽は十数分間止まなかった。
その間、双は無言だった
ようやく泣き止んだ彼女を認めると、人面瘡がゆっくりと口を開いた。
「リンさん、貴女の身体に私という人面瘡が取り憑いてしまったこと、本当に申し訳なく思っています。私がリンさんの立場だとしたら、同じように命を絶とうとするかもしれません。そして、これまで私が憑いた女性の中にも、私のせいで死のうとした方はいました。さらに、実際に命を落とされた方もいたのです…」
「えっ…!?」
落ち着きを取り戻したリンが、ハッと左肩にいる双を見た。
「罪もない女性が私の巻き添えになったばかりか亡くなってしまう不条理。私は自分にこのような罰を課している悪魔王を恨んでいます。けれども私にはどうすることもできません。ただひたすら人面瘡ループを繰り返すのみです。それならば、せめてもの罪滅ぼしに取り憑いた方へ何かしらのご恩返しがしたい。私の存在意義はそこにあるのです」
「存在意義…」
「私はリンさんに憑いた日からずっと貴女のことを見させていただきました。大変失礼な物言いになってしまい恐縮ですが、リンさんはご自身の秘めた能力を出し切れずに忸怩たる毎日を過ごされているようにお見受けします」
「アッ!」
図星を突かれてリンは驚愕する。
「私は及ばずながらリンさんが本来のスキルを表に出せるようになるためのお手伝いをしたいのです。しかしながら、貴女が私のことを信用してくださらないとそれができません。このままではリンさんも私も無駄死にしてしまいます。ですから、どうか私と共にこれからの人生を歩んでいただきたくよろしくお願いいたします」
双の思いが本気であることは彼の口調から伝わってきた。
そして、自分に何かしらの能力があることを人面瘡が認めてくれたことに対して新鮮な驚きがあった。
「私…」
リンは初めて双のことを化け物ではない”個”と意識して話し始めた。
「私はこれまで大して楽しくない人生を過ごしてきたの」
「ええ」
「常にボタンの掛け違いというか、違和感を抱えて生きているの。その理由がわからずにイライラしてばかりなんだけれど、もし貴方が原因を知っていて私に伝えてくれると言うなら…」
リンが初めて自分のことを”貴方”と呼んだことで双の顔に微笑みが浮かぶ。
「私は貴方に人生のサポートをしてほしい!」
リンの眼に光が宿った。
「わかりました!」
双は笑顔でリンに応えた。
「双…さん、一つ訊かせて」
「どうぞ」
「貴方はどうやって私を助けたの?」
「これです」
ヒョイと上半身を出す双。
「実は私には腕と胴体があります。それで、リンさんの身体が地面に叩きつけられる前に両腕を出して押さえたのです」
「そうだったの…ちょっと手の平を見せて」
リンが双の手を見ると、暗闇でも傷ついているのがわかった。
「ごめんね…ありがとう…」
リンは双の両手を握ると自分の額の前にかざし、涙を浮かべて感謝の言葉を述べるのだった。




